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2019.09.10

レビュー

【三国志の変遷】東大卒女子アナが、その真髄を全く新しい角度から探究する

「危急存亡の秋(とき)」「千載一遇」「白眉」「苦肉の策」「三顧の礼」「水魚の交わり」……誰もが一度は耳にしたり口にしたことがある"成語"ではないでしょうか。これらはすべて『三国志』および『三国志演義』から出てきた言葉です。

日本人の文化・教養・さらにエンターテインメントとして深く浸透している『三国志』。この本は、著者自身が"「三国志」の日本史"と記したように、『三国志』がどのように日本人に受け入れられてきたのか、どのように彼らの世界を楽しんだのかを追求した力作です。『三国志』に関する著書は数多くありますが、日本の受容史をここまで多面的に追求したものはほかにはないでしょう。あらゆる意味で『三国志』のファン、関心を持つ人は必読必携の1冊です。いくつか内容を紹介してみます。

江戸時代に花開いたエンターテインメント、『三国志』

史書である『三国志』は早くから日本に入っていました。けれど史書の『三国志』は日本文化に大きな影響を与えてはいませんでした。日本人に愛されるようになったのは中国四大奇書の1つ『三国志演義』の登場まで待たなければなりません。(残りの三書は『水滸伝』『西遊記』『金瓶梅』です)

江戸の三国志(演義)ブームを生み出したのは『通俗三国志』『絵本通俗三国志』の刊行から始まった多くの三国志本の刊行でした。抄訳、完訳、絵本とさまざまに形をかえて日本中で読まれるようになった歴史を著者は丁寧に追っています。いったいどれくらいの種類の『三国志』を著者は手にされたのでしょうか……著者の『三国志』にかける愛情が強く感じられます。

英雄たちの物語として歓迎された『三国志演義』は歌舞伎、浄瑠璃として舞台にかかり、葛飾北斎や歌川国芳らの手によって浮世絵に描かれました。

さらには「巨大な関羽の籠細工」などの細工見世物もあったそうです。なんと江戸に住む2人に1人がこの興行を見たとか……。

江戸の三国志熱はそれだけではありません。日本の英雄たちと共演(!)する絵や、著者が「パロディ」と呼ぶような大胆(?)な解釈をほどこした絵も出現しました。「主要な登場人物が皆、女性」に変わっている『傾城三国志』、さらには尼僧の姿で描かれた諸葛孔明と劉備(こちらは男性の姿)の交わりを描いた春画なども描かれた『風俗三国志』までもあったのです。



まるで現代の"女体化"を思わせるような三国志の世界です。
※女体化:男性が突然女性の体になる架空の現象のこと、または元々女性であったという設定のパロディ。やおいをはじめとする2次創作で使われる用語の1つ。 ウィキペディアより

本家中国では思いもつかない三国志の楽しまれかたではないでしょうか。このような百花繚乱の江戸の三国志ブームはどこか現在の三国志ブームにつながるように思えます。

歪んだ孔明像を生んだ戦時日本の『三国志』

大胆に解釈(変容?)された『三国志』ですが近代日本になると大きく変わっていきます。多くの英雄が登場する『三国志』の中で諸葛孔明が大きく取り上げられるようになったのです。

近代日本で評伝になった三国時代の人物は、孔明だけです。一九九〇年代には曹操や劉備の評伝が出てきますが、孔明の評伝は、数も歴史の古さも、群を抜いています。

孔明が日本人に愛されたのは情があり、才能ある人物というだけでなく悲劇のヒーローといったことにありました。けれど孔明が称揚されたのはそれだけではありません。明治政権の意向もあったのです。「孔明の生涯が教育的・啓蒙的に見える」こともあり「忠臣を求める明治の欲望が、孔明を偉人に仕立て上げて」いったと指摘しています。孔明はなにより忠の人であるということが強調されるようになっていったのです。

戦争の大義名分であった「大東亜共栄圏」を作り上げるために中国理解が求められる中、孔明を知る必要があると語られます。中国の偉人である孔明は、「臣道実践と職域奉公に生き抜いた人物」であり、和気清麻呂、楠木正成と並び、執筆当時の日本で検討するべき人物だとし、大東亜戦争で活躍する同胞に孔明の精神を伝えたいと綴られます。

『諸葛孔明傳』(太田熊蔵著)に触れて記された1節です。戦争政策に利用された諸葛孔明像といわざるをえません。もっともこのような一面的な偏波なものばかりではありません。現在の三国志ブームのもとになっていると著者が考えている重要な作品もこの時に執筆されました。それが吉川英治氏の『三國志』です。著者は吉川英治氏の諸葛孔明像に着目します。それは「偉大なる平凡人」という孔明像でした。

近代日本での孔明像の変遷を追求した章こそがこの本の"白眉"です。さまざまな発見がある素晴らしい箇所です。

愛と欲望とそして……

"「三国志」の日本史"を追った旅の最後にこのような1文が記されています。

「三国志」は、どんなに重い愛も、どんなに変わった愛でも受けとめ、"こういう風に「三国志」を読みたい"という欲望を受け入れ続けてきました。

『三国志』は読むもの、楽しむもののさまざまな"愛と欲望"を受けとめる深くて魅力が尽きない世界があるということです。これからも新しい『三国志』が現れるでしょう。そこには"愛と欲望"に加えて"夢"もあります。それらの楽しみを膨らませてくれる1冊だと思います。


「特別展 三国志」で展示された関羽像

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の2人です。

note⇒https://note.mu/nonakayukihiro

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