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2019.10.31

特集

【話題騒然】ポンコツの夫を「使える夫」に変える! 夫婦70年時代のバイブル

なぜ妻は「うちの夫、ポンコツ」と感じるのか? 目からウロコの夫婦論

AIやロボット工学の研究は、「人間を理解し、その機能を再現する」という、言わば究極の人間学。人工知能開発に携わってきた黒川伊保子さんの著書『妻のトリセツ』は、その実践的なわかりやすさが「夫」ばかりか「妻」にまで支持され、40万部を超えるベストセラーとなった。

刊行されたばかりの続編『夫のトリセツ』では、妻が夫に対し、「思いやりがない」「話を聞いてくれない」「とにかく苛立つ」「一緒にいる意味がない」と思っていることが、じつは男の視点からは「濡れ衣」かもしれない、ということが、AI研究でわかってきた知見からユーモアをもって語られている。

なぜ、夫は気が利かないのか? なぜ、夫は妻の話が耳に入らないのか? そして、「気が利かない夫」をどうすれば「使える夫」に変えられるのか? 著者の黒川さんに、『妻のトリセツ』『夫のトリセツ』に込めた想いを聞いた。

男の「問題解決脳」との付き合い方

──『夫のトリセツ』で語られますが、黒川さんの場合、パートナーと話す際、「ただ話を聞いて、共感してくれればいい。問題解決は必要ない」と、最終的な着地点までをセットして話すそうですね。これは有効でしょうか?

うちの夫には有効ですね。うちの場合、夫も理系なので論理的に最終目的を言われた方がいいタイプです。いろいろ聞いてみると、もともと「問題解決型」の夫ほど、目的をはっきりさせておいたほうが「あっ、そうなんだ」とうまく行く傾向があるみたいですね。

逆に意外と「共感してるぞ俺は」と思い込んでいる男性の場合のほうが、「解決は必要ない」と妻に言われると「必要なくないだろ!」と、感情的になる場合があったりする。こういうところは、相手の脳のタイプによりますね。

──よく「買い物でもLINEで画像を送るくらいしないとちゃんと買ってこない」など、「男はなんでこんなポンコツなんだ」という妻の声がありますね。だから『夫のトリセツ』の「男は目的をきちんと与えると機能する」という提案を拝読して「なるほど!」と感じました。

そうしたところは本当に「男性脳」のおもしろさですね。うちの夫もわかりやすい「問題解決脳」です。そちらのほうに特化して優秀であるほど、マルチタスクはきかない。買い物を頼むときもリストをつくって渡しますけど、いつも人工知能のプログラムより大変だと思うんですよ。たとえば「鶏肉250グラム」といった場合、280まで買っていいのか、240じゃ足りないのか、彼はすごく悩むんですね。

黒川伊保子さん(撮影:川村悦生)

夫をプログラミングしてみる

──しかしその悩み、よくわかります。

まあ確かに、ケースバイケースで「解決案」もいろいろです。だから最初は、「パックが250以下だったら小さめのパックは追加してもいい」といったところまで、リストに書きました。でも「すごいな」と思うのは、徐々に覚えていくんですね。諦めすにきちんと積み重ねていくと、ちゃんと覚えてくれるんです。

今はようやく、夫という「ひじょうにプログラミングしにくい装置」の設定が一応、完了して、掃除の仕方からなにから、見出し語だけで通じるようになったところです(笑)。だから「ここまでくれば、ぜひ長生きしていただきたいな」と思っています。

──あきらめないで、続けてみる。そういう提案が『夫のトリセツ』の素敵なところだと思いました。

「人生100年時代」になると、結婚生活だけで70年にも及ぶことも珍しくありません。そうすると、たとえば夫のプログラミングに30年かけたとしても、まだ40年あるわけですから。

それに、投げ出さずにもうひと手間をかけたものは、愛おしいんですよ。ピアノでもなんでも、すぐにできてしまう天才って、飽きて投げ出すでしょう? しかし天才じゃない人は、むしろずっと練習していたりする。

どこかそれと同じように、最初からできる夫より、手間がかかって腹が立って、ケンカして離婚も考えて、そしていま買い物ができる夫というのはそれだけでもう、愛おしいじゃないですか。

神は、夫婦を分かとうとしている?

実は『夫のトリセツ』は『妻のトリセツ』と鏡写しの関係ではなく、「なぜ妻が夫に対して、距離感を感じるようになるのか」について書いているんです。

──神はふたりを分かとうとしている?

