つぶらな瞳の赤ちゃんが、こちらをじっと見つめている。かわいらしさに頬が緩み、ついつい見つめ返してしまう。
一方、本に巻かれたピンク色の帯には、「『親にされたようなことを、自分の子どもにはしたくない』と感じている大人たちへ──」とある。その言葉がいったい何を指しているのかを考えた時、赤ちゃんの無垢さや帯の色の優しさとは程遠い、なんらかの「行為」を示している可能性にふと気がついて、ほがらかだった気持ちにかすかな憂いが混じった。
著者は臨床心理士として長く活動する中で、日本における「アダルトチルドレン」の概念を提唱した1人としても知られている。夫婦や親子間の暴力、家族内の関係性、アディクション(依存症)、性暴力などの領域を専門とし、当事者やその家族にカウンセリングを行うことで現場と関わり続けてきた。
本書の元になった原稿は、ウェブメディアである「現代ビジネス」に連載された。だからテーマによってはどこかのタイミングで、既にお読みの方がいらっしゃるかもしれない。私も連載時に記事を目にして、当事者に寄り添う数々の提言に心強さを感じていたが、本という形態になったことで、改めて読み返すことができた。
さて、今回の執筆について、あとがきでは次のように語られている。
本書はエビデンスや学問的な観点というより、もっとも不幸な事態(虐待や強烈な支配)を子ども時代から経験してきた人たちの、当事者としての経験に立脚しています。(中略)言い換えれば、「未来を生きる子どもたちが同じ経験を味わうことがないように」という願いがつまっているのです。
表紙の愛らしさと帯の言葉との間に感じたギャップは、そういった著者の願いを受け取ったためかもしれないと、ここで気づいた。ならばこの本を必要とする人々が多くいることも、容易に想像できる。この本は、過去のつらい記憶や体験を持ちながら今まさに育児をしている人へ向けた、著者渾身のエールなのだ。
「これだけは子どもに対してやってはいけない」という視点から導き出された、従来の育児書では支えきれなかった人たちに届くべき言葉と祈りが、随所に込められている。
たとえば、日々の中で子どもにうまく接することができず、自身に過去のつらい体験がなくとも「いつか自分も手を上げてしまうのでは……」という不安を抱えつつ、ギリギリのところで踏みとどまっている方もいるかもしれない。
そんな方には第1章で述べられている、「怒りの温度計」についてご紹介したい。子どもに対して猛烈な怒りを感じた時、どうしたらそれをとっさに制御できるのか。
「感情的になった母親はひどい」と考えると、「感情的になってはいけない」「怒ってはいけない」と、抑制しなければという気持ちになるかもしれませんが、そこには少し誤解があります。たとえ否定的な感情だったとしても、湧き上がる感情そのものに良い悪いはないのです。
まずは自分が自分の味方になって、出てきた感情をまるごと受け止める。そして「温度計」を頭に浮かべ、自身の怒りの度合いを「測ってみる」ことで、その「激情度」を冷静に観察できると著者は説く。
章やテーマによっては、自身の現状と合わない場面もあるだろう。ただ、あり得るかもしれない「感情に支配される瞬間」に立ち向かうために、今の自分が素直に受け止められる部分だけ読んでみるという手もある。現実と向き合うための知識をあらかじめ持っておくことは、意外な備えとなるはずだ。
十人十色というように、赤ちゃんもその育て方も千差万別。本書の中から「正解」を探すのではなく、他者の考え方や取り組み方、子どもとの距離の取り方や自身のコントロール法などを知る手段の1つとして、ページをめくってみてほしい。
レビュアー
元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている。