一見するとお茶目なタイトルだが、その中身は一切手抜きのない本格志向の生物学講義。「うんち」を入り口にして、生き物や生態系のあり方について考えてみよう、という1冊だ。
カバー裏の「思わず誰かに話したくなる『うんちのうんちく』が満載!」という惹句(じゃっく)につられて読み始めたのだが、ページを捲(めく)るうちにすっかり生物学の面白さにハマってしまった。
1冊読み終える頃には、あとがきに書かれた「『うんち学』は生物学そのもの」であるという言葉もストンと胸に落ちてくる。見渡すフィールドは生態系全般。対象とするタイムスパンは生物の誕生以来38億年にわたる進化の歴史。「うんち学=生物学」とは、なんと奥の深い学問であることか。
かくも本気の生物学講義をスイスイ読み進めることができたのは、絶妙な師弟コンビによる問答形式のおかげだ。本書には、生まれたばかりの「うんち君」(生徒役)と、たまたま通りがかった旅人「ミエルダ」(先生役)、という2人の語り部が登場する。「うんち君」が投げかける素朴な疑問に対し、「ミエルダ」が生物学の知見を噛み砕いてレクチャーしていく。この2人の会話を傍らで聞くような気軽さがちょうどいい。
さて、本講義のベースにある「うんち」観とはどんなものか。曰く、「うんち」は“生物”のみが排泄するものである。したがって「うんち」は、“生きている”ことの証であり、“進化している”ことの証である――。
こう切り出した上で、では“生物”とは何か? “生きている”“進化している”とはどんなことか? という具合に生物学の大前提である「生命の3条件」――〈複製(繁殖)〉〈代謝〉〈進化〉という3つの条件があるらしい――をひとつずつ紐解きながら、生物の生命活動と「うんち」の関わり、さらには、何十億年ものタイムスパンの中で語られる進化の歩みと「うんち」の関わりについてレクチャーしていく。
とりわけ興味深かったのが、「うんち」がつくられる場所、すなわち消化管の進化について解説するくだりだ。
生物が生きるためには食べなきゃいけない。そこで口ができるわけだが、どうやらその口も単独で生まれたわけではないらしい。口・消化管・肛門が三位一体となって誕生していく一連の流れがじつに映像的で、まるでクレイアニメーションを見せられているかのようだった。
まず、細胞の集まり(胚)の一部がくぼみ始めて、うっすら1つの穴(原口)ができる。ちょうど風船の外側から指をゆっくり差し込まれてできたような格好だ。くぼみは風船の内側に管のように伸びていき、その先端が反対側の膜(表皮)と融合し、もう1つの穴を開ける。この管がやがて消化管となり、先にできた穴(原口)と後からできたもう1つの穴は口または肛門となる。その後2つの開口部をつなぐ消化管は、食性の多様化に合わせて複雑化(進化)していったのだという。
生物が、1本の管すなわち「うんち」がつくられる場所を体の中央に取り込んでいくプロセスを絵解きと合わせて解説してくれているのだが、これで終わらせないあたりが本講義の真骨頂。本書後半で再度この話題を取り上げ、その存在について追究していく。
「生き物は内部環境で自身を外界と隔て、外部環境に囲まれて生きている。『からだの内外』は一見、截然(せつぜん)と分かれているように思えるけれど、消化管はどうだろう? 開口部である口と肛門は外部環境に向かって開いているから、消化管の中は『完全な内部環境』とはいえないかもしれないね。『うんち』が誕生する消化管の中は果たして、『からだの内部』だろうか、『からだの外部』だろうか?」
生物学の基礎講義からもう一段踏み込み、一石を投じる。そこから独自の見解を導き出してみせるのだ。
「消化管で消化・吸収される食べ物自体は外部環境から入ってくるものだけど、消化管の中で分泌された酵素の作用で食物が消化される状況は内部環境的な状態だ。(略)一方、『うんち』の中に宿主自身とは異なる生き物である寄生虫や腸内細菌、原生生物が数多く生息していることを考えれば、消化管の中はやはり外部環境的だと感じられる……。『うんち』は、『内なる外部環境』という特殊な空間である消化管の中で生まれるといえそうだね」
「ミエルダ」先生の言葉はどこまでも哲学的だ。「内なる外部環境」と聞いて、目が覚めるような思いがした。こんなふうに聞くまでは私自身も当たり前に、からだの内外は「截然と分かれている」と思い込んでいた1人だった。予想外の痛烈パンチを見舞われノックアウトされてしまった格好である。
確かに「ミエルダ」の指摘の通り、「内なる外部環境」と捉える方が断然しっくりくる。消化管は“内”と“外”とが混じり合う汽水域のような場所。そうした環境でつくられる「『うんち』は、いわば生き物の内部環境と外部環境をつなぐ仲介者」に違いない。「うんち」を介して自分の“体(内部環境)”は“自然(外部環境)”とつながっている! そんな一体感を味わえたことが、何よりの収穫だった。「ミエルダ」の言葉に感謝である。
最後に、本書カバー裏「『うんちのうんちく』が満載!」の惹句は本当だった、と付け足しておきたい。とくに終盤、仲介者としての「うんち」の役割について様々な角度から紹介されている。同じ種の生物同士をつなぐ役割(ゴキブリうんちの機能)、異なる種の生物をつなぐ役割(水鳥うんちを利用する寄生虫の生存戦略)、異なる生態系をつなぐ役割(海と陸をつなぐヒグマうんち)……。ワタクシ、さっそく仕込んだネタを子供相手に得意顔で披露しております、ハイ。
生物学の基礎講義も、哲学も、うんちくも。とにかく懐深い1冊である。
レビュアー
出版社勤務ののち、現在フリー編集者。学生時代に古書店でアルバイトして以来、本屋めぐりがやめられない。夢は本屋のおやじさん。