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2021.01.21

レビュー

ヤクザと過激派の抗争により殺戮の場と化した街。「山谷」のバイオレンス群像劇

本書は、1970年代から80年代にかけてのドヤ街「山谷」を舞台に、「やられたらやり返せ」をスローガンに活動した過激派「山谷労働争議団」のメンバーたちの群像劇を描きながら、そもそも過激派とは? 左翼右翼とは何者なのか? ヤクザとはどう違うのか? 彼らは何のためにたたかっているのか? ――それぞれの出自と系譜、存在理由を、日本の戦後史のなかで捉え直していく渾身のノンフィクションである。
当事者たちの証言をつなぎ合わせながら構成していくその独特な叙述スタイルがとにかく新鮮だ。「争議団」関係者、街の商店主やドヤ主(労働者向け簡易宿泊所の経営者)、ヤクザ・右翼関係者……。リアルタイムでその場に立ち会った当事者たちの肉声が、本書を読む間ずっと耳元に聴こえているのだ。気がつくと今から数十年も前のその街の風景にすっと入り込んでいる。読みはじめて私はまず、ドヤ主(の経営者)たちが語る在りし日の街の賑わいのなかに引き込まれた。

いちばん賑やかだったのはオリンピックのあとだろうね。うち(ホテル富田)の前の通りも、すいとん横丁だったのが寿司屋横丁になって、立ち食い寿司や普通の寿司屋が何件もあった。立ち飲み屋もバンバンできてね。南千住に止まる都電の最終が夜中の一時だったから、店が閉まるのは二時ごろですよね。とにかく人通りが夜中まですごかった。パチンコ屋だって何軒もあったし、麻雀屋なんか数えきれないくらいあった。それが全部儲かっていたんだから、いかに人が多かったかということだよね。 

山谷という地名は今はもうないが、東京・台東区の北部に位置するわずか1.65キロ四方のその一角には、かつては200軒以上のドヤが立ち並び、約1万5千人の日雇い労働者が住み込んでいたという。彼ら労働者を集めた理由は他でもない。そこに「寄せ場」があるからだ。著者はこう言う。

山谷の風景を最も特色づけていたのは寄せ場である。寄せ場は山谷の中心点に当たる泪橋(なみだばし)にあった。泪橋の交差点付近には早朝から数千人におよぶ日雇い労働者が押し寄せ、ヤクザの息がかかった手配師たちが手際よく仕事を供給していく。盆と正月以外、寄せ場の朝は日々そのくり返しである。ただし、この山谷にとって不可欠な労働システムが、じつは金町戦勃発の一因だった。そして警察や公共機関(職業安定所、労働センター)がヤクザをたたけない理由もそこにあった。ヤクザ系の手配師がいなければ寄せ場は一日たりとも機能せず、日雇い労働者はその日の飯も食えないのだ。

こうした労働システムの下、労働者はその日の仕事を手に入れ、ヤクザはその仕事の斡旋料としてシノギを得る。ただし労働者にとってヤクザは、現場で悪質業者との間に労務上トラブルが生じた際には暴力を背景にもみ消そうと押さえつけてくる相手でもある。そこで「無防備極まりない日雇い労働者にとって、うってつけの用心棒」として現れたのが「山谷争議団」(以下、争議団)だった。「用心棒」の具体的活動について元メンバーはこう語る。

たとえば、労働者が手配師や労働センターの紹介で現場へ行ったときに条件違反があったとする。具体的には、事前に聞いていた仕事の内容やデズラ(日当のこと・筆者注)が違うとか、休憩時間も与えられないとか、(中略)労災(労災保険)が適用されずもみ消されるとか、そういった場合です。(中略)その問題を朝の寄せ場に持ち帰ってアピールすれば、労働者が関心を持っていっせいに集まるから力関係は強くなる。労働者のなかには同じように痛い目にあったけど泣き寝入りしていた人もけっこういて、彼らの力がわれわれに加わるわけです。そこで問題の手配師を労働者と一緒に追及したり、センターで情報を得て業者を追及したり、現場に押しかけたりするわけです。 

彼らの活動はこうした毎朝の寄せ場での即席集会や駆け込み相談対応からはじまる。ことによっては、そのまま居合わせた労働者たちを巻き込み、手配師や悪質業者の現場へ乗り込む。そこで首尾よく要求を勝ち取る場合もあれば、手配師や悪質業者とあらかじめ通じ、現場に先回りするヤクザや警察との衝突に展開することもあったという。

山谷にいた活動家は数十人というところなんですけど、どこからどこまでが活動家か、と言えばなかなか把握できませんよね。とくに現闘(争議団の前身集団・筆者注)なんかは一家徒党集団ですから、三〇人、四〇人とふくれあがる時もあれば、一〇人くらいしかいないようなときもある。
(中略)朝の寄せ場でも一般労働者のなかに混じっているから、警察も実態がつかみにくかったと思いますよ。

こうした元メンバーの発言を読むと、著者が本書の中で度々指摘するように、「争議団は一人一党が基本であり、各人の自由を優先する結果として、組織の不完全性さえも誇り」にしていたことがよく分かる。そもそも行動要綱や指示系統さえ持とうとしなかったという。

自分たちは、何のためにどう闘うのか――。
既存左翼が言うように、ほんとうに「下層労働者は国家権力と対等に闘うことなどできない」のか? 或いは、東アジア反日武装戦線(当時、数々の企業爆破事件によって日本中を震撼させていた)の主張の通り、ほんとうに「“帝国主義”の恩恵者に過ぎない労働者による労働運動は不毛であり、真の革命は東アジアの人民を解放するための武装闘争によってしか達成できない」のか?
彼らは日々の活動の中で自問自答しながら、独自の“現場”主義を鍛え上げていった。元メンバーが語るこんな言葉が印象的だった。

寄せ場というのは、農村から逃れてきた人たち、炭鉱を離職した人たち、やむなく家族を捨ててきた人たち、あらゆる人生の苦労を重ねた人たちがたくさん住み込んでいるわけ。寄せ場では出身や過去を問われないけど、みんな失敗も敗北も山のように経験してきている。ほかにはフーテンだった人間、精神障害の病気を持った人間、ふつうの職場でつまはじきにされた人間、そういう人たちも当時の寄せ場にはたくさんいたからね。
(中略)社会の苦労を肌でわかっている人たちだから強い面もある。だから、そういう人たちが自分たちの立場を活かして、自分たちの生き様を通して立ち上がれるような、そういう闘争を組む必要がある、ということなんだよ。 

彼らの言葉が、先に挙げたような原理主義的闘争論とは対照的にリアルに胸に響いてくるのは、その肉声がまさに「自分たちの生き様を通して」表現された言葉だからだ。

では現代を生きる自分にとっての“闘い方”とは何だろうか――。本書を読み終えた後、私はそのことについて考えずにはいられなかった。「生き様」をどこまでも問いかけてくる1冊である。

レビュアー

河三平

出版社勤務ののち、現在フリー編集者。学生時代に古書店でアルバイトして以来、本屋めぐりがやめられない。夢は本屋のおやじさん。

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