今年4月に公開され、歴代の興行収入記録を塗り替えた『アベンジャーズ/エンドゲーム』。この映画公開後に発売した『MARVEL マーベル空想科学読本』は、すでに4刷が決定し、あとに出した講談社文庫版も、発売10日で2刷がかかった。世界中から愛されるヒーローたちを、科学的に、そしてユーモアたっぷりに分析した内容は多くのファンから好評をもって受け入れられている。「空想科学研究所」主任研究員の柳田理科雄氏と所長の近藤隆史氏、さらに企画立ち上げから版権元との交渉まで行った担当編集の李佳欣が、マーベルならではの魅力を語り合った。
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李 私が『空想科学読本』企画を社内会議に出したのは3年ほど前です。テーマは『スター・ウォーズ』と『マーベル』の2本。それぞれ映画公開も控えていたし、『空想科学読本』が書店のランキングなどでも上位にいる人気シリーズだったこともあって、企画はすぐにGOサインが出ました。それでアメリカのルーカスフィルムとマーベル本社にも許可を得てから、当時の編集長と一緒に「空想科学研究所」へ伺ったんです。
近藤 じつ は他社で、スパイダーマンの原稿がお蔵入りになるというトラブルがあって……。まさにその日に、李さんがいらっしゃったんですよ。
李 ええ? そうだったんですか? スパイダーマンもマーベルの作品ですからね。すごい偶然!
近藤 そう。だから妙な縁を感じて、前向きにお話を聞いてみようと思ったんですよね。
李 それは良かったです。最初にお会いしたときはとても緊張していて……。何と言っていいのか、近藤さんが怖かったんですよ(笑)。
柳田 僕は李さんってすごく自由な人だなと思いましたけどね。これが新しい時代の編集者なんだなって(笑)。相談された2本の企画のうち、『スター・ウォーズ』は僕が高2のときにエピソード4が始まって、すごく親しみがあった。以前、「週刊SPA」の連載でも何作か手がけていたので、ある程度の知識もありました。それに比べてマーベルは底知れない世界でした。スパイダーマンは単体のキャラクターとしてはわかるんだけど、じつは他のキャラと裏のほうで大きくつながっているわけですからね。
李 私も企画した頃は、まだそこまでマーベルに詳しくありませんでした。マーベルは本当にここ10年の間に映画を立て続けに公開して、ファンがものすごく増えましたよね。2017年に映画『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』が公開されたのに合わせて『スター・ウォーズ 空想科学読本』を先に出しましたが、その10年の集大成ともいえる映画『アベンジャーズ/エンドゲーム』の公開に合わせて、今年はついにマーベル版も出版することができました。
近藤 今回の本では、全部で26本の原稿を掲載して、マーベルのキャラクターを科学的に検証する形になりました。熱心なファンも多い題材ですから、まず最初に空想科学研究所のツイッターで質問を募集したんですよね。「マーベル世界について、気になる疑問あったら教えて!」ってね。
李 そうなんです。想像以上に皆さんから「〇〇のこんなことを知りたい」って集まりました。皆さんが気になっていたことを検証して、かなりリクエストに応える形で収録することができましたね。
柳田 ソーにしか持てない、あのいかついハンマー「ムジョルニア」は何でできているか、とかね。あれは重すぎるからみんな持てないのか、心が邪悪だから持てないのか(笑)。
アメリカ独特のコミックを典拠とする難しさも
李 マーベルの版権元のアドバイスもあり、原本のコミックも典拠とすることになりました。それもなかなか大変でしたね。
柳田 最初は立ち往生しましたね。なぜかというと、特に最近のコミックはものすごく描き込まれていて、絵は丁寧なんだけれども、紙芝居のようで細かい動きがわからない。たとえばキャプテン・アメリカがどこどこへ入り込んで「敵を殲滅したのだ!」というような文があるんですけど、そこに描かれているのは彼がキックしているシーンが1カットだけだったりとか……。
近藤 そうなると、科学的な分析も大変だよね(笑)。
柳田 僕の場合、マンガではコマのつながりから、このときのキックの速さはマッハいくら、衝撃力は何トンで……という数値を出すのが仕事のやり方なんですけれども。
近藤 ただ、人の顔のアップがバーンとあるだけだったりした(笑)。
柳田 「喜びながらも少し悲しみを抱えている表情」とかはたくさんあるんですよ。そこに読者はしびれるんですけど……僕の仕事には関係ない(笑)。
李 確かにアメコミから使える部分を見つけるのは難しかったですね。映画とは設定が違っていたりもして。
初めて『空想科学読本』を手にしたマーベルファンも
近藤 本ではスパイダーマンがすごいスピードで悪人の車を追いかけるためには、ニューヨークの高層ビル群から長いクモ糸をたらして、その振り子運動を利用しないと難しいという話があったけど。たとえば講談社のビルにクモ糸をたらして戦えるの?
