■悩む若者はもっと生きていい
今「自殺」を考えている方、死んではいけない。
絶対死んではいけない。
一度や二度自殺を考える人のほうがまともなのです。通常の感受性があればそういうことを考えてしまうものです。 鈍感で人に迷惑をかけていても平気な人はそんなことは考えません。だから考えてしまう人は貴重なのです。 ああ、俺はもうダメだと落ち込むことはあるでしょう。しかしそういう人がこの世の中を支え変えていくのです。
自分の損得しか考えない悩まない人もおります。こんな人間に同じ空気を吸わせる必要があるのかと疑問に思う人もおります。人間らしい心がない人も実際見てきました。そんな人にも日本国憲法は人権を認めているのです。 よって悩む通常の人はもっと生きていいのです。
日本は、いわゆる若年層、15~39歳の各年代の死因の第1位は「自殺」であります。
ずっとそうです。先進国では最悪です。世界的に見ても異常な数値です。昔から何故か日本は若年層の自殺が多いのです。
■高校の同級生の死
私が大学4年の時高校の同級生が自殺しました。
これが私の身の回りで起きた最初の自殺です。この同級生は電気工学をやっていたのでコードを心臓の周りに設置して一瞬で死んでいたそうです。大学が違うので何が起きたかわかりませんでした。
近所に住んでいた同級生たちがすぐに彼の家に行ったもののご両親がひどいショックを受けておられて誰にも会いたくないというばかりだったそうです。結局私も含めてだれも葬式にも出られませんでした。
この同級生の死は信じられませんでした。身長185センチ、格好良くて、ケンカも強く、しかもいつも面白いことを言って笑わせておりました。要は超明るい人間なのです。
もちろん高校を卒業して4年経っているので何かがあったのでしょう。それでもみんな信じられませんでした。なぜ心の悩みを相談してくれなかったんだと彼の親しい友人たちは言っておりました。
今では私もジジイになりましたので10代、20代の若い人が自殺したと聞くと、
(何も死ぬことはないよ。死んだほうがいい悪い奴はいっぱいるじゃないか。まだまだ色々幸福になるチャンスがたくさんあるのに)
と思ってしまうのです。
しかし若い頃は気分がその日によってジェットコースターのように変わってしまう。感受性が強い人ほどそんな風になる。
■自殺願望を持つ若者たち
2017年座間市で発覚した例の殺人事件を皆さん覚えているでしょう。自殺願望の9人の若者が呼び出されて殺された、あの事件です。殺人者の異常性には当然驚きましたが、私が気になったのは9人の内のほとんどが10代の少年少女であったことです。 何とかならなかったのかと思うのです。
■賢い子ほど「問い」が生じる
思春期になると「問い」が生じます。
生きる意味って何だろうとか、自分はこの世で生きる価値があるのだろうか、とか突然色々考えだします。
考えたくなくても脳が勝手に動き出してしまう。もちろん全く考えない人も多くいました。そんなことを考えないほうが幸せなのだと思うのです。
「問い」が生じた子は感受性も強いし、頭がいいのだと思います。彼らが悩みから乗り越えたらすごい人間になると思うのであります。
そういう人は心が強くなっていますから社会に出てもタフに生きていくでしょう。もしかしたら総理大臣になるかもしれないし、孫正義を超える人になっているかもしれない。
「自殺願望」から脱却するのは難しいかもしれません。しかし、座間の事件を考えると実にやりきれない気持ちになるのです。
■哲学は「自殺」を否定しないが……
そのようなことを考えていたらショーペンハウアーの顔が浮かび、『自殺について』を今回出すべきだと思った次第です。
いきなり原本のショーペンハウアーの『自殺について』を読むと面食らうと思います。最初の方で「自殺を否定しない」と書いてあるのです。昔これを読んだとき、 (えええっ、おい、哲学者だろ。止めねえのかよ)と驚いた記憶があります。
先日、哲学者の苫野一徳准教授に伺いました。哲学的には、自殺は人間の「自由」の最後の選択肢であり、希望が完全に断たれた時、最後の自由(自己選択・自己決定)の行使として、自殺は認められるでしょう、とのことでした。
あれ、ショーペンハウアーだけじゃないんだ。哲学的には、否定できないということになるようです。何か少し悲しくなったのでありますが、苫野准教授は言葉を続けてくれます。
自殺を思いとどまる理由も原理的には1つで、「それが自由の可能性、希望が見つかること」と「全面的な存在承認」だろうという趣旨のことをおっしゃっておりました。
ショーペンハウアーも似たことを言っています。
結局「自殺はいいことないよ。生きたほうがいいよ」と論理を駆使して言っておるのであります。
読み終えた時ちょっと救われたというか、いい気分になるのです。
■日本人のネガティヴ思考
若干横道にそれますが、日本人は緊張する場面でネガティブ思考になりがちです。昔、医者の友人と話していて教えくれたのですが、日本人はドーパミンの分泌量が少ないそうです。
