4月11日にスタートしたドラマ『ネメシス』は、W主演の広瀬すずさん、櫻井翔さんをはじめとした豪華出演陣とともに、毎回研ぎ澄まされたミステリを展開するオリジナル脚本にも注目が集まっている。脚本協力に名を連ねるのは、今村昌弘さんなど気鋭のミステリ作家の面々。単なる原作提供でもノベライズでもなく、「講談社タイガ」の新シリーズと同時並行的にドラマを制作するという新しい試みだ。日テレの北島直明プロデューサーと「講談社タイガ」前編集長の河北壮平が、その舞台裏を語る。
1980年、徳島県生まれ。2004年に日本テレビ入社。映画『藁の楯』でプロデューサーデビューし、『キングダム』『ちはやふる』シリーズ『ルパン三世 THE FIRST』『50回目のファーストキス』『新解釈・三國志』など、数々のヒット作を手掛ける。連続テレビドラマ『ネメシス』では、映画『22年目の告白─私が殺人犯です─』や『AI崩壊』を一緒に手掛けた入江悠監督と3度目のタッグを組む。
今まで誰も観たことがないミステリドラマを
河北 いよいよドラマがスタートしましたが、小説版『ネメシス』も、3月に今村昌弘さんの「Ⅰ」と藤石波矢(なみや)さんの「Ⅱ」が発売され発売即重版、4月15日には周木律(しゅうき・りつ)さんの「Ⅲ」も刊行され早くも15万部を突破しました。今回は原作提供ではなく、ドラマの脚本にミステリ作家が協力・監修で参加しながら、ドラマと小説それぞれをつくり上げていくという、この取り組み自体が新しすぎて、社内でも驚かれます。
北島 うちでも、「一体どうやってるの?」と聞かれますよ。それくらい新しいスキームなんでしょうね。
河北 手間がかかりますから。だけど、北島さんはいつ寝ているのかわからないくらいにレスポンスが早い。
北島 ちゃんと寝てますよ(笑)。キャラクターや舞台設定、話の流れなど、こちらが決めた「箱」の中で、トリックやミステリを考える、というのは、河北さんにとっても小説家のみなさんにとっても、悩む部分が多かったと思います。でも、僕としては、みなさんの発想力に制約をなるべく付けたくなかったので、「犯人はこっちにしたほうが面白いんじゃないか」「トリックはこうしたほうがいいんじゃないか」「そもそも設定はこうだけど、こういう設定を描きたい」とか、先生方からの提案をうかがったうえで、意見を戦わせるやりとりはたくさんしましたよね。それでこちらの脚本を変えることもあれば、全10話の物語を展開するうえで変えられない部分に関しては、ドラマとは別に小説のほうでスピンオフを書いていただいたりもしました。これは河北さんも同じでしょうけど……なんて面倒で大変な作業に手を出してしまったんだ! と思いましたね(笑)。
河北 正直、思いました(笑)。当初は北島さんと何度もやりとりするなかで、そのたびに印刷してチェックしていましたが、途中で高さ1メートルくらいの紙の山になっていましたから……。今ではiPadでチェックしています。
北島 恋愛ドラマだったら、たぶんこんな手の掛かることしてないんですよね。連続テレビドラマにおけるミステリというのは、10話あるわけで、どうやってこんなにトリックを考えたらいいんだというのがあって。もちろん脚本家でも、よくできたトリックはつくれると思いますが、小説家のように素晴らしくいいものができるかと言えば、それは難しい。僕らも、さんざん本を読んだり映画を観たりしているので、ややもすると何かの模倣になりかねない怖さもあります。やっぱり推理作家が考えるミステリのクオリティには、とうてい及ばないと思うんです。彼らはミステリのプロですから。だって四六時中、ずっとミステリのことを考えているわけでしょう。
特に今回のドラマは原作のないオリジナル脚本なので、餅は餅屋、その力をお借りすることができたら、今まで誰も観たことがないようなミステリが映像化できるんじゃないかと思ったんです。僕らの側も映像制作のプロとして、映像で映えるもの、映像として成立するもの、ワクワクするものをベースに土台をつくれば、一緒に新しい世界を形にすることができますからね。
毎回変化する万華鏡のような驚きのある脚本に