そうです。生き物のシステムとして考えると、ひとつの生殖が終われば、次は違う遺伝子の組み合わせをつくったほうが合理的。より多様な遺伝子のバリエーションをつくれるわけですから。

だから脳には、妻が夫のことを積極的に嫌う段階が来るように、プログラミングされている。ひとりふたり子どもをつくったら「1回この人を捨てよう」と脳が仕掛けてくる。

ある意味、「自然界の神は2人を分かとうとしている」わけです。妻の脳に仕掛けられているこの魔法を、まず解くことから始める。実は『夫のトリセツ』とは、そうした本なんです。

原因を知れば、対処できる

とくに出産直後は、脳の認知が繊細になります。小さな命に認知スケールを合わせているわけですから、大人の男は、どうしても「でかっ」「がさつっ」と感じてしまう。もう本当に、夫の足音だけでさえ、どかどか乱暴に聴こえる。夫が発する言葉も、ひとつひとつが自分を攻撃しているように感じるんですね。

私の場合、8月10日に子どもを産んで、12月10日に職場に復帰しているんです。そのときは、電話の音が暴力的にさえ感じて、オフィスがすごく怖かった。「おはようございます」と挨拶されただけで責められている気すらしました。

でも私は脳の研究をしているから、そこで「わっ、産後の脳の認知モデルってこういうものなんだ」とわかるわけです。この時期、家庭で、夫のこと暴力的だと思うのも、濡れ衣もおおいにあるのだと思い至りました。

──原因を知っていれば、対応も違ってくる。違いを強調するのではなく、お互いを理解してみよう。その姿勢は黒川さんの著作に共通していますね。

自然界の神様が分かとうとしているところを、どうやって夫婦は、乗り越えていくか。子育て期に訪れる、この危機を乗り越えるとかなり楽になりますし、いざ乗り越えてからも結婚生活はまだ、50年はありますからね。

男女雇用機会均等法がはじまって30年以上が経ち、男と女が、家庭でも会社でも、直接、向き合うようになった。書いた本人がいうのもなんですけど、今の時代に必読の本なんじゃないかと思います。

AI研究で「男女の違い」を再現する

──人の心をモデル化して、自分たちで再現する。AIの研究とは、ある意味、究極の人間学とも言えますね。

心というか、脳神経信号の使い方ですね。私たちは、それを大胆にモデル化し、シミュレーションすることで理解しようとする。

たとえば女性は、「この間、姑に、こんなこと言われた」「わかるわかる、うちのお義母さんもそういうとこあるのよ」と言った共感型の対話をいとも簡単にやってのける。これをAIにさせようとしたら、体験記憶に「心の動き」(感情、情動、気分)の見出しをつけておく必要があります。

そうして、「心の動き」をトリガーにして、過去を素早く想起させないと、対話のスピードで、自分の類似体験を相手にプレゼントすることはできません。このタイプの記憶データベースをAIに搭載すると、腹を立てた時の「過去の蒸し返し」も瞬時にやってのけるし、過去の記憶を再体験して、深い気付きを生み出すこともある。

つまり、期せずして、女性の特性が、この感情キー型記憶データベースによって、実現できるわけ。

だとするならば、生身の女性脳の中でも、体験記憶に「心の動き」の検索キーがついているに違いない、と考えるほうが自然ではないでしょうか。私は、そういう知見を使って、女性脳を理解する糸口を男性たちに知らせ、一定程度の成果を生んでいます。それを持って、証明したと認識しています。

当然、体験記憶に感情の見出しがついてる様子なんて、MRIには映りません。画像に写らないから、男女の脳の使い方の違いなんてこの世にないし、あなたの論拠は科学的じゃないと、脳生理学や社会学の先生から言われることがあって、びっくりします。画像に写らないのが科学でないなら、物理学なんて成立しませんから。

黒川伊保子さん(撮影:川村悦生)

「とっさに使う機能」が違う

──「男女の脳の違い」というと、社会学でも難しい話になりますね。

社会学的や政治学的に言うときの「性差」と、私が言っている「性差」は意味が違うんですよ。私が言っているのは、性能の優劣とか器質的な違いではなく、言わばチューニング、電気信号特性の話です。

性能として言えば、男と女の脳は違いません。男女とも等しく脳は全機能搭載可能として生まれてきている。ところが「ことが起こって、脳がにわかに緊張したとき、とっさに使う」機能が違うようにプログラミングされているんです。

脳の中には、同時同質に使えない機能が混在しています。空間全体をまばらに見て全体を把握することと、目の前の対象から意識を離さず、人の気持ちを察することは、同時にはできないでしょう? もちろん、すばやく切り替えて、何とかどっちも担保することはできますが、同時に使うことはできないわけです。こういう、同時に使えない機能の組合せがあるとき、「とっさに使う側」を決めておかないと、脳は危ないのです。

これは利き手の例をあげるとわかりやすいかもしれません。

もし脳が右半身と左半身を等しく同時に認識していたら、身体の真ん中に来たものは避けられません。目視してから、どっちの手を出すかを計算していては間に合わないからです。でも人間には利き手があって、とっさに出す手が決まっているから、飛んできたものをつかめる。

脳は、多くの機能において、生存可能性を上げるほうを優先させています。そして、人類の男女は生存と生殖の戦略が違うので、優先する側が違います。狩りをしてきた男性脳は、とっさに遠くのものに照準を合わせる。子育てをしてきた女性は、目の前の大切な者にロックオンする。そのほうが、生存可能性が上がるからです。

