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2020.10.02

レビュー

死にたくなるのは懸命に生きているから。「苦しい時は電話して」

ずっと気になっていた「いのっちの電話」が、ついに本になった。
「いのっちの電話」とは、作家であり画家であり音楽家でもある坂口恭平氏が、自殺者をゼロにしたい!との思いから自身の携帯番号090-8106-4666を公開し、死にたい人からの電話を無償で受けつけている相談ホットラインのことだ。自らの躁鬱病とも付き合いながら、毎日5~10人ほどの着信を坂口氏はたったひとりで受けとめ、この10年間で1万人ほどの人と話をしてきたという。

そこで、いつも電話で話していることをこの本に書いてみることで、電話だけでは対応できない人々にも、死ななくてもいいんだと感じてもらえるのではないか。
そんな気持ちからこの本を書くことにしました。

「いつも話していることをこの本に」。本書のまえがきでそういう通り、著者に電話で相談のってもらっているような感覚で読める1冊だった。著者の語り一辺倒ではなく、要所要所に相談者6人との会話も挿入されていて、読み進めるうちに著者とのおしゃべり空間に引き込まれていく。「苦しいけど死にたいほどではないかもしれない」などの遠慮は無用、本書のページを開けば自分はもう「苦しい」ひとりの相談者だ。

読みはじめてすぐ、当事者スイッチを押された一言があった。死にたい人の悩みには「個性がない」、という指摘だ。10年電話を受け続けた著者の実感なのだそうだ。
曰く、どんな個人的事情があるとしても、死にたくなる症状はみんな同じだ。共通項は「あれをしなきゃよかった、どうしてこんな性格なのか、どうして他の人とこうも違うのか」と際限なく反省し続けてしまうことだという。なんだ、それなら私にも身に覚えのある症状ではないか。
そうした症状は「熱が出たり、咳が出たり」するのと一緒で生きていれば誰にでも起こる。だからこそ対処可能なのだ。

では、その対処法とはどういうものか。
反省に終始するその思考回路から抜け出すために、頼るべきは「他人の声」。くれぐれも自分で考えようとしないことだ。そう言って自らその役を買って出た著者は、反省することを一旦わきへ置き、ここで「ひとつ作業を入れましょう」と小さな「日課」を手渡していく。パジャマを着替えてみよう、ご飯食べた? 米を炊いて朝ごはんを食べてみよう……。「体が気持ちいいと感じること」を無理のないところから、というわけだ。

そのうえで、先述の相談者たちに対しては、もう一歩踏み込む。各人の記憶の奥、胸の内にしまい込んでいた「好きなこと」を問いながら、こんどは何かを「創作」するという「日課」をそれぞれに提案していく。
だったら、料理を作ってみたら? 曲を書いてみようよ? 今の状況を漫画にしてみるのはどう? ジャズ喫茶がやってみたかったのなら、お店の企画書を書いてみようよ? 
すると声を弾ませ「やってみます!」と、相談者たちはすでに凝り固まった思考回路から抜け出し、次の新しい行動へとジャンプしている。
ひとつ作業を入れる、日課をつくる、創作をする――。それ自体が「死なない」ための手製の薬であり、「生きる」ための新しい行動なのだ。そうアドバイスしてくれている。自分にとっての「日課」を見つけるヒントもあったように思う。相談者たちからもその弾むワクワク感をお裾分けしてもらい、なんだか晴れやかな気分にもなった。

死にたいと感じる時は、変化を求めている時でもあるからです。
(略)あなたの性格や人間性のようなものを変えろと言っているのではありません。そうではない変化、つまり、そんなあなたが起こしている行動について変化を求めているのではないでしょうか。僕はそう思います。

「死にたい」思いを抱える人たちに対して「今の自分を受け入れ、ほどほどの生活を行いましょう」ではダメなのだ。「いのっちの電話」が見据えるゴールは、「自殺を食い止めること」=「死にたいと思わなくなること」の、もっと先にある。だからこそ、そのひと自身では気づけなかった新しい行動へと焚き付けていく。
死にたいほど苦しいその思いこそ変化へのチャンスなのだと、本書は教えてくれている。

レビュアー

河三平

出版社勤務ののち、現在フリー編集者。学生時代に古書店でアルバイトして以来、本屋めぐりがやめられない。夢は本屋のおやじさん。

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