4月の発売後、早くも5刷が決定。5月にはAmazonの売れ筋ランキング総合1位にも浮上した『世界標準のスイングが身につく科学的ゴルフ上達法』。著者の板橋繁さんは、大学院修了後にオーストラリアでコーチングを学び、ジェイソン・デイの母校で知られるヒルズ学園高校のゴルフ部監督などで活躍、現在もツアープロからアマチュアまで教えるカリスマコーチだ。ブルーバックス担当編集・倉田とともに、大人気レッスン書籍化までの軌跡をたどった。
世界各国から生徒が集まるゴルフスクール
板橋繁氏の大人気レッスンが書籍化されるまでの軌跡を編集者と共に語る
倉田 先日はAmazonで見事1位に輝きましたが、社内でも発売前から「どんな本なの?」と、いろいろな人から聞かれるほど注目されていました。それから、あれよあれよという間に重版が決定して、早くも4万部に到達。ブルーバックスでは異例のスピードです。
板橋 そうですか。それはうれしいですね。
倉田 板橋さんは、ゴルフの本場オーストラリアで20年以上の指導実績を積んで、ゴルフスクールGold One Golf Schoolを立ち上げられました。YouTubeで公開されている「G1メソッド」のレッスン動画は総再生回数7000万回を超える人気ぶりです。
板橋 今日も電車で動画を編集しながら来たんです。今はiPhoneで簡単に作れますからね。最近は大画面で見られるので、少し焦っていますが(笑)。
倉田 板橋さんは日本でもオーストラリアでもレッスンされて、1年中お忙しいですもんね。みなさん遠くからも熱心にレッスンに通われて。
板橋 今は日本でのレッスンにも、ヨーロッパをはじめ、ニューヨークやアリゾナ、東南アジアから来る人もいます。この間はロシア在住の日本人の方がYouTubeを観たといってレッスンを受けに来ましたよ。
倉田 すごいですね、はるばるロシアから。
板橋 外国語で受けるレッスンだと細かなニュアンスがわからないからと言っていましたね。それに、たぶん他では「こうしたほうがいいんじゃない?」という言い方をされると思うんですよ。僕は結構、断定的です。「これができなければ次に進めないですよ」と。高校生やジュニアに教えていたということもありますが、大人に教えていても、僕はゴルフの教育だと思っているので、ちょっと先生気質なんです。めげるような人には、「頑張る! 頑張る!」って声かけちゃう(笑)。「そこが伸びしろなんだから、今やらないと!」って。丸1日使ったレッスンでは、アプローチを含めたら700球くらいは打ちますし、僕のレッスンは結構、厳しいですよ。
倉田 熱血ですねー。でも、特に日本人のゴルファーは板橋さんのメソッドが目からウロコで、一気に上達するとか。今回、初の書籍化で「動画だけでわからなかったところが補強された」という感想が多く聞かれます。本にも出てくる「招き猫フィニッシュ」など、技術のネーミングもすごく面白い。いかにわかりやすくするかを考えると、自然に出てくるんですか?
板橋 それは、その場その場で(笑)。僕のメソッドの通り、低く、まーるく、身体が最後まで回転するスイングをすれば、右打ちの人の場合、自然とフィニッシュではグリップが左耳の横にきて、左手のひらと右手の甲がターゲット方向を向きます。このときの左手がちょうど招き猫と同じ形になるので、「招き猫フィニッシュ」。ここで手打ちになってしまっていると、腕が返って右手が上、左手が下になり、ヘッドが垂れてクラブを担いだ形になってしまうんです。
直線的ではなく「まーるく振る」スイング
倉田 初めてお会いしたとき、「正しいスイングとはひとことで言うとなんですか?」と聞いたら、「まーるく振る」ことだとおっしゃって。へえ、と思ったんですよね。
板橋 日本ではずっと、直線的なスイングでしたからね。でも、今はクラブも進化しているので、その打ち方ではつっかかってしまうんです。
倉田 「ニッポンの常識は世界の非常識!」ということで、本書の帯でもジャパニーズ・ゴルフと世界標準との違いを強調しました。「クラブは立てて使う」なんていうのも、日本では常識ですが、世界標準では「クラブを寝かせてから振る」。正反対の動きです。
板橋 そうですね。僕のメソッドでは「裏面ダウン」と呼んでいますが、世界標準のスイングでは、クラブは絶対に立てて下ろしません。フェースの裏を地面に落下させる感覚になるんです。
倉田 板橋さんも、最初に渡豪されたときは「スイングが手打ちになっている」と指摘されたんですよね。
板橋 はい。日本のスイングを否定されたようなものでした。さらに「その打ち方じゃ腰を痛めるぞ」と言われて……。
倉田 実際、板橋さんがプロゴルファーへの道を断念されたのも、腰を痛めてしまったのが原因でしたね。
板橋 日本は、世界標準のスイング理論から取り残されているんです。今の日本のスイングが“古武道”みたいなものだとしたら、向こうは“ダンシング”ですよ。とてもリズミカルで、ボールの前で構えたらすぐに打つ。考えちゃダメなんです。ボールを3秒以上凝視したら、腕の筋肉がその指令通りにパフォーマンスしないから。
頭の上からスイングを見る「頭上時計」の考え方
頭上時計のイメージ図(『世界標準のスイングが身につく科学的ゴルフ上達法』P.175より)
倉田 感覚が大事だというお話は、スイングを頭の上から見たときに、クラブがどの時間の方向を向くかという「頭上時計」の考え方でも出てきましたね。板橋さんのメソッドでは、スイングをするときにクラブヘッドが身体のまわりで円軌道を描きますが、これも日本とまったく違います。
板橋 日本のスイングは直線的なので、こんな考え方はしないと思います。
倉田 感覚としては、4時~4時半のところから7時半~8時の方向まで、「まーるく振る」意識を持たないとイメージ通りに振れませんよというお話でした。
板橋 そのイメージを見せるための撮影も大変でしたね(笑)。理想と実際は違うので、その分、目的を見据えたフィーリングが重要になってくるんです。
倉田 実は僕自身はゴルフをしないのですが、これまでスポーツ科学の本は何冊かつくっていたので、板橋さんの身体動作の理屈がすごく腑に落ちて、面白いなと思ったのがオファーのきっかけです。今回の本づくりを通して、僕もゴルフをやってみたくなりました。
板橋 ぜひ今度、レッスンを受けに来てください。18ホールが回れるオーストラリアでのレッスンがオススメですよ!
