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2020.07.14

レビュー

銭がなくては戦はできぬ。1回の合戦費用、1億円!! お金から読み解く戦国時代

で、こちらはお幾らだったのでしょう?

「総制作費ウン億円」のような謳(うた)い文句で時代劇が宣伝される時、その制作費が大きければ大きいほど、スタッフロールの「時代考証」や「風俗考証」の欄を見るほど、「おお」となる。つまり、脚色はあるにせよ、「豪華絢爛! 戦国絵巻」のような景色からは荒唐無稽なファンタジーとは違う圧力が伝わる。

それはそのまま「で、実際はどうだったんだ?」というところにつながる。だって馬がぺんぺん草のように生まれるはずはないし、いくら戦国時代なんていったって甲冑が100均並みの価格で出回っていたとも思えない。刀も槍も鉄砲もタダじゃない。なにより、「えいえい」と戦地を駆ける軍勢たちは人間だ。彼らだって霞を食べていたわけではない。

つまり「戦国絵巻の世界、めっちゃお金かかっただろうな」と思うのだ。下世話と言われようがなんだろうが、なにか圧倒的に壮麗なものを目にした時、大人ならチラッと考えるはずだ。「ちなみにこちらはお幾らで?」と。

そういう興味に答えをくれるのが『戦国大名の経済学』だ。武具、食糧、関銭(通行税)、そして人間。無数の要素を一つ一つ洗い、「お値段」を明らかする。

が、この「お勘定」は、本書の序章に過ぎない。お値段がわかったら? そう、どうやってそれを手に入れるか? だ。

権力にとって最も重要な収入源は年貢であった。それは統一政権へとひた走る豊臣政権でも変わらなかった。それゆえ、年貢を安定的に徴収するシステムを構築し、運営することが、政権維持には何よりも重要だった。(中略)公平さを欠く場合も往々にしてあった。しかしそれは確実に政権の綻びにつながっただろう。

この戦国大名たちの経済戦略が本作のキモだ。戦争をするとき、国を治めるとき、「どうやってそれを手配したか?(=財源は? 財政は?)」を教えてくれる。

戦国大名=軍事政権! 戦争は秋冬が多い?

この本の面白さを約束する文章があるので引用したい。

そもそも戦国大名とはどういう存在なのか。(略)ある特定の地域を独占的に支配した 武家権力(軍事政権)である。(中略)本書は、戦国大名の経営を考えることを主題とする。経営とは何かというと、これまた深遠なテーマになるが、ここでは簡単に、戦国大名の権力体を一つの組織と捉え、その組織運営に必要な収入をどうやって得、また必要な支出はどのようなものに対して行われていたのかを、史料から明らかになる範囲で解説する。

楽しそう。が、これがめちゃくちゃ大変なのだ。だって相手は大昔の軍事政権だ。帳簿が残っていたらラッキーという感じで資料が乏しい。しかも、収入源は中世から受け継いだ田畑だったりするので、体系だてて見ることが難しいのだという。でも資料を一つ一つ洗い上げて「一回の戦争のお値段」や「経済政策」を洗い出すのがこの本の冒頭の面白みだ。巻末にずらりと並ぶ参考文献の数にギョッとする。

1回の戦争はおよそ1億円必要だという。内訳の面白さは読んで確かめてほしい。兵士の武具、そして兵糧までお値段が明らかにされている。が、これが高いのか安いのか……? 買ったことがないからわからない。そんな私たちにも「わかる」感じがあちこちにあるのだ。たとえばこちら。

米三〇〇石はどれくらいの価値だっただろうか。米の価格は年ごとだけではなく一年の間でも価格変動が大きい(収穫直後の秋から冬にかけては安く、収穫前の春から夏は高い)

よって、一般的に戦争は秋から冬に行われたらしい。こういうちょっとした注釈がとても面白く、リアリティを感じさせる。

戦争の費用に加え、城を作るにはいくら必要だったのか? という話まで丁寧に明らかにされている。(安土城はイメージ通り施工費がめちゃくちゃ高かった。が、当時の相場で見ると破格だったのだという)

経済でも信長のインパクトは大

戦国大名たちの収入源は租(税)だ。どうやって課税のシステムを整えたのか、どのように税収をコントロールしてきたかが語られている。なかでも面白いのが織田信長だ。本書の至る所で信長の特異性が語られている。彼の財源や懐具合を明らかにすることで、みんなが抱いているイメージとは違う部分と、経済感覚の鋭さの両方が伝わってくる。

後に信長が都市の直轄化にこだわったことにも関わる話だが、年貢による収入を期待できるほどの所領を持たなかったため、商業課税に注目するようになったのかもしれない。

織田家には、もともとは従来の武将のような収入がなかったのでは? というのだ。

既存の商人の特権を篤(あつ)く保護するのがこの時の信長の政策の特徴であった。

そして、年貢をあまり見込めない武将であったから、やがて商人からの税収をきっちり得てきたのだという。ここで、テレビで見る「城下町」や、かつて歴史の教科書で習った「楽座」がリアリティを持って手元に引き寄せられる。

なかでも信長がなぜ「楽市・楽座」の施策を打ったのか、どの土地でどのように発令し、経済をコントロールしようとしたのかが面白い。ちっとも「うつけもの」なイメージではなかった。リアリストだ。

戦国武将も楽じゃない

この本を一言で説明するなら? と尋ねられたら、それはもう「戦国時代の経済のお話です」と答えるのみだ。ただ「経済」は一言では表せられない。

本書で語られる切り口は数え切れない。戦国大名の諸経費というキャッチーな話に始まり、武将ごとの年貢(税)の集め方、そもそも当時の税の立ち位置、税の使い道(ちゃんとしていないようで、時々ちゃんとしていたりで面白い。ただし現代よりうんと納めがいのない税だったはずだ)、経済戦略、賄賂、貨幣、石高制、資源開発、貿易、そして鎖国……もう、本当にめくるめく世界なのだ。

気になる要素から読んでいくのも楽しいが、最初から少しずつ読み進めることをすすめたい。なぜなら小さな収支の話を積み上げて(といっても、金額は大きいんですけどね)、やがてマクロ経済の話に繋がるからだ。そして、あらゆる局面で織田信長が爪痕を残しているので、信長好きにもおすすめしたい。

日本史に対する視座が増えるはずだし、この先見る戦国時代のドラマに副音声が付くだろう。武将の後ろに無数の人々が思い浮かぶはずだ。実際、本書を読んだあと思わず観てしまった大河ドラマ“麒麟が来る”で、「鉄砲だ!?」というセリフや出陣のシーンが流れるたびに「ああ、税金が……!」と思ってしまった。

レビュアー

花森リド イメージ
花森リド

元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。

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