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2021.10.12

レビュー

【認知症】診断を受けたその日から世界が大きく変わる。認知症の私のリアルな声

「認知症の本人の意見を聞いて欲しい」。著者が繰り返し説くこの言葉は、切実な叫びにも似ていた。本書は「認知症」そのものについて書かれたものではなく、「認知症」と診断された当事者の現状を伝える1冊である。自動車ディーラーでトップセールスマンとして働いていた著者は、39歳の時に若年性アルツハイマー型認知症と診断された。その後、さまざまな場所で300名を超える当事者と出会った。その人たちの声とともに、自身の経験も踏まえながら、今回「本当に伝えたいこと」を書いたという。

たしかに、認知症と診断されたその時から私たちの暮らしは、いままでの生活とまるっきり変わってしまいます。でもそれは、認知症の症状のせいではありません。診断されたからといって次の日から急に「物忘れ」が増えるわけではありません。周りの人たちの意識が大きく変わってしまうのです。
なぜなら、認知症になったら「何もわからなくなる」などの間違った情報や、重度の症状の情報だけが蔓延していたりすることによる誤解があるからです。

言われてみれば「その通りだな」と思える。にもかかわらず「認知症」という言葉を聞いたとたん、その「イメージ」に飲み込まれてしまう。少なくとも本書を読む前の私は、確実にそうだった。著者はそういった思い込みを「認知症をきちんと知らない」から起きることだと指摘した上で、当事者に対する影響をこう語る。

当事者の暮らしは、診断後、初期の段階から自分で決めて工夫しながら行動している当事者と、診断直後から「認知症だからできない」と決めつけられて、制限や監視の環境のもとで生活するようになった当事者とでは、明らかにその後の進行や暮らしぶりが違うのです。

どんな病気であれ、その症状に個人差があることは、冷静になればするりと理解できるはず。だが勝手な理解と先入観が、自分の視野を狭くする。その結果、「よかれ」と思って行った支援や判断が、当事者の行動を縛ってしまい、その生き方すら変えてしまう。サポートする側からすれば思うところもあるだろうが、視点を変えれば、人が人である限り当たり前に抱く感情や心境が語られていることもあり、自然と当事者の心へ気持ちが寄り添っていった。

全六章からなる本書では、第一章で認知症の当事者たちの言葉を、第二章から第四章では当事者を取り巻く現状と、その気持ちが細やかに紹介されている。正直に言うと、読み始めてしばらくは居心地の悪さを感じていた。それは著者がつづる現状への憤りやもどかしさを、自分が受け止めきれていないと感じていたためだろう。また個人的に耳にしてきたのも、基本的には支援する側の話ばかりだったので、自分がどれだけ一方向からしか見ていなかったかにも気づかされ、赤面した。

第五章では、当事者が日常の中で実際に行っている「工夫」の数々が挙げられている。それらは「忘れることに備える」「日課を続けるため」といった目的別に分類されており、なかにはタブレットやスマートフォンを使用した事例だけでなく、著者が本書を作った時に行った「工夫」についても触れられていた。いずれについても「できないこと」を前提とした上で、「できること」へと繋げていく試みであり、一番のポイントは「当事者が主体的に決めること」だそうだ。

「工夫をするということは生きているってことだ」と、ある当事者が言っていました。

という言葉は、認知症の当事者だけでなく、すべての人の暮らしにも通じているといえる。当事者が暮らしやすい社会は、誰にとっても過ごしやすい社会になるはず、という著者の思いが、こんな一言からもよく伝わってくる。

第六章では、主に著者自身の体験とこれからへの思いが記されていた。認知症は現在の医学では防ぐ手段がなく、誰しもに発症する可能性がある。その事実と向き合いながら、自分や近しい人がどうしたらより良く生きていけるかを考え、備えられるように。少しずつ変わっていくためにも、本書を読み返し考え続けたい。

レビュアー

田中香織 イメージ
田中香織

元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている。

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