対話も同じことです。目的志向の問題解決型の対話と、深い気付きを得ようとするプロセス志向の共感型の対話は、同時には成立しない。男も女もどちらのモデルも使えるのですが、とっさに、男は問題解決型、女は共感型にと分かれる傾向にある。

前者は外で危険な目に遭いながら成果を出さなければいけなかった男性脳に、後者は女同士のコミュニティの中で子育てを完遂しなければいけなかった女性脳にとって、優先させるべきモデルだからです。私が言う「男女の脳の違い」とは、そういう意味です。

男女の協力が進んでいるからこそ

──男子は2歳くらいからiPadで電車の写真を見ていたりする。正直、やっぱり違うよなと思いますが、フェミニズムの立場に立つと、こうした考え方を否定する人もいるかもしれませんね。

そうした方々にしてみると「やっと男女が平等になりつつあるいま、なぜ男女が違うなどとひどいことを言うのか」と感じられるんだと思います。それも無理もないんです。

私自身、男女雇用機会均等法以前の時代から男性とともに働いていたのですが、先方からの要請でプレゼンに出向いたのに、私が行くと会ってくれない。なぜだろうと思っていると、会社に「女をよこすなんて富士通はうちの会社を馬鹿にしているのか」とクレームがきた。仕事でも研究でも、そんな経験を山ほどしてきましたから。

もちろん平等と言ってもまだまだ遅れているところがあります。しかしそれでも男女雇用機会均等法以来、34年が経って、以前にくらべると、男女の間でタスクをモザイクのように分け合うようになり、男女がともに動く頻度が上がったじゃないですか。こういう状況だからこそ、チューニングの違いというものを理解していないと危ないんですよ。

──『夫のトリセツ』では、「会社に女の居場所をつくること、家庭に男の居場所をつくること」それが自身の仕事だと書かれていますね。

そうなんです。昔であれば、男の職場で女が肩を並べて働くこともなかったし、家庭のなかでも夫と妻の役割がほぼ決められていた。それこそ口の利き方も決まっていた。だから男女のコミュニケーションの違いもそれほど問題じゃなかったんですね。

ところが今の時代になってそれが問題になってきた。こうなったら「対話には2種類あるからとっさの場合はどうする」といったことを、義務教育のうちに、しっかり学校で教えておくべきですよね。男女のコミュニケーションの違いを、きちんと人類が知っておかないと、この先結構危ないのではと思うところです。

社会が優しくなった時代に

──かつては「男は外に出て働く。女は家を守る」みたいな価値観がありました。しかし現代では仕事も家事もモザイクでこなすようになり、もしかしたら人類史上、初めて男と女は直接向き合い、その違いに戸惑っている感じがします。

だからこそ男女の理解を深める『妻のトリセツ』がベストセラーになり、『夫のトリセツ』もぜひ出して、ということになるのでしょうね。

昔は姑とか社会とか、夫婦の「仮想敵」がいたんですよね。いまは姑も社会もずいぶんやさしくなった。これはいいことなんですけど、仮想敵があったときのほうが2人は盛り上がれるわけですね。

私の頃は、働いていると100人の敵がいました。「え、子どもがいるのに働いているの? あんたの子、将来犯罪者になるよ」と平気で言われたり。役所に行っても、「生活に困っていないのに子どもを預けて働くなんてひどい母親」という対応をされたり。

でも、その結果、夫婦の目がそういう「仮想敵」に向いていた。夫は家庭の中では粗ばかりだったけど、社会の荒波からは私を守ろうとしてくれたので、そこに絆が生じたと思います。いまのご夫婦は、世間が優しすぎて、自家中毒を起こしているように見えることがある。イクメン、カジダンなんて周りが言いすぎると、「なのに、あなたは」ってことになる。そこがかわいそうですね。

2人で何かに立ち向かうのも、夫婦円満のコツかもしれません。熟年夫婦にも、それをお勧めします。お遍路でもなんでも、外向きの課題に挑戦してもらったほうがいいかもしれませんね。

(取材・構成:堀田純司)

出典元:
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/67915
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/67916

黒川 伊保子

長野県生まれ。奈良女子大学理学部物理学科を卒業。富士通ソーシアルサイエンスラボラトリで人工知能の研究に従事したのち、株式会社感性リサーチを設立。世界初の語感分析法を開発し、多くの商品名やマーケティング戦略を手がけ大ヒットに導く。また、人間の思考や行動をユーモラスに語る筆致によりベストセラーも多く、特に『英雄の書』『女は覚悟を決めなさい』『母脳』(ともにポプラ社)の「英雄三部作」は、脳科学をもとに人生を切り開く方法をわかりやすく説くことで多くの世代から大反響を得ている。近著に『前向きに生きるなんてばかばかしい』(マガジンハウス)、『英雄の書』を文体から変え、加筆修正した『英雄の書 すべての失敗は脳を成長させる』(ポプラ新書)。

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