柳田 講談社のビルじゃ高さが足りないね。
李 足りないんですか? 26階もありますけど。
柳田 26階だとすると、1階分の高さが平均でたぶん4mくらいあるから、104m。その倍はないといけないんですよ。文京区音羽でスパイダーマンは戦えないです(笑)。
近藤 スカイツリーまで行かないとダメか……。
柳田 新宿西口の高層ビル群だったら大丈夫じゃないかな。
近藤 そうか。それくらいの高さがないと、時速100㎞のクルマとかは追いかけられないんだね。
李 そんな科学的な分析は子どもも大人も楽しめるだろうと、児童書レーベル「講談社KK文庫」に加えて、大人向けに「講談社文庫」と、計2冊出版しました。お子さんからはハガキをたくさんいただいています。スター・ウォーズ版の読者からのハガキは普段から本を読んでいる子が多かった印象なんですけど、マーベル版はお笑いの番組をよく見る子なのか、「おもろい」って感想が多かったんです(笑)。マーベルファンの親御さんからも、「試しに子どもに読ませています」「普段、本当に本を読まない我が子が、これには食いついて読んでいます!」というお便りをたくさんいただきました。
柳田 「マッハ10のスピードで移動するアイアンマンは、東京駅で止まろうとしても小田原まで行っちゃう」とか、「キャプテン・アメリカの代謝は常人の6.8倍だから1日21食必要」とか、能力が凄いばかりに笑いの要素もありましたね。
近藤 マーベルは、映画も笑うポイントが多いよね。
李 そうですね。マーベルから入って、初めて『空想科学読本』を手に取った人も多かったんじゃないでしょうか。
柳田 『空想科学読本』を知らずに読んだ人に「こんな本は初めて読んだ」と面白がってもらえたなら、嬉しいですね。
スター・ウォーズとマーベル、それぞれの世界
近藤 『スター・ウォーズ』は、映画の本数も限られていたから、マーベルほどは苦労しなかったね。
柳田 そうだね。『スター・ウォーズ』もバックグラウンドがすごくよく作られているんです。感動したのは、宇宙空間の乗り物には「最高加速度」が書いてあるんですよね。
李 そうそう。宇宙では加速度なんですよね。
柳田 空気抵抗がない場合はどこまでも加速していけるので、最高速度の意味がない。おまけに、宇宙に出ると比べる対象物がないから、自分が進んでいるのか相手が進んでいるのか知る手段が基本的にないんです。だけど、宇宙でも加速度は測定できる。自分の体がシートに押し付けられるといった現象に表れますからね。このへん、ヒジョ〜に科学をわかっている人が設定を決めていらっしゃる。
李 そうですよね。基本的にジョージ・ルーカスが作っているんですけどね。
柳田 しかし、Xウイングの最高加速度は3700Gです(笑)。
近藤 はははは。そういう世界観のものだからね。
柳田 加速度が示されている点は科学的だけど、数字がものすごい。
李 それで、「加速度補正機」っていうのが必ずついているんですよね。それがなければ、みんな死んじゃう(笑)。
近藤 3700Gもくらったら死んじゃうね。
柳田 光速を越えた瞬間、ハイパードライブができるようになるって書いてある。でも、「さあ行くぞ!」ってアクセルを入れてから光速に達するまで、5秒くらいしかないからね(笑)。
近藤 でもまあ、加速度補正機を登場させたりして、『スター・ウォーズ』は最低限、納得のいくようにできているんだよね。それに比べると、マーベルはそれぞれのキャラクターに世界観があって。能力自慢もそれぞれで、マッハ10という数字がスルッと出てくる。