ザックリ言うと、緊張したらアドレナリンとドーパンミンが出ますが、日本人はアドレナリン量がドーパミンに比べて多く分泌される傾向があるということです。
■スポーツでも実力を発揮できない
例えばオリンピックでよくあったのですが、水泳などで自己ベストを出せば金メダルが取れるのに何故か緊張してメダルどころか準決勝で敗退ということがありました。
外国の選手はというと、無名の選手が自己ベストを更新して下手をしたらレコードで勝っていました。
日本人はオリンピックという超緊張した場面になると(失敗したらどうしよう。みんなガッカリするだろうなあ。日本に帰れないよ)なんて考えてしまい、筋肉も緊張していつもの実力を発揮できないことが多かったのです。
外国人選手は逆に(おい、ここで勝っちゃったらヒーローじゃん。世界記録なんて出しちゃったら歴史に残っちゃうよ)などとポジティブなことしか考えない。こうして無名な外国人選手が勝っちゃっていたのです。
何故そういう風になるのかを研究している学者は当然いるのですが、理由ははっきりしません。文化性ではないかと言われているそうです。
しかし現在はだいぶメンタルトレーニングが発達したのか日本選手もタフになりましたね。ということは何だかの思考方法を変えることができればポジティブになれる可能性があるということです。私もそうなりたいので水泳の平井伯昌コーチに教えを乞いたいのです。
■絶望の時には周りが見えなくなる
とにかく日本人は真面目過ぎるようです。 深刻な場面に直面すると「空間」と「時間」を考えなくなると思うのです。
まず「空間」についてですが、例えば学校なり会社なりでそんな深刻な事態になると、教室や会社のビル内という狭い空間ばかり意識してします。カメラをロングで引いてみると、何やら教室や会社がちっぽけなところに見えます。
日本にはたくさんの学校もあるし、たくさんの会社もあります。そんなたくさんの世界の中で、小さな「空間」での出来事が自殺まで行ってしまう。
以前、テレビで日本在住のバングラデシュの人が、「食べ物がある、安全な日本で自殺する人がいるのは理解できない」と言っておりました。
そんな説教くせい話は聞きたくねえよとおっしゃる方もいると思いますし、今現在、絶望のどん底の人には、何の慰めにもならないかもしれません。
しかし、教室や会社という小さい空間からアジアまでグッとカメラを引いちゃうと、そうだろうなと思うのです。私も経験がありますが、絶望の時は周りが見えないというか視野狭窄だったのは確かです。
もう1つの「時間」ですが、自殺なんて考える事態だと、ずっとこの絶望の状態が続くと思ってしまいます。
私も60歳近くなって過去を振り返ると、そんなことになった時、異様に気が短くなってもう終わりだと思うことが度々でした。しかし幸い友人たちがいたので慰めてくれました。
時間がたち段々冷静さを取り戻すと、ベストではないけどベターな道が開けてきたと思います。時間が経つことは大切なのです。
■失恋の傷も、時間が癒す
卑近な例で恐縮なのですが、「失恋」はたぶんほとんどの人が経験するでしょう。 「失恋」で自殺する人だって今も昔もいます。特に若い時は全人格を否定されたようでボロボロになるでしょう。
私は全く女の人にモテませんでしたので、こういう経験で私の右に出る人はいないとつまらない自負を持っております。私の心は傷跡でいっぱいです。
しかし不思議なのです。時間が経つうちに周りが見えてきます。ふと周りを見ると、道を歩いているキレイなお姉さんがたくさんいるのです。
「あれ、こんなにいたっけ?」などと思ってしますのです。そのうち付き合う女の人ができると、
(なんであの時は酷く絶望したのだろう。よーく考えたらふった女の人は大したことなかったなあ)
などと思ったのです。
その後、年を取って経験があるからかもしれませんが、「失恋」してもだいぶ耐性ができます。要は平気になります。
■耐えられなければ、逃げるべし
つまらない話をしてしまいました。 「空間」も「時間」も考えられない、もうどうしようもないんだという方もいるかと思います。
勇気をもって逃げましょう!
決して逃げることは恥ずかしいことでない。例えばイジメなどで教室に入れない、学校にいけないという若い人がいたら、休みましょう。
どうしても耐えられなければ逃げることをお勧めします。そこまで人間を追い詰める教室は異常です。そこで対応できる人はイジメ側に回っているか、見て見ぬふりするということです。そんな異常な世界から逃げるのは当然です。
落ち込んだとき即効性のあるノウハウ本を読むのも有効でしょうが、その場限りの慰めより、原理原則を学んでも損はないのです。
悩んで1人で闘っている方も多いと思います。友人や家族にも言えないという人もいるでしょう。お読みになって心の糧にしてはいかがでしょう。
まんが学術文庫編集長 石井徹
【本記事は、現代ビジネス(まんが学術文庫)に2018年11月20日に掲載されたものです】