北島 さらに今回、最初からお願いしていたのが、「作家は1人じゃなく、できる限り多く揃えてほしい」ということでした。正気の沙汰じゃないですよね(笑)。
河北 とんでもないご提案ではあります(笑)。
北島 無茶苦茶なことを言っているのはわかっていたんです。でも、御社は絶対のってくれるはずだと思っていました。エンタメに関わる人なら、この企画はきっと面白いと言ってくれるだろうと。
河北 確かに、面白いですよ。北島さんは「連ドラは万華鏡のように毎話毎話見え方が変わる楽しみがある」とおっしゃっていて、なるほど、と思いました。
北島 それぞれの作家さんによって、得意技があると思うんですよ。密室トリックとか時間差トリックとか、いろいろなトリックがある中で、それを得意とする方が毎話つくっていったら、面白いだろうなと。
河北 北島さんのオーダーをうかがって、まず「自由にやろう」、そして、「お互いにベストなものをつくろう」と言ってくださったのが、すごくうれしかったんですよ。無理やり整合性をとろうとすると、お互いに窮屈になる。そうじゃなく、視聴者と読者のキャラクターの受け取り方が一貫してさえいれば、起こる事件が多少違ったとしても構わない。テレビと書籍、異なるメディアで、それぞれにベストなものをつくって『ネメシス』の世界を広げていきたい、と。そこは今回の企画の特色として、むしろ変わるべきなんですよね。
ドラマと小説、それぞれに楽しめる相乗効果
河北 作家さんとの調整などは確かに大変だったんですけど、北島さんとのやりとりはすごく面白かったです。「なるほど、こういう着眼点か」と。
北島 レゴの同じブロックを使っても、組み立て方を変えたら全然違うものができあがりますよね。材料は同じでも「その部品の使い方面白いね」ってなったら、お互いにブラッシュアップしていく。そうやって河北さんたちとやりとりを重ねるうちに、ドラマのキャラクターもどんどん魅力的になっていったと思います。
河北 キャラクターを掘り下げるスピンオフを、先に小説でつくっていいなんて、ありえないですよ。
北島 藤石さんが小説版で書かれたスピンオフも面白いなぁと思いました。僕らの発想の中にないキャラクターの動かし方とか、こういう裏ワザがあったんだ、みたいなこととか。ドラマから観ても、小説から読んでもいいと思うのですが、小説版も読むとお得な感じがしますよね。小説に描かれる世界って、どんな作品も2時間映画の10倍以上は広がりがあると思うんです。『ネメシス』の小説版も明らかに物語が豊かになっています。
河北 ドラマでは映像的なエンターテインメントが追求され、小説ではより深いロジックの部分も大事に描かれているので、それぞれに楽しめると思います!
小説家にしか見えていない世界がある
北島 『ネメシス』の入江悠監督とは、映画『22年目の告白』を一緒にやったのが最初でした。もともと韓国映画だったのをリメイクしたのですが、そのときに初めて御社にも小説化をお願いしたんですよね。
河北 講談社文庫でノベライズさせていただきました。
北島 はい。ノベライズって、小説化とは微妙に違って、二次創作の意味合いが強い気がして嫌なんです。僕らも原作を映画化するときに、表現的に変えないと無理が出る部分は「ここを変えてもいいですか?」と聞かないといけないことがある。それで当時、実験的にやったのが「もう好きに書いてください」というやり方だったんです。キャラクター名と最低限のあらすじ、事件はなんとなくなぞってほしいけど、ここからどれだけ逸脱しても、キャラクターを増やしてもいい。なんならエンディングを変えてもいいし、主人公も変えていいと。そうしたら本当に小説版は主人公が変わって、その結果、20万部くらい売れました。
河北 はい、ヒット作になりました。
北島 あと、御社とは『ちはやふる』の映画化ですね。大変お世話になりました。当時はもう少女マンガの原作映画や本屋大賞映画が氾濫していて、今でもそうですが、ベストセラーと言われるものは全部映像化されているような状態でした。そこで、映画『AI崩壊』はオリジナルの脚本で勝負したのですが、御社で小説化したときには「よりオリジナルにやってくれ」という、わけのわからないお願いを(笑)。