柳田 マーベルだと、これまでにもいろいろな原稿でアイアンマンやスパイダーマンを単独で扱ったことはあったけど、ヒーローたちの関係性など、全体像は把握できてなかったんです。それで、執筆にあたってはまず、李さんを通じて、ウォルト・ディズニー・ジャパンの草野友さんに「最初にこれを読んでみて」みたいなコミックを30くらい選んでいただいたんですよね。それに付箋を貼りながら、何度も何度も読みました。「ブラック・パンサーはキャプテン・アメリカと戦ったことがあるが、そのときのブラック・パンサーは今のティチャラのおじいさんだった」みたいなことが、ようやくわかってきました(笑)。
近藤 最初に把握するには、草野さんに教えてもらったあのボリュームがちょうどよかったよね。その後さらに読んでいくと、またいろいろな話が出てきて複雑になるので……。
柳田 あと、『スター・ウォーズ』とマーベル作品のもともとの違いもありますよね。マーベルは、「マイティ・ソーが好きで好きでたまらない!」「トニー・スタークが好きすぎる!」っていう人がいる世界です。一方で、スター・ウォーズで「ルークが好きで死にそう!」みたいな人って、あまりいないような……。
李 そうかもしれないですね。まあ、「ダース・ベーダーが好きでたまらない!」って人はいますけど、ヒーロー側にはあまりいないかも。
近藤 やっぱり『スター・ウォーズ』は、あの世界観が魅力なんでしょうね。
李 そうですね。フォースがあって、宇宙がこうなっていて、という。
柳田 だから「フォースって何だろう」って最初に思うわけです。だけど「アイアンマンはあの姿勢で空が飛べるのか」とは、あんまり思わない(笑)。
李 確かに(笑)。
マーベルで好きなキャラクターは?
近藤 僕は、ハルクの最初の頃の話が切なくて好きなんです。自分がすごく好きな女性を守りたいんだけど、怒りなどの負の感情を持つと人間離れした巨人の姿になってしまう。
柳田 「守る? 誰から守るの? 私をいちばん傷つけるのはあなたなのに!」みたいなことを言われちゃうんだよね。
近藤 そう。そこが切なくて、もう少し踏み込みたかったんだけど、マーベルはストーリーのつながりが本当に油断ならなくて。調べていくとその彼女もやがてつかまって改造されて……「なにー!?」みたいな話になってくる。
李 マーベル、そういうところが本当に自由ですよね(笑)。近藤さんはキャプテン・アメリカも好きですよね。
近藤 彼もね、そういう切ない部分があるのがすごくいいなぁと。
柳田 キャプテン・アメリカについては意見が分かれますよね。僕は彼が生き返れてよかったと思うけど、気の毒という見方もある。何十年もの眠りから生き返ったおかげで恋人は年を取ってしまっていて、バッキーという親友が映画では敵になり、コミックでは老人になってしまっているという。
近藤 そのあたりの一つの結論としては、『アベンジャーズ/エンドゲーム』を観ると、ナットクできるよね。あのエンディングは、とてもよかった。
李 9月にはブルーレイが発売になります。ところで、柳田さんが気に入ってるマーベルのキャラクターは誰ですか?
柳田 僕が好きなのはヴィジョンですね。もう本当にね、多種多芸。力も強い。空も飛べる。走るのも早い。額からは1万6649度ものの光線まで出す。体は密度を変えられる。なんでそんなにお前だけいろいろできるんだ! ホーク・アイなんて弓を撃つだけしかできないのに……ちょっと分けてやれよって(笑)。
近藤 はははは。でも、人気はホーク・アイのほうがあるんでしょう?
