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2022.01.17

レビュー

日本史を変えた二人の政治家、「鎌倉殿」と「執権」。朝廷と幕府の関係の劇的転換

複雑きわまる戦乱

著者の呉座勇一さんは、ベストセラーとなった『応仁の乱』(中公新書)の著者として名を馳せた歴史研究者です。
新書という形式はハンディで持ち運びしやすいため、サラリーマンが通勤時に読めるような、比較的ライトな内容で編まれることが多いのですが、『応仁の乱』はそういう本ではありませんでした。よく言えば骨太の、悪く言えば難解な側面があったのです。著者も新書だから読者におもねって自分の考えを曲げるつもりはありませんでしたし、それは編集者も同様でした。したがって、誰もこの「硬派な」本が売れるとは思っていなかったのです。ところが、これがベストセラーになってしまうのだから、出版界は――もっといえば世の中は予断を許さないものだと思います。

応仁の乱は11年もの長きにわたって続いた戦乱です。戦いは京都にはじまりましたが、やがて各地に飛び火し、次第に大規模なものになっていきました。参加した者の多くが短期決戦を望み、また短期で終わるだろうと予想していたにもかかわらず、戦は終結のタイミングを失って、ずるずると続いていくことになりました。
戦国時代の導線となったこともあり、応仁の乱は日本史の重要項目として、小学校の教科書にも掲載される基礎的事項です。にもかかわらず、誰と誰が何のために争っていたのか、なぜ10年以上も続いたのか、正確に答えられる人は多くはありません。いくつもの争いが錯綜しこんがらかり複雑になり、容易には把握しがたいものになっているからです。

書物『応仁の乱』は、これをていねいに解き明かすものでした。当時の文書を参照するばかりでなく、連綿と重ねられてきた歴史学の成果を参照しつつ、著者自身の研究成果も取り入れて執筆されています。
後づけではありますが、読者はこれを求めていたかもしれません。特定の誰かをヒーローとして物語を記述するのではなく、多くの価値観を併記し、そこに著者なりの意見を差し込んでいく。その方法でこそ「真相」に近いものを垣間見ることができる。

本書は『応仁の乱』の源平合戦~鎌倉幕府版だと言えば、当たらずとも遠からずと言えるでしょう。

陰謀なんかそうそうないぜ

著者はこの後、『陰謀の日本中世史』(角川新書)という本を執筆します。この本はタイトルとはうらはらに、陰謀なんかそうそうないぜ、と主張するものでした。

わたしたちはともすれば、陰謀論に加担します。おいそれとは信じがたい大きなものでは、東日本大震災は地震兵器によるものだとか、コロナワクチンにビル・ゲイツがまぜものをしていて、人々をコントロールしようとしているとかいうのがありますが、もっと小さなありふれた事件でも、陰謀論は顔を出します。
日本中世史でもっとも有名なものは、明智光秀が本能寺で主君の織田信長を討ったのはなぜか、というものでしょうが、この本の記述にしたがえば、あの事件の背景に陰謀とか黒幕はなかったようです。

なぜ陰謀論の話をしたかといえば、自分自身がまんまと陰謀論者になっていたからです。本書から引用しましょう。

源頼朝が挙兵を決断した背景に、後白河法皇の平家追討の院宣(上皇・法皇の命令書)がある、という説が存在する。これは『平家物語』に見える逸話を根拠とするものである。伊豆に流されていた文覚(もんがく)上人が頼朝に挙兵を迫るが色良い返事を得られないので、福原の後白河のもとを訪れて、平家追討の院宣を獲得して頼朝にもたらす、という話だ。『平家物語』は物語であり、虚構を多く含むので、この逸話も学界では軽視されてきた。たとえば石井進氏は「後白河院宣の一件は、内容からも、時日からも、まったく信じられないことである」と指摘している。

お恥ずかしい話ですが、この文言にはえっそうだったの、と思わずにいられませんでした。おそろしや平家物語、フィクションの力はすさまじい。

陰謀とは、ものごとをわかりやすくする手段でもあります。
ある事件が起こる。その裏には黒幕がいて、陰謀をめぐらせている。本当に悪いやつはそいつである。真犯人が特定されることほど、理解しやすいことはありません。

本書に描かれた時代は、陰謀論を語りたくなる素材がごろごろしている時代でもあります。たとえば、3代将軍源実朝の暗殺は、彼の甥である公暁によるものだということがあきらかになっていますが、どうしても背後に黒幕がいたんじゃないかと想像してしまいます。なにしろ源氏将軍は実朝で絶えるのです。いかにも陰謀がうごめいていそうではありませんか!

