2018年末ある重要な、この本と深く関係する法案が可決されました。出入国管理法が改正されました。この法案は衆議院の審議時間わずか17時間、参議院の審議時間を加えても35時間という異常に短い審議時間で可決されたのです。同法(案)は経済界からの「深刻な人手不足に対応するため、即戦力になる外国人材を期限付きで受け入れるもの」を内容としたものであり、この法案は「移民法」だという批判に安倍首相が「移民政策を採ることは考えていない」と断言をしたことは記憶に新しいと思います。この改正入管法によって日本の在留外国人対策・施策は新たな段階に入りました。
この本は外国人労働者の必要性が増しながらも、「移民」という言葉を避けようとしている日本で、在留外国人労働者はどのような境遇・条件下に置かれて働いているのか、その実態を追求し、そこにある問題点をえぐり出した力作です。在留外国人労働者について数多くのデータとインタビューに基づいて綴られたこの本はいまの日本にこそ必要な、読むべき1冊です。
増え続ける在留外国人労働者
最近増えているのは飲食業やコンビニでアルバイトをしている留学生の姿でしょう。というのは技能実習制度の下で在留している人たちには職種の制限があるからです。でも、留学生は「原則的に職種の制限」がありません。たとえばサービス業は「職種の制限によって実習生を雇用できない」ことになっていますが、留学生ではその制限がありません。(労働時間の制限はありますが)
留学生の「使い勝手の良さ」が着目され、留学生を「学生」としてよりも「事実上の労働者」として受け入れる傾向が近年顕著になってきている。
その結果、今では多くの留学生がサービス業等でアルバイトとして働いています。しかし来日時の費用や学費などで借金を抱えている留学生も少なくなく、低い賃金のもとではやむを得ず上限を超えてアルバイトをしなければならない留学生もいます
留学生を便利で安価なアルバイト予備軍として捉える社会の中に、留学生たちが自ら不法な就労へと追い込まれやすい構造が組み込まれているのだ。
「不法な就労」等では以前から技能実習生の失踪者が問題となっています。その原因については本書第4章で詳述されています。労働環境の劣悪さ、低賃金だけでなく、根底には人材ブローカーに頼らなければならないという現実があります。技能実習制度の国際貢献という建前のもとで、現実にはなにが行われていたのか。「いわゆる単純労働者の受け入れ」「人権侵害」などの実態があります。これは、派遣・受け入れの制度の構造的な問題なのです。
得手勝手な「理想の外国人労働者」像
劣悪な環境に置かれがちな在留外国人労働者ですが、彼らについてこんな指摘が載っています。
若くて健康、病院を利用せず、単身で家族を持たず、ある程度は日本語ができ、犯罪歴もなく、社会保障に頼らずとも自分の生計を維持でき、数年以内には自分のお金で帰国していく──このリストには現在の政府が理想とする外国人像が投影されているように見える。のちに詳述する「技能実習」や「特定技能」の性格と相通ずる点もすくなくない。
※この文にあるリストとは2018年7月から始まった「日系四世」受け入れに対して政府が出した10の指針のことです(108ページ参照)。この指針で政府は年間4000人の受け入れを見込んでいましたが、「実際の入国者が半年でわずかに4人」でした。
滞在中は健全な生活をおくり、安価な労働力を提供し、社会保障等によって国庫の負担を増やすことなく、役割がすんだら帰ってくれ……つまりは雇用者にとって都合のいい、使い勝手のいい存在であって欲しいのが在留外国人労働者なのです。
このような日本側の得手勝手さを生む大きな要因の1つは「日本と発展途上国との間にある経済格差」です。しかし、発展途上国の経済成長は著しく、いつまでも日本の優位が続くとは思えないのですが。
人権は守られるのか
手堅い取材とデータを積み重ねて在留外国人の実態を追求しているこの本の中でも「非正規滞在者と『外国人の権利』」と題された第5章は傑出した箇所だと思います。
入管施設で長期間に渡って収容されていることがしばしば問題となっていますが、なぜこのようなことが起きているのでしょうか。そこには「人権」の対する政府の姿勢が影を落としています。
一方で「外国人にも基本的人権の保障は及ぶ」と言いながら、他方でどの「基本的人権の保障はあくまで外国人在留制度の枠内においてのみ与えられる」とも言っているわけである。外国人在留制度やその運用によっては、外国人の権利が制限されうるという見方が示されているのだ。
ここでいう「裁量」とは行政指針の運用であり、非正規滞在者のうち8割を占めている「超過滞在(不法残留者)」に対する「強制送還、出国命令、特別許可」という対応も含まれています。
外国人の在留をめぐってその「権利」よりも、国、法務大臣の「裁量」が上位にある。(略)この政府側の「裁量」には見覚えがある。在留特別許可の判断も政府の裁量、上限のない収容をいつ終えるかも政府の裁量だ。永住許可も、在留資格の更新も同じである。
人手不足という状況で在留外国人労働者の増加が見込まれるなか、著者のいうように「政策の運用に伴う外国人の権利の侵害」をすることなく、外国人の権利を保障することを考えなければなりません。
政府の裁量という問題
新たな労働者受け入れを目的とした今回の改正入管法でも政府(行政)の運営(裁量)に委ねた部分は多くなっています。
制度の具体的内容の多くが法律の外で「基本方針」や「分野別運用方針」として定められる形になっていることだ。つまり、制度の具体的なあり方の多くの部分は議会の承認を必要とせず、政策を実行する政府自身によって決められるという形になっている。技能実習と同様、政府側の裁量が大きい制度設計だ。
どの分野でどの程度の人数を受け入れるかといった重要な内容も法律外で決められる。
この「裁量」には問題はないのでしょうか。国会の承認のない政府の裁量で、たとえば入管施設で行われている長期拘留のような人権侵害は起きないのでしょうか。そうは思えないのですが。
グローバルな経済の論理にもとづいて外国人労働者にはできるだけ長く日本で働いてもらいたい。だが、いつかは帰ってもらいたい。外国人が定住という形で日本社会に浸透していくことは可能な限り阻止したい──。
このような考えで安定した在留外国人労働者受け入れの制度ができるのでしょうか。著者のいうように「裁量」を行使する「不透明で不安定」なものに思えてなりません。
「移民国家・日本」を認めるところから
なぜこのような「不安定な制度」がうまれたのでしょうか。それは「移民政策」を認めたくないという政治意思があるからです。
「定住しなければ移民ではない」という考えは本当に正しいのでしょうか?
労働者に限っても2018年10月末の時点で約146万人。労働者以外の人々も合わせると2018年6月末時点でその倍に近い約264万人の外国人が存在し、その数は日本の全人口のおよそ2%に達している。
その数字(現実)を踏まえなければなりません。
どんな定義を採用するのであれ、この国にはすでに数多くの「移民」がいるということであり、そしてこの国がその「現実」を直視せずにここまでやってきたということだった。
これを認めた上でどのような社会を作りあげるかが今問われています。外国人排斥のような狭量なナショナリズムに流されることなく、この「現実」に答えようとし続ける姿勢こそが「グローバリズム」のなかで生きることだと思います。この本から学べるものはきわめて多いと思います。
レビュアー
編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の2人です。