日々の暮らしの中で、日本という社会に対して「違和感」を感じたことがある人に読んでほしい。前著『タテ社会の人間関係』は、52年前に刊行されてから今まで、100回以上も版を重ねてきた。その間、研究者として長く日本の社会構造を見つめ続けてきた著者に、今回、編集部がインタビューを重ねて1冊にまとめたのが本書である。
「昔の分析がいまさら役に立つの?」「世の中だいぶ変わったでしょ」──そんな風に思いながら読むと、足元をすくわれる。そして驚きつつも、どこかすっきりとした気持ちになるはずだ。
冒頭で著者は、本書の出版を依頼した編集部の「推察」について述べている。いわく、社会や状況の変化を前に、自身が前著で展開した『タテの理論』にも、今となっては見直す部分があるのではないかと考えたのでは、と。
しかし、私としては、あれは当時の現象をとり扱ってはいるが、その奥にひそむ理論の提示であるから変更の必要はなく、それではこの理論と今日的現象(長時間労働、パワー・ハラスメント<パワハラ>など)をとり扱ってみようと考えたのが本書である。
ちなみに、「タテ」という言葉で表わされているのは、ある集団が形成されていく過程で、その場へ最初に着いたものを頂点とし、後に参加した者はその下位の立場になるという、秩序と集団構成である。その中での関係性は変更を許されず、個人が持つ他の属性や資格よりも常に優先される。
そうして構成された小さな集団が、連なりとなって社会という大集団を作る。同時に各小集団内では、仲間意識を醸成することで組織としての封鎖性を帯びていく。著者はこの2点を、日本社会の2大特性として指摘する。
前著の刊行から半世紀が経ち、世の中には多くの変化があった。それでも、本書で挙げられた事例には身に覚えのあることがとても多かった。つまりこの理論は、現在の私たちが生きる日本の社会にも十分に当てはまっているといえるのだ。著者の研究の確かさと社会構造の強固さに、思わず鳥肌が立ってしまう。
だからこそ、集団の中で「違和感」を抱きながら日々を過ごす人にはもちろん、入学や就業など、なんらかの集団に属する前の方にはぜひ本書を薦めたい。著者が提示する「理論」を知っていることは、社会の中で生きる上できっと大きな「武器」となる。社会人として過ごす中、1人やみくもに突き進むのではなく、違った視点を持ってその場所で立ち続けることができるだろう。
ところで本書のエピローグは、とても短い。たったの3ページだ。でもその3ページに、読者への提言がぎゅっと凝縮されている。その一部をご紹介しよう。
一つの場に個人が所属する。できることなら一つの場にずっと属しつづけたい。そのような場があると安心する。それが日本の特徴であることは、これまで述べてきた通りです。(中略)最近、若い人たちが趣味などに没頭して、好きなことでコミュニティを職場以外でつくっていこうという動きがあると聞きます。タテとは異なる関係をつくろうと思ったら、やはりそれぞれが努力しないとできません。ただ座っていたのでは一人のままですから、連帯は重要なのです。
日本という社会が持つネットワークの弱さを、個人で補完するための方法を考える時期が来ていると著者は説く。むろん、社会が変わってくれるならそれに越したことはない。でもこれまでのことを思えば、社会の構造や秩序自体が変わるには、まだまだ途方もない時間が必要だということは嫌でもわかる。
本書を読むことは、「日本社会の取扱説明書」を手に入れることに似ているかもしれない。1人の力は小さいけれど、できることから繋げていくために。最初の一歩は、本書と共に始めてほしい。
レビュアー
元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている。