舞台の人間の2020年、2021年
梅沢富美男さんのエッセイ『人生70点主義』は、どこから読んでも「ああ、いいなあ」と楽しくなる。気になる見出しでいっぱいなのだ。“最近のドラマはなぜつまらなくなったのか。ウメザワ大いに語る”、“摘発!カミさん警察24時「浮気発覚の瞬間」をカメラが捉えた!!” なんて、めちゃくちゃ気になりませんか。ちょっと聞かせてくださいよそのお話! って何度も思った。
梅沢富美男さん初めて女形を演じたエピソードもよかった。恩人の石ノ森章太郎先生たっての希望により、梅沢さんは兄と2人で「矢切の渡し」を踊ることに。が、名曲「矢切の渡し」は「連れて逃げてよ」と歌が始まる。男女が船に乗って駆け落ちをする曲だ。つまりどちらかが女形をやらなければいけない。やったことがないし、「できません」なんて今更言えない……!
思案した挙げ句、兄貴が言いました。
「お前が女形をやれ。女好きなんだから、女を見て勉強するのは朝飯前だろう」
振り返れば、私に押し付けたいあまりに兄貴が放(ひ)り出した、メチャクチャな理屈です。
こんなメチャクチャなきっかけであの美しい女形が……。しかも梅沢富美男さんによる女形の「研究」がこれまた愉快かつ真剣なのだ。石ノ森先生、素敵なご提案をありがとう。
こんな面白い話がいっぱい並んでいるが、私は "はじめに"と"顔で笑って心で泣いて。役者人生最大のピンチです"から読み始めることを強くおすすめしたい。ここを読んで梅沢富美男さんのパーソナリティと人生の軸に触れられる気がした。
私、梅沢富美男、'20年の夏もたくさんテレビに出さしていただきました。(中略)
我ながら出ずっぱり。番組の幅が広がってきたせいか、「梅沢富美男 再ブレイク!」なんて言われることもあります。
そう、テレビを時々つけると(私は本当に時々しかつけないのに)、あるときはレモンの姿で、またあるときはプリプリと怒っている梅沢富美男さんの姿を拝める。声がパーンと張ってかっこいい。
しかしながら、人間、大笑いしているときほど、心では涙していたりするもの。私はいま、70年の人生で最大の危機に直面しているのです。
ご存じの通り、私の本業は、芝居あり、歌あり、踊りありの大衆劇団『梅沢富美男劇団』の座長です。本来なら、この8月も、舞台があるはずでした。
梅沢富美男さんのパーンと張りのある声や、全顔に塗った真っ黄色なドーランに負けない華は舞台由来のものだ。そして2020年は、梅沢富美男さんにとっても未曾有の一年だった。新型コロナウイルスのせいで舞台の幕を開けられない。
私の劇団の事務所には、6月の明治座公演から使うはずだった新品の舞台衣装が、うずたかく積み上がっています。それを眺めては、虚しくタバコをふかす日々。
テレビではあんなに元気いっぱいだったのに。役者さんなのだから、見せている姿が素のわけがないんですよね。
──舞台に立てない舞台役者なんか、0点じゃないか。
この本の中でも書いていますが、「人生70点主義」というのは、私の昔からの座右の銘です。
「お客さんの前で、いつも100点満点のパフォーマンスをすることは難しい。でも、せめていつでも70点はとれるように、精一杯努力をしよう」。そういう、プロとしての心がけです。
しかし、それも舞台に立たないのでは採点不能、だから0点。
ここを読むと胸がつぶれそうになる。
明けない夜はない、という言葉もありますが、夜が長ければ長いほど心は少しずつ力を失っていきます。(中略)
「俺も、もうダメかもしれないな」
ある日、テレビの収録を終えて家に帰ると、リビングのソファにへたり込み、いままで吐いたことのない弱音を漏らしてしまいました。
すると、これまで仕事のことで口出しをすることは一切なかったウチのカミさんが、キッパリと言ったんです。
「そんなの『梅沢富美男』じゃない。お客さんも、みんなお父さんのことを待っているのに、ここで踏ん張らないでどうするの!」
次女からは、こう言われました。
「何くだらないこと言ってんだ、オネーちゃん遊びでもして来い!」
家族の言葉はガツンときました。
お客さん、劇団員、そして家族。人が、誰かの心をギリギリのところで繋ぎ止めてくれることってある。(あ、オネーちゃん遊びの爆笑エピソードは何度も何度も、もうホントに何度も、この本で出てきます。お楽しみに!)