多くの場合、陰謀論は怠惰の産物でもあります。真相に近づくためにはさまざまな論に接する必要がありますが、陰謀論を信じ込んでしまえば、それ以上の考究を必要としません。

軍事政権をうちたてる

本書のテーマ(独自性)は、タイトルに簡潔に表現されています。「武家政権の誕生」。本書ではその立役者を源頼朝と北条義時とし、彼らをとりまく常況をあきらかにしつつ、その行動を追いかけていきます。

源平合戦は今なお年末の紅白歌合戦や運動会の赤組白組などに影響の残る日本史最大のトピックのひとつですが、本書ではあえて、これを歴史上の一事件にとどめて記述しています。『陰謀の日本中世史』との重複を避けるという意味合いもあるのでしょうが、むろんそればかりではありません。

これまで何度か言及してきたように、頼朝は平家の殲滅には消極的であった。一つには、平家の徹底抗戦による多大な犠牲を心配したからだろう。もう一つは、安徳天皇と三種の神器の問題である。頼朝は右の書状で安徳天皇・二位尼(にいのあま)(平時子)らの身柄を確保するよう、範頼に指示している。後の範頼宛て書状では三種の神器を無事に回収するよう命じている。

頼朝は長期戦を考えていました。安徳天皇の身柄と三種の神器を無事に確保するためには、それが不可欠だったからです。ところが、ご存じのとおり義経は壇ノ浦で平家を滅亡させ、安徳天皇の入水と神器の水没/紛失を招いてしまいます。『平家物語』その他のフィクションではここが大きなクライマックスになっていますが、頼朝の意図はちがっていました。平家にたいする源氏の優位は明白になっているわけですから、追い詰めることはマイナスにしかなりません。すでに朝廷との戦後交渉を見すえていた頼朝にとって、これはハッキリ失策といえるものでした。

義経は戦巧者の悲劇のヒーローであり、頼朝は陰険な策謀家である――いわゆる「判官びいき」の史観は今なお支配的ですが、雑な言い方をするならば頼朝には頼朝なりの構想があったことがわかります。そこに着目するために、あえて源平合戦に重きを置いていないのでしょう。

頼朝にとって最重要の課題は、父義朝の後継者として自らの家を源氏嫡流として復興することであった。時に頼朝が平家に対する以上に、同じ源氏の有力者たちに対して敵愾心(てきがいしん)を燃やしたのは、自らが源氏の棟梁になるうえで彼らこそが最大の障害であったからに他ならない。

本書の表現を借りるなら、源平合戦には「武家の棟梁の勝ち抜きトーナメント」の側面がありました。頼朝・義経兄弟の確執は、その一部であったと言ってもいいでしょう。

もちろん、平氏政権の方向性で武士たちの権利が擁護された可能性はある。だがともあれ、現実の歴史は、鎌倉幕府の成立・発展というかたちで武士の政治的・社会的地位を高めた。頼朝・義時に「武士の世をつくる」といった明確な政治理念はなかったと思うが、彼らの行動は結果的に武士たちに多大な利益をもたらし、ゆえに同時代の武士たちからは慕われたのである。
中国や朝鮮半島の王朝は原則的に文官優位であった。なぜ日本では武士優位の社会が生まれたのか。この大きな謎は歴史学界でも十分に解き明かされているとは言えないが、源頼朝と北条義時の政治的軌跡を追うことで、何らかのヒントをつかむことができるかもしれない。 

武家政権とは別の言葉でいえば軍事政権です。建武の新政という短い期間を例外として、日本ではこれが数百年も継続しましたが、こんなことは世界にもほとんど類例がありません。それはなぜだったのか。
少なくとも、誰かがそうしようと思ってそうなった(陰謀論)のではなく、そうならざるを得ない事情があったからそうなったと考えるべきでしょう。

むしろこれは、現代のわれわれには理解しやすい考え方なのだと思っています。予想もつかないことが起こるのが世の中であり、人はそれに場当たり的に対処していくしかない。それは多くの現代人が理解しているのではないでしょうか。
数年前、道行く人の誰もがマスクをつけている社会が到来するなんて予想できた人があったでしょうか?(少なくとも政権中枢にそういう人がなかったことは、アベノマスクという愚策が実行されていることでわかります)

本書は、現在歴史学にどういう意見がもたらされているかを示した良書であります。また、著者はまったくそんなことは主張していませんが、たいへんすぐれた日本人論の書でもあります。

レビュアー

草野真一 イメージ
草野真一

早稲田大学卒。元編集者。子ども向けプログラミングスクール「TENTO」前代表。著書に『メールはなぜ届くのか』『SNSって面白いの? 』(講談社)。2013年より身体障害者。
1000年以上前の日本文学を現代日本語に翻訳し同時にそれを英訳して世界に発信する「『今昔物語集』現代語訳プロジェクト」を主宰。
https://hon-yak.net/

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