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2020.12.04

インタビュー

残酷にして甘美。警察心理ミステリーの旗手、神永学が描く「悪魔」の魅力

「心霊探偵八雲」シリーズを筆頭に、全著作累計は1000万部を超える神永学さん。その新境地となった『悪魔と呼ばれた男』が、この11月、文庫化され、続編となる最新作『悪魔を殺した男』も刊行された。被害者に「悪魔」を表す「逆さ五芒星」が刻まれた連続殺人事件を軸に、揺れ動く登場人物たちの葛藤が複雑に絡み合いながら物語が展開していく警察心理ミステリー。その誕生までの軌跡を、単行本担当編集の高橋典彦、文庫担当編集の泉友之とともにふり返る。

編集者が読みたいものを、さらに超える作品に

高橋 神永さんとは、僕がサイン会の情報をキャッチして山梨の書店まで伺ったのが最初でしたよね。小学生から大人までたくさんファンの方々がいらして。

神永 僕のファン層はわりと女性や若い男性が多いので……かなり目立っていましたよね(笑)。

高橋 なんだ、このオヤジはと(笑)。講談社からの刺客でした。でも、それからわりとすぐにこの企画が立ち上がって。これだけ人気の作家さんですから、石の上にも3年、いや5年はと覚悟していましたが。

神永 お会いした翌日にご連絡して、企画を立ち上げて、完成まで2年くらいでしたよね。なんだか尻軽みたいだけど、ほかの出版社の方にぜひ一緒に仕事がしたいと言われて、こんなにうれしいことはないですから。興味を持ってくれた人と創る作品には、絶対的に力が入ります。こういうダークな感じのミステリーにしようというのも、最初の段階から出ていましたね。

 今回のような、人の善悪の是非を問う重厚なミステリーは、神永さんからのご提案ですか?

神永 いや、高橋さんからぜひ書いてほしいと。僕は基本的に編集者にのっかるので。僕がやりたいというより、まずはその編集者が読みたいもの、そしてそれを超える作品を創り上げたいと思っています。でも、そこで単純にダークな重いミステリーを書いたらダメだと僕は思っていて。警察を舞台にしたミステリーなら、横山秀夫さんや今野敏さんといったすごい人たちがすでにたくさんいますし、ほかの人がやっていることをただ上書きしても、高橋さんと新しいものを創り出すことはできません。やっぱり自分にしか書けない作品が書きたいので、今回も自分の色を出しました。

最終的に7稿にまでおよんだ冒頭100ページ

「悪魔と呼ばれた男」シリーズの著者・神永学氏

「悪魔と呼ばれた男」シリーズの著者・神永学氏

神永 昔、初代の担当編集者に、「お前みたいなド素人は、ちょっとでも手を抜いたら一瞬でファンが一人もいなくなるぞ」って、すごい脅されたんですよ。「調子に乗るなよ!」と。それが今でも僕の中で本を書くベースになっているので、常により面白い作品にするための目標を立てて、それを一つ一つ達成するようにしています。だから、もう10年後にはもっと面白い作品ができているはずで。『悪魔と呼ばれた男』で、ときわ書房本店の宇田川拓也さんから「最新作が最高傑作の作家」という言葉をいただいたのも、うれしかったですね。

高橋 僕も編集者として、新しくお願いした作家さんには、その方の代表作となる作品を書いていただくのが目標です。そういう意味でも、「悪魔」シリーズは、「心霊探偵八雲」シリーズなどとはまた別の方向性で、重厚感のあるダークヒー ローの代表作になってほしいという気持ちで編集に当たりました。

神永 「心霊探偵八雲」も、いわゆる探偵ものに心霊現象や幽霊が見える特殊能力をかけあわせたというのが、当時はそういう小説がほかに一切なかったので、出た瞬間にボロカスにたたかれたんですよ。

 先駆者ですからね。

神永 でも、不思議なもので、やり続けるとスタンダードになっていく。当時は「○○探偵」とつけること自体、ほとんどありませんでしたが、それから探偵大喜利みたいにいろんなシリーズを出して。