李 そうなんです。ホーク・アイのファンの方は今回の『空想科学読本』を非常に喜んでくれます。ツイッターやハガキでも「ホーク・アイがいたー!」という反応で。でも、ヴィジョンの話が入ってよかったとは誰も言ってくれない(笑)。
柳田 そうなのか(笑)。ヴィジョンはミュータントのワンダ・マキシモフと結ばれて、子どもまで生まれてしまうんですよね。人工生命体がミュータントと一体どうやって……。答えとしては、現実を改変する「ヘックスパワー」で作りましたという。
李 そうそう。ヘックスパワーでしたね(笑)。さらに『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』に出てくるスター・ロードは、エイリアンと人間のハーフ。エイリアンと人間の間に子どもができるということは、エイリアンの染色体数がたまたま人間といっしょだったのか!ということになるんですよね。
柳田 基本的に、染色体数が同じじゃないと子どもはできないからね。
李 染色体の数がいっしょでも、種が近くないとダメだとか。
柳田 そうです。今回の本には書かなかったんだけれど、人間の染色体は46本で、じつはグッピーやオリーブも同じ46本なんです。染色体の数が同じじゃないと子どもができないけど、同じであればいいというわけではないんですね。
李 魚や植物なのに……そうなんですね。
柳田 まあでも、宇宙のかなたにいる生命体が人間と子どもを儲けられるくらい遺伝子が似ていたというのは驚異的な話ですよ。
李 グッピーでさえ、一応同じ惑星のものですからね。これからグッピーを見る目が、ちょっと変わってしまいそうです(笑)。
キャラクター名のあいうえお順になっている構成
李 アイアンマンが好きだって女の子からのハガキも来ました。アイアンマンは最初だけだったけど、載ってて楽しかったと。
柳田 最初だけ? ああ。あとでは出てこないからね。今回はキャラクター名のあいうえお順で並べているからね。
李 そうなんですよね。目次の並び順はかなり悩んだんですけど、あいうえお順だとちょうどよく知名度があるものとそんなにないものとがミックスして並べられたんです。
近藤 ほどよくランダムになって結果的にバランスがよかったよね。李さんが考えたんでしょう?
李 原稿をバラバラにいただいていたので、ファイル名の順番でファイルが並んでいて、そのままためていったらこうなりました(笑)。
近藤 原稿はバラバラに書いてたよね。キャプテン・アメリカだけ書き上げて、とかではなく、一個こっち書いて、次は別のを書いて、みたいな感じで。
李 それはどうしてだったんですか?
柳田 書きやすいやつから書いていかないと、この仕事はとても終わらないと思ったので(笑)。
李 今回はマーベル作品の中でもアベンジャーズを網羅した形となりましたね。『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』に出てくるアライグマの姿をしたロケット・ラクーンなども、「じつはアライグマだからこそ人間と同じ5本指で銃が扱えて理にかなっている!」とか、木のヒューマドイドであるグルートは科学的にはどうなんだ?とか、知れば知るほど面白いマーベル作品の世界が味わえる濃い内容になっています。マーベル好きの方、『空想科学読本』好きの方、たくさんの方に読んでいただきたいです!
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『MARVEL マーベル空想科学読本』
著:柳田 理科雄マーベルヒーローのパワーには、フシギなことがいっぱい! 戻ってくるシールドに、天変地異を引き起こすハンマー。アイアンマンは洞窟の中でパワードスーツを作り出し、ハルクは感情によって巨大化する一方で、スパイダーマンはクモより力を得ている! どれも、地球の科学の範疇を超えている”ツワモノ”ばかり!?
「空想科学」シリーズで大人気の柳田理科雄先生といっしょに、マーベルの世界を楽しみつつ、科学に親しもう! そうすれば、あなたもアベンジャーズ入りを果たせるのかも!?
©2019 MARVEL
1961年鹿児島県種子島生まれ。東京大学中退。学習塾の講師を経て、1996年『空想科学読本』を上梓。1999年、近藤氏とともに空想科学研究所を設立。主任研究員としてマンガやアニメや特撮などの世界を科学的に研究する試みを続けている。明治大学理工学部兼任講師も務める。
1961年福岡県久留米市生まれ、鹿児島育ち。柳田氏との出会いは中学生のとき。宝島社では『いきなり最終回』『コミックVOW』、別冊宝島『このマンガがすごい!』などに携わる。1996年に『空想科学読本』を企画。現在は空想科学研究所所長として柳田氏と「空想科学読本」シリーズを手掛け続けている。