■広がる「ジャンクション萌え」
近年、ダム、高速道路、団地、工場といったインフラ(都市施設)に目が向けられている。
一眼レフ片手にダムを愛でる女子たち、昭和の古ぼけた団地を訪れる若人、工場の夜景を肴に土木技術を語り合う人々、見学だけでは飽き足らず、高速道路やジャンクションの模型づくりをしながら立体感を味わう人々なども登場。いま、ニッポン各地に「インフラ萌え」の人々がじわじわと増殖中であるという。
中でも、いま「インフラ萌え」の人々が熱視線を向けているのが高速ジャンクション。最近では『高速ジャンクション&橋梁の鑑賞法』といった本も出ているほどで、その美しさに魅入られた人々の間に「ジャンクション萌え」が広がっている。
そもそも日本ではじめてのジャンクションは、1971年に作られた宮野木ジャンクション(千葉県千葉市・新空港自動車道)だとされている(諸説あり)。日本の都市部を走る高速道路は市街化のあとに整備されたため、用地買収の関係で河川の上を通されることが多く、同ジャンクションもその地形を生かした構造となっている。
ジャンクション萌えの人々の間で東の横綱と呼ばれる「箱崎ジャンクション」(首都高速道路)、同じく西の横綱である「阿波座ジャンクション」 (阪神高速道路)、また川の中に橋脚が立つ世界的にもめずらしい「江戸橋ジャンクション」など、 日本のジャンクションは、広大な敷地にゆったりとつくられたアメリカや中国の巨大ジャンクションとは違い、狭い川筋や小さい交差点の頭上に圧縮されるようにしてそびえ立つ「ジャンクション美」が特徴だといえる。
■重厚さ、荘厳さ、斬新さ、懐かしさ……
箱崎ジャンクションは、首都高速6号向島線と9号深川線がY字に分岐するだけのシンプルなジャンクションだが、特筆すべきは下層がロータリーになっている点だろう。
この存在によって、ジャンクション、ロータリー、一般道という“3層構造”が出来上がっており、下から見上げると、6本の主桁が重なり合う複雑怪奇な構造は、8つの頭を持つ怪物“ヤマタノオロチ” にも譬えられる。
都心の有名ジャンクションはアクセスもいいため、多くの人々が気軽に訪れ、自分たちの気ままな感性で楽しんでいる。「ジャンクション萌え」のサポーターであり、前述した本『高速ジャンクション&橋梁の鑑賞法』の監修者のひとり、阪神高速道路の尾幡佳徳(おばたよしのり)氏は、いまのブームをこのように分析する。
「時代背景や土木技術的な観点には追求せず、”かわいい” “かっこいい”というひと言で楽しむのがジャンクション萌えの特徴です。同じようなことは、ダムや工場、団地など、その他のインフラについても言えるかもしれません。重厚さ、荘厳さ、斬新さ、懐かしさ。訪れる方々が、そんなものを一瞬で感じ取ってしまう。やはりSNSでやり取りされている写真によるコミュニケーションの影響が大きいのかもしれませんね」
このようなインフラに対する一般の人々の関心を見逃す手はない。近年、国(国土交通省総合政策局)や一部民間団体が旗振り役となり、全国各地のインフラを活用する動きが盛り上がりを見せている。
ダムや橋梁、水利施設、港湾など、国や地方自治体が管理・建設中の「物件」を提案し、民間旅行会社によるイベントツアーが立案・実行されている。まだまだ実験的な試みではあるが、なかなかおもしろそうなものもある。
建築中の港の見学(仙台塩釜港)や砂防堰堤(えんてい)の見学に温泉を加えたプラン(秋田・八幡平山系)など、いままで観光資源になるとは思いもよらなかったインフラがいくつもリストアップされているのだ。
■まだまだある「観光資源」
「たかがコンクリート」。たしかに巨大で無骨ではあるけれど、そこには鑑賞する側の「見方」が存在し、その見方に沿った機会を提供する。
見る人にとって価値のある案内にはそれ相応の対価が生まれる。ビジネスとしてのインフラツーリズムの可能性である。
実際、インターチェンジ、建設現場、標識、側道・跨道橋、トンネル、未成ルートの遺構(延伸のための準備)など、高速道路にはまだまだ見つけられていない「観光資源」が隠されている。たとえば今回の大阪訪問時に見た、大阪・梅田のビルの5階から7階部分を貫通する阪神高速道などは、インフラマニアの訪れる隠れた観光スポットとして知られる存在である。
土木の英語は、「シビル・エンジニアリング(Civil Engineering)」、市民の工学技術である。
旅先で出会ったダムの景色、遠くから眺める工場の灯り、近所にあるかっこいいジャンクション。ともに時代を歩み、いつもいっしょにいたわれわれだからこそ土木の魅力を再発見できる。今後こうしたムーブメントがどこまでのビジネス展開を見せるか、興味深いテーマを提示してくれる。
(本記事は、講談社マネー現代に2019年9月8日に掲載されたものです)
レビュアー
1963年生。横浜市出身。『POPEYE』『BRUTUS』誌でエディターを務めた後、フリー編集者として雑誌の創刊や書籍の編集に関わる。現在は、新聞、雑誌等に昭和の風俗や観光に関するコラムを寄稿。主な著書に『ロックンロール・ダイエット』(中央公論新社、扶桑社文庫)、『大物講座』(講談社)など。日本民俗学会会員。