ビル・ゲイツとスティーブ・ジョブズが私に教えてくれた「大切なこと」
大ベストセラー『スティーブ・ジョブズ』を世に送り出した評伝作家がまた一大大作を発表する。デジタル革命を描いたノンフィクション『イノベーターズ』がそれだ。デジタル革命の歴史を詳細に追う同書は、コンピュータ、モデム、トランジスタから、ソフトウェア、モデム、インターネット、Google、ウィキペディアまでを網羅する一大物語となっている。同著を執筆したウォルター・アイザックソンは本書の執筆にあたって、ビル・ゲイツ、スティーブ・ジョブズというIT界の超大物を取材している。そんな両氏が著者に語っていた「大切なこと」とは──。
チームワークこそ、イノベーションの根源
コンピュータとインターネットは現代のひときわ重要な発明に数えられるが、だれが作ったのかはあまり知られていない。
どちらも、雑誌の表紙を飾ったりエジソンやベル、モールスらと並んで殿堂入りしたりするにふさわしい発明家のひとりが屋根裏やガレージでなにもないところから生み出したわけではない。
むしろ逆で、デジタル時代の発明は、ほとんどがコラボレーションのなかから生まれてきた。そこには、独創的な人間や、少数ながら真の天才まで、魅力的な人間が数多くかかわっている。
〇先駆者、ハッカーや発明家、起業家たちはどんな人間だったのか?
〇なにを考えたのか、その創造の源がなんだったのか?
〇どんなコラボレーションが繰り広げられたのか?
〇チームとして働く能力が彼らの創造性をいっそう引き出したのはなぜか?
そうした人物のチームワークについて描くことが重要なのは、チームワークのスキルこそイノベーションの根幹であることが見落とされがちだからだ。
私のような伝記作家の手によって孤高の発明家として描かれ、神話化された人物が主人公の本なら無数にある。私も、そうした本を何冊か世に送り出してきた。
現実世界のイノベーションを読み解く
コラボレーションによる創造を描いた本は少ない。だが、今日の技術革新が形作られた経緯を理解するうえで真に重要で、しかも興味をそそられるのは、チームワークが生み出すものなのだ。
「イノベーション」という言葉は、多用されすぎたせいか、最近ではすっかり手あかがついてしまい、その意味もあいまいになりつつある。
そこで私は、イノベーションが現実の世界で実際にはどのように起きるのかを明らかにしてみたいと考えた。
〇創意あふれる現代のイノベーターは、いかにして破壊的なアイデアを現実のものとしたのか?
〇発想の飛躍を生み出した要素はなんだったのか?
〇どんなスキルが最終的に有効だったか?
〇どのようにリーダーシップを発揮し、コラボレーションを進めたのか?
〇成功と失敗を分けたのはなんだったのか?
私が本書に取りかかったのは、10年以上も前のことになる。自分自身が目撃してきたデジタル時代の変化に魅力を感じていたことも動機だったが、ベンジャミン・フランクリンの伝記を書いたのもきっかけだった。
フランクリンもイノベーターであり、発明家だったからだ。印刷出版にも従事したし、郵便業の草分けであるし、オールラウンドに情報網を操ってもいた。アントレプレナーの一面もあった。
ビル・ゲイツが語った「執筆へのアドバイス」
最初に考えたのは、インターネットを発明したチームに光を当てることだった。だが、インタビューに応じてくれたビル・ゲイツが、こう勧めてくれたのだ。
「インターネットとパーソナルコンピュータは同時期に出現した。それを書いたほうが深い話になるんじゃないか」
2009年のはじめには、執筆を中断することになった。スティーブ・ジョブズの伝記を書きはじめたからだ。
だが、インターネットとコンピュータの発展がどう絡みあってきたかという私の関心は、ジョブズと話していても強くなる一方だった。
そこで、彼の伝記を書き終えるとすぐ、私はこの本に戻り、デジタル時代のイノベーターについての物語をふたたびつづりはじめたのである。
ピアコラボレーションという「遺伝子」
インターネットのプロトコルは、仲間どうしの協力(ピアコラボレーション)から生まれた。そして、できあがったシステムも、同じようなコラボレーションを助長する遺伝子が埋め込まれているかのようだ。
情報を新たに作り出し、送信する機能は、各ノードに完全分散され、統制や上下関係を押し付けようとする試みは、どんなものだろうと迂回することができる。
個人の管理するコンピュータがオープンなネットワークでつながるシステムは、かつての印刷機械がそうだったように、門番や中央の権威、あるいは代書屋を雇える大組織の手から、情報の分散に関する支配権を奪い取ろうとする性質がある。
だから、一般人でも、コンテンツを簡単に創造し、共有できるようになった──こう言い切ったとしても、テクノロジーの目的や特徴をはき違えるような誤謬をおかすことにはならないだろう。
デジタル時代を作ったコラボレーションは、仲間のあいだだけではなく、世代間でも発生した。イノベーターの集団から集団へと、アイデアが受け継がれていったのである。
つながりたい欲求は、人と機械をもつなぐ
調べていくうちに浮上してきたテーマがほかにもある。ユーザーは、コミュニケーションとソーシャルネットワーキングの手段が欲しくて、デジタルのイノベーションをつど借用してきたという事実だ。
また、人工知能│自ら思考する機械│の探究が、いく度となく実りの少ない結果に終わり、それよりも人間と機械が協力関係に立つ、つまり共生するという考え方のほうが有効だということもわかってきた。
「文系と理系の交差点に立てる人」こそ、ジョブズのヒーロー
なにより印象に残ったのが、デジタル時代の真の創造性は、芸術と科学を結び付けられる人から生まれてきたという事実だ。美を大切と考える人たちだ。
「僕は子どものころ、自分は文系だと思っていたのに、エレクトロニクスが好きになってしまった」
伝記に着手してすぐ、ジョブズにこう言われた。
「その後、文系と理系の交差点に立てる人にこそ大きな価値があると、僕のヒーローのひとり、ポラロイド社のエドウィン・ランドが語った話を読んで、そういう人間になろうと思ったんだ」
文系と理系、つまり人文科学と自然科学の交差点に立ったときに安らぎを感じられる人こそが、人間と機械の共生を作り出していくのである。
1952年生まれ。ハーバード大学で歴史と文学の学位を取得後、オックスフォード大学に進んで哲学、政治学、経済学の修士号を取得。英国『サンデー・タイムズ』紙、米国『TIME』誌編集長を経て、2001年にCNNのCEOに就任。ジャーナリストであるとともに伝記作家でもある。2003年よりアスペン研究所特別研究員。著書に世界的ベストセラー『スティーブ・ジョブズ』1・2、『イノベーターズ』1・2、『レオナルド・ダ・ヴィンチ』上下、『ベンジャミン・フランクリン伝』『アインシュタイン伝』『キッシンジャー伝』などがある。