ただ、その時にふと、それなら最初から一緒にやったほうが精神的に楽なんじゃないかと思ったんですよ。当時、浜口倫太郎さんに小説版を書いていただいていて、やっぱり小説家にしか見えてない世界があるなと感じていました。使っている脳みそも違うし、見えている世界も違うんです。でも、小説家が脚本を書いても、それはそれでうまくいかないケースもある。じゃあ小説家と組んで一番面白いジャンルはなんだろうって考えると、サスペンス、ミステリ、トリックなんですよね。古今東西、ミステリで当たったメジャー映画ってだいたい原作があるんです。
河北 ミステリを考えるのって、ある種の特殊技能だと思います。僕はよく「ミステリ脳」って表現をするんですけど、何か面白い出来事が起こったら、「これミステリになるな」とか「トリックになるな」とか、すぐ考えちゃうんですよね。「こうやったら上手く殺れるな」みたいなことを。アブナイ人ですよね(笑)。
北島 そういう意味では僕もサスペンス映画好きなので、たとえば港北のセンター北とか、よくロケ地に使われる場所なんですけど、「ここを爆破したら人がこう流れてくるから、カメラをここに据えたら面白くなるな」とか、考えています。河北さんと2人でご飯を食べていても、「今、この人をここで殺したら……」とか。どういう経路をたどったら画が映えて、かつバレないかなと。飯食ってる相手、よく殺してますよ(笑)。
河北 ははは(笑)。確かに僕もよくやります。
「ミステリ監督」ともいうべき新しい関わり方
北島 僕はこれまでずっと映画畑だったこともあって、連続ドラマもショートムービー10本をつくる感覚でスタートしました。そこで最初に思ったのが、視聴者に「このドラマ、毎回とんでもないことやってくるな」と驚いて欲しい、ということです。なので、今回、今村昌弘さんを筆頭に豪華な名前が出てきたときには正直、驚きました。
河北 今村さんにはどうしてもこの企画でお仕事したくて、小説版のⅠ、ドラマでは1話と3話の脚本協力をお願いしました。『屍人荘の殺人』が有名ですけども、今回初めて弊社で書いていただくことに。ドラマの2話、小説版のⅡでスピンオフ作品も収録した藤石波矢さんは、講談社タイガで『今からあなたを脅迫します』のドラマ化も経験しています。それに続く作家さんも、それぞれのカラーが出ているんじゃないでしょうか。
北島 僕の中では、今回ご協力いただいたトリックの部分は「アクション」だと思っているんです。
河北 アクション、ですか?
北島 ドラマの台本には、いわゆるト書きに、「誰々が切りかかる」とか書いてあるんですけど、それを考えるのはアクション監督です。こっちがこういう流れでつくりたいと言っているものに対して、たとえばカーチェイスの描写をするときなども、カースタントの方々が来て、ト書きに書いてあるのを具体的に「こうやったらうまくいきますよ」と形にしていくわけです。それと同じように、アクションの箱に今回は「ここで謎が起きます」とある感じ。物語の構造上、入り口とゴールは決まっているのですが、その中で好きにやっていただくのが小説家の方々だというわけです。もちろん、ミステリを考えるのは非常に難易度が高いことなのですが。
河北 なるほど。映像現場では表現として、「ミステリ監督」と言えるかもしれないですね。
北島 そうですね。僕の頭に浮かんでいたのは、小学生の頃に大好きだった赤川次郎さんの『三毛猫ホームズ』シリーズです。毎回ステージが変わったり、キャラクターが入れ替わったりしながら、同じ世界線の物語が広がっていく感じ。名づけるなら「ネメシスプロジェクト」とか「ネメシス構想」として、強力なIPをつくっていくことを目指しています。今回のドラマをやって終わりではなく、小説はもちろん、配信ドラマでも何でも、極端な事を言えば30年後に主人公が変わっても成立するようにつくってあるので、お客さんに喜んでもらえるものがあれば形にはこだわらずに、ここからまた新しいコンテンツをどんどん生み出していきたいですね!
撮影/渡辺充俊