 探偵大喜利、非常にわかりやすい表現です(笑)。

神永 その中でも、この「悪魔」シリーズは1作目も2作目も書き始めは筆が延々と走らなくて、すごく苦労しました。冒頭100ページを書いては消し、書いては消し。高橋さんに送るまでに、それぞれ一から書いた100ページの原稿は7稿にもおよびました。夜、寝るときもうなされて、ずっと何かしゃべっていたらしくて、うちの妻は「早く『悪魔』の執筆終わってくれないかな」と、ずっと思っていたみたいです(笑)。

キャラクターありきではなく、必然から生まれる物語

高橋 神永さんの作品は登場人物も非常に魅力的ですが、キャラクターノベルとかって言葉は、あまりお好きじゃないとおっしゃっていましたよね。

神永 はい。でも、文芸とかエンタメ系とか、そういう言い方も好きじゃない。どれも小説は小説じゃん、と。キャラだけじゃなく、ストーリーもあって初めて成立するものですから。僕は基本的に、キャラ先行では作りません。大前提として物語がまずあって、そこに息づく人間がどう感情を変化させていくのか、何を感じ取って何を思うのかを基本にしています。心霊探偵八雲も、ああいう能力を生まれ持って育った人の物語を描いたら、結果としてあの形になったんです。

 いち小説として面白いものを追求した結果というわけですね。今回の「悪魔」シリーズも、主人公をはじめ「こいつは一体どういう人間なんだ?」と謎が謎を呼ぶ怒濤の展開で、ラストまで目が離せません。

神永 人間の感情って、複合的に絡んでいくじゃないですか。僕の作品は、一つ何か大きな事件があって最後にどんでん返し、というのではなく、いろんな人の感情のひずみ、ゆがみというものが、誰かと誰かが出会ってしまったことで変わっていく、そうした予測不能な流れを生み出そうとしているところがあります。
誰かにとっての善意は、誰かにとっての悪意にもなり得る。その複雑な絡みが、書いていて面白いんです。

高橋 当初は予定になかった2作目ですが、今回、神永さんからのご提案で実現しました。3作目を期待する読者も多いと思いますが、どうでしょう?

神永 うーん、いまのところ、3作目のアイディアはまだ降りてきていませんね。まぁ、急に降ってきて言い出すかもしれませんけど。2作目のときも「また『悪魔』が始まった!」と妻が言っていたので、家庭的には書かないでほしいという声が強いんですよね(笑)。

 そのときは、僕がお詫びに伺いますので!(笑)

深層心理のなかで自然とつながっていった伏線

神永学氏と2人の担当編集者

神永学氏と単行本担当編集者・高橋(左)、文庫本担当編集者・泉(右)

神永 「悪魔」シリーズは、「この人物たちを一概にはクズだと言い切れない」という描き方をしています。誰もが持っている欲求や願望が顕著に表れてしまっている人たちの黒い闇を、僕自身にもある部分とリンクさせながら描いているので、メンタルに与える影響も大きかったんでしょうね。オフィスのスタッフも、僕が苦しみながら書いていたのをよく知っていると思います。最初のプロットにあった原型は、最終的にほとんど残ってないですからね。

高橋 作家さんによってはかなり詳細までプロットを書く方もいますが、神永さんは最終的にどういうものができてくるのか楽しみが残るようなスタイルですよね。

神永 僕のプロットはシーンごとに区切って書いていく映画の箱書きのようなもので、いつもだいたい最後までは決めずに書き始めます。今回も先が見えない中書いていったのですが、そこで伏線も自然とつながっていくもので。自分が意図しないところで「つながった!」と、ときどき大騒ぎしていました(笑)。たぶん、悩みに悩み抜いた上で物語を進めているので、なぜこの人がこういう行動をとってこうなったか、無意識の深層心理ではそこがつながっているんだと思います。

 なるほど、それにあとから気づくわけですね。

神永 そうなんです。あと僕、執筆しているときに手をパンと叩く、ちょっと変わった癖があって。パンと叩くと、頭の中で映像が切り替わるんですよ。

 カット割りだ。神永さんはやっぱり映像型ですね。

神永 日本映画学校出身ですからね。1年のとき、実習の指導講師に黒沢清さんがいましたよ。20数年前のいち学生なんて、顔も覚えてないと思いますけど。

高橋 ヴェネチア国際映画祭で受賞した『スパイの妻』が話題ですね。教え子の一人には間違いない(笑)。

神永 だから僕は、いつもどこかで「日本でも低予算で映像化できる作品」を考えているところがある。「悪魔」シリーズも映像化しやすいと思いますよ。

高橋 確かに。映像化はぜひ実現させたいですね!

