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2021.08.25

レビュー

ものにとらわれる人生をやめたら身軽になった!「これでいつでも死ねる──」

人生の見晴らしがよくなる本

漠然と恐れてきたことにふわっとあかるい色の毛布をかけてもらった気がする。中村メイコさんの著書『大事なものから捨てなさい メイコ流 笑って死ぬための33のヒント』には、私が今までなるべく見ないようにしてきた「老後の生活のあれこれ」が優しくあかるく綴られている。

たとえば、生きていれば宝物はたくさん増える。他人にはがらくたに見えるかもしれないけれど、いつだって私の胸の奥を温めてくれるようなタイムレスで唯一無二の宝物たちだ。でも私が死んでしまったら、それらはどうなるのだろう? どうされるのがいいのだろう? ときどき真夜中にふと想像してはその心細さにぶるっとなっていた。答えを出したくなかった。

この本の冒頭で、そんな心細さへの答えが示されている。

「ごめんなさい、ごめんなさい。でも、『お別れ時』が来たの」
古いキューピー人形を抱きながら、私は何度も言い訳を繰り返した。今からこの人形を捨てるのだと思うと、胸が張り裂けそうだった。(中略)
このキューピー人形を下さったのは、昭和の喜劇スター「エノケン」こと、榎本健一さんだった。(中略)
戦時中、奈良に疎開していたときも、この人形たちを肌身離さず持っていた。(中略)
しかし八十歳のとき、その「守り神」を捨てることにした。

ここで私も一緒に泣いてしまう。

メイコさんが大切な大切なキューピー人形とお別れをしたきっかけは引っ越しだった。300坪の「体育館のような豪邸」から、コンパクトなマンションへ引っ越すためには大量のものを捨てる必要がある。しかも、いつもやるような大そうじではなく、もっと根本的な片づけだ。どうして? その答えを読んで、私は自分がなるべく見ないようにしていた不安と真正面から向き合うことになった。

「このまま死んだら、子どもたちに迷惑がかかってしまう」
いよいよ決断のときが来たと思った。「ものをため込み、ものに囲まれる生き方」をばっさりやめるのだ。
だから、最も捨てにくいものから捨てることにした。自分にとって大事なものでも、残された子どもには処分に困るような「宝物」から減らし始めたのだ。(中略)
どれだけ大事にしているものでも、いつか必ずお別れしなければならないときが来る。宝物をあの世に持っていくことはできないのだから。 

そう、やっぱりそうなんだ。……つらくないのだろうか? もちろん、つらいことだ。先ほど紹介したエノケンさんのキューピー人形とお別れするくだりを読めばわかる。思い出の写真をハサミで切って捨てる場面は崖から飛び降りるように怖い。でも、捨てた人だからこそわかることも教えてくれる。

当初は子どもに迷惑をかけまいと思って始めた片付けだったが、効果はそれだけではなかった。
ものにとらわれる人生をやめたことで、人生がぐっと身軽になったのだ。そもそも年老いた心に、たくさんの思い出を詰め込んでいきることはできない。過去にすがりつく気持ちを断ち切って初めて、前に進める。 

80歳になったときに私も同じ気持ちで前に進みたい。生まれてから等しく前に進み続けるのだから、老後は行き止まりなんかじゃないんですよね。

忘れてはいけないのは、ものがなくたって大切な人を思い出すことはできるということだろう。
私は毎日、「今日はこの人を思い出す日にしよう」と決めて、その人のことを思い出すことにしている。 

ここを読んでフワッと心が軽くなった。そうだ、大事な人のことを思い出せば、胸は温まるじゃないか。

沈んでしまうのはもったいない

この本には身軽に楽しく生きるためのヒントがたくさん詰まっている。「朝からちょっとビールを飲むのもいいじゃない」とワクワクしてくる。そして悲しいことが起きたときの心の持ちようも教えてもらえる。

たとえば、メイコさんが令和元年に転倒して骨折したとき。今までのように動けなくなってしまって、生活のスタイルも変わってしまった。もちろん悲しい。気持ちだって落ち込む。この本の素敵なところのひとつは、そんな「落ち込み」についても率直に語られているところだ。悲しくないよなんて絶対に言わない。悲しいときは思い切り悲しくて、そこからフワッと明るく切り替わるさまが最高にいいのだ。

歳をとれば骨も脆(もろ)くなるし、骨折してしまうのは仕方ない。病気も怪我も増えていく。どうしたって気分は落ち込む。
だが、そこでただ沈んでしまうのはもったいない。むしろ、「怪我をしてよかった」くらいに思えたほうが幸せではないだろうか。
今回の怪我は、まったく歩けなくなるような大怪我にはならずに済んだ。これだって、よく考えてみればラッキーだ。もっと歳をとってから転倒していれば、より重症になっていたはず。
その前に、神様が警告をしてくれたんだと思うことにした。 

ただ沈み込むだけでいるか、そこからあかるい方へ顔を向けるか。その人の心持ちで景色はいくらでも変わる。メイコさんはこの本の中で繰り返し「喜劇」「私は喜劇役者」とおっしゃる。そういえば、喜劇は愉快なことだけを描くものではない。悲しい出来事だってちゃんと散りばめられていて、世界がくるっと愉快な方向へ転換するのが美しくて楽しいんですよね。

笑いについては次のエピソードがとても好きだ。ご両親が残してくれた素敵な言葉と、夫の神津善行さんとの日常、どちらにも愛らしい笑いがある。

生前、父はこんなことを言っていた。
「私は、財産というものは何ひとつ残してやれないが、これだけは覚えておいてほしいと思う。キミの父親と母親は、『嫌な人だった』と言う人が誰一人いないように生きてきた」
忘れっぽくなっても、愛されるかわいいおばあちゃんでいる。それが私の目標だ。
普段から丁寧な言葉遣いを心がけていれば、夫の笑いをとることだってできる。
「メシねえかな。腹へっちゃったよ」
わざと乱暴な言葉を使えば、夫は面白がってくれるのだ。こんなふうに、一日一回、夫を笑わせるのが今の私の目標になっている。 

笑って死ぬための33のヒントは、笑って楽しく生きるためのヒントだ。「はじめに」から「あとがき」まで泣いて笑って、本を閉じるときには背筋がすっと伸びる。老後が楽しみになる1冊だ。

レビュアー

花森リド イメージ
花森リド

元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。

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