油断すると、不意に涙がこぼれそうになります。
そんな、どん底にあった私の心を蘇らせてくれたのは、周囲の人々がくれた心のぬくもりでした。(中略)
長い人生には山もあれば、谷もある。自分の力ではどうにもできない時期もある。
たまには100点をとれるかもしれないけれど、40点のときもある。足して割って、70点ならそれで御の字。
2020年からのこと、そしてそれまでのこと。ひとつひとつの喜怒哀楽のエピソードを読むと「人生70点主義」のよさがじんわり伝わってくる。
「老害」ではなく「老害芸」
子どものころ、毎晩しつこく家族の前で「夢芝居」を歌いながらタオルをかぶって踊っていた私としては、梅沢富美男さんは今も昔も「あの名曲をめちゃかっこよく歌って踊る人」なのだけど、最近テレビでお見かけする姿は少し趣がちがう。
ここも「ああ舞台の人だなあ」としみじみ感じたので紹介したい。バラエティ番組『踊る!さんま御殿!!』でのことだ。ドラマの告知でやってきた若手俳優に梅沢さんは……?
せっかく、さんまさんに話を振ってもらったのにオチも山もないような話を始めたもんだから、「俺がトークってモノを教えてやるよ」と延々と説教を垂れてやったのです。(中略)
ところがオンエアの日、ネット上では「梅沢のつまらない説教で変な空気になった」とか「おっさんウルセー」と私への不平不満のオンパレード。
すわ炎上か? いや、舞台役者・梅沢富美男に限って、そんなことはないのだ。
──みんな、すっかり真に受けてくれちゃって。
またしても、してやったりでした。(中略)
延々と撮影したバラエティの収録でも、オンエアに残してもらえるのは面白い絡みがあるごく一部です。目立たない話はことごとくカットされてしまいます。
でも、ゲストとして呼ばれている彼には、できるだけ華を持たせなきゃいけない。だから、とっさに「ウルサイ老害に絡まれる気の毒なイケメン」というアングルを作りだしたのです。
プロレスでもアングルがあると観客は待ってましたと盛り上がる。それと同じだ。このエピソードから梅沢富美男さんは自身の「老害芸」について語る。
「あのおっさん、また面倒くさいこと言ってる」とか「梅沢、またゴネてるのか」という「お約束」をしっかり演じることで、お茶の間にカラッと笑ってもらう。
こうやって「いま、お客さんは俺のことをどう見てるのか」というのを常に気にしてしまうのは、舞台役者の性(さが)です。
サービス精神の塊なのだ。梅沢富美男さんのサービス精神はこの本にもあらわれている。「エッセイを書くとなれば、あの曲の話をしないわけにはいきません。そう、『夢芝居』です。」から始まって、それを読んでるこっちは「ウワー、待ってましたー!」って拍手したくなるのに、エピソードのタイトルは"断るつもりだったのに……。『夢芝居』を歌うことになったワケ" なのだ。ニクい!
手加減なしの浮気叱られエピソードも、テレビで「二度と出るか!」と啖呵を切ったのも(これはアングルじゃなく本気で怒ったのそうです)、すべて舞台と舞台役者につながっている。ゲラゲラ笑ってしまうのだけど、とにもかくにも舞台。そして、舞台女優だったお母様の夢を叶えたのも明治座の舞台の上。夢のようなお話だけど、夢じゃないんですよね。あー思い出しただけで泣ける。
舞台を観た直後は、とにかく胸が騒ぐ。劇場からまっすぐ家に帰るのはもったいなくて、フラフラ飲み歩いてしまう。この本も、3軒目のバーでグラスを抱えて1人でちびちびお酒を舐めるような愉しみがある。泣いて笑って心が騒ぎきったあと「ああたのしかったな」「明日もがんばって生きよ」と満足できる1冊だ。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。