毎朝スタッフとの朝礼から始まる神永オフィス

高橋 オフィスでも映画をよく観られるんですよね。

神永 いつもお昼休みはスタッフみんなで映画を観ることにしています。1時間で区切って観ていくのですが、それについてワーワー意見交換したり、アイディアを出し合ったりして。同じものを観ても、みんなそれぞれ感覚が違って、いろんな意見を持っています。

 面白いものに対する感覚を共有しているんですね。

神永 うちは毎朝、朝礼もあるんですよ。体操からやります。いつも朝礼の司会がひと言、時事ネタにからめて何か話して、それに対してみんなで議論を交わすんです。最初はそれぞれ事前に準備をしたりしていましたが、だんだん自然といつもアンテナをはるようになって、今ではみんなその場でパッと話せます。読んでおいてほしい課題図書が150冊もあるのですが、みんなだいたいクリアしていますよ。普段は経理から取材対応、ゲラチェックまでやってもらっていて、僕が新しいプロットを思いついたときなどは、「ちょっといい?」とみんなの手を止めて、その場でバーッと僕がしゃべったことに意見をもらうというのもよくあります。そういうことにもみんな対応できるんです。

高橋 珍しい形ですよね。今は何人ですか?

神永 スタッフは3人います。もともと僕は会社で総務課にいて人事などもやっていたので、システマチックにするのは得意なんです。

 もう、それは経営者の頭ですよね。でもそうしたスタッフの方々の支えもあって、これだけの素晴らしい作品を次々と世に送り出されているわけですね。

神永学作品が女性読者たちの心をつかむわけ

「悪魔と呼ばれた男」シリーズ最新刊『悪魔を殺した男』

「悪魔と呼ばれた男」シリーズ最新刊『悪魔を殺した男』

神永 今回の作品では女性の心理を探るために、いろんな女性に話を聞いたのですが、スタッフにも女性が2人いるので、話を聞きました。2人ともそれぞれ違った意見で、面白かったですね。男性の考え方とはまた違う女性のすごさを感じた取材でもありました。僕の中で、女性はやっぱり強いイメージなんです。

 神永さんの作品に出てくる女性、今回は犯罪心理のスペシャリストである天海志津香が出てきますが、取材されているだけあって、女性をしっかり見つめて本当の強さを描こうとされているのがよくわかります。都合よく描かないというか。そういうところも、女性ファンが多いことに直結しているのだと思います。

神永 あと、「心霊探偵八雲」シリーズは、もう出すぎていて読めないっていう人たちがいるので、この「悪魔」シリーズからまた新しく入ってきてくれたらいいなぁという思いもあります。

高橋 そうですね。神永さんには今回、「小説現代」12月号にも「悪魔」シリーズのスピンオフ短編を寄せていただきましたが、『悪魔を殺した男』の初版本の特典、また書店で配布しているものも併せて3篇も書きおろし短編を執筆していただきました。

神永 もともとは11月末に行われた朗読イベント用に執筆したのが、結果的に3本になったんですよね。

高橋 「鬼滅の刃」にも出ている声優の山下大輝さんに朗読していただく盛りだくさんなイベントになりました。神永さんには編集者のわがままで、いろいろな要望にも応えていただいてありがたいです。それぞれ、二つの前日譚と、1作目と2作目の間の話になっているので、このシリーズの世界をまた広げて楽しめるものになっています。そちらもぜひ、たくさんの方に注目してもらいたいですね!

神永 学(かみなが・まなぶ) イメージ
神永 学(かみなが・まなぶ)

1974年山梨県生まれ。日本映画学校卒業。2004年『心霊探偵八雲 赤い瞳は知っている』でプロ作家デビュー。代表作「心霊探偵八雲」をはじめ、「天命探偵」「怪盗探偵山猫」「確率捜査官 御子柴岳人」「浮雲心霊奇譚」「殺生伝」「革命のリベリオン」などシリーズ作品を多数展開。著書にはほかに『イノセントブルー 記憶の旅人』『コンダクター』『ガラスの城壁』などがある。2018年9月刊行の単行本『悪魔と呼ばれた男』が、今年11月に講談社文庫から刊行。続いてシリーズ2作目となる『悪魔を殺した男』が刊行された。

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