書き込んで真っ赤になった英語のゴルフ教本
倉田 僕が板橋さんを知ったのは、2017年の夏頃でした。本当にご縁なのですが、古い知人から「お友達の旦那さんがすごいから、一度YouTubeを観てみて!」と電話がかかってきたのが最初です。当時からすごく観られているレッスン動画でした。それで、とにかく一度お会いしたいとレッスンの見学に行ったんですよね。その年の暮れに板橋さんが帰国されたタイミングで。大晦日に近い、12月30日ぐらいだったと思います。
板橋 そうですね、本ができるまでには結構かかりましたからね。
倉田 YouTubeを始められたのは2007年ぐらいでしたよね?
板橋 はい。当時はA Game Golf Academyでプロを目指す子たちを教えていたのですが、自分の子供が生まれたのを機に、試合の引率で土日もない生活をやめようということでアマチュアに教え始めたんです。そのときにYouTubeのアップも始めました。「世界一スイングが美しい」と称されたベン・ホーガンのスイングをYouTubeで見たのがきっかけです。実はその前に、わざわざテキサスの事務所に懇願してビデオ映像を送ってもらったのですが、スローモーションだったのでがっかりしていました。結構高くて、10万円くらいしたんだけど……(苦笑)。でも、YouTubeの映像を見て、もう目を丸くしましたよ。まるで電光石火のような高速スピード、回転スイング。これだ!と思いました。こういうスイングをアマチュアの人に勧めれば、飛ぶし、曲がらないじゃないかと思ったんです。
倉田 それが原点なんですね。
板橋 原点と言えば、自然、ナチュラルというのが大事だと考えているんですよ。オーストラリアの師匠に日本で覚えたスイングにダメだしされて、「じゃあ僕は何の本を読んだらいいの?」って聞いたんです。そうしたら、ジョージ・ヌードソンの『ナチュラル・ゴルフ』を勧められた。英語の本に書き込みながら読んでいたから、もう真っ赤になりました。
倉田 辞書を片手に、とおっしゃっていましたね。
板橋 力を抜いたところじゃないと、パフォーマンスってないんですよね。力を入れてもクラブヘッドの慣性の動きにブレーキを掛けるだけです。だから、「タンポポの花をポンって切るくらいがスイングなんだ」と言われたときに、最初は「えっ?」って思いましたけど、理解するのに時間はかかりませんでした。
倉田 タンポポとは、またいい表現ですね。
板橋 日本人だと、ボールを前に歯を食いしばって打ちたがるじゃないですか。グリップもそうですけど、本当に力は入れてはいけないんです。
倉田 他にも、日本との違いを教えていただけますか?
板橋 先ほどもお伝えしたように、向こうは“ダンシング”なんですよ。リズミカルにすぐ打て、と。構えたら打つ。考えちゃダメだと。
倉田 先ほど、ボールを3秒以上凝視したら、脳の指令通りにパフォーマンスしない、というお話もありましたね。
板橋 ルーティンの仕方とか、心理学の専門家を招いて勉強するんです。テニスのピート・サンプラスにも教えていた方で、朝から神経衰弱をやらされたり、集中してα波を出す訓練をさせられたり。トレーナーも一流どころがいて、イアン・ソープが全盛期の頃のオーストラリアの水泳チームを担当している人がいたり。ふだんの姿勢から正されていましたよ。
やっぱりクラブ選びも大切
倉田 クラブの進化とともにスイングも変わっているというお話も面白かったです。
板橋 クラブ選びは大事ですよ。今、日本では軽いクラブに固執しているところがありますが、遠心力を使うためには気をつける必要があります。ソフトグリップで振ってもすっぽ抜けない、ある程度の遠心力と自分で引きつける向心力のバランスがあるんです。
倉田 それは、買うときにたくさん振ってみることが大切なんでしょうか。
板橋 人それぞれで違うので、データも出さないといけないですね。軽い、簡単なクラブを使うと、逆に飛ばないんですよ。
倉田 それなのに日本には軽いクラブが多いんですね。不思議です。
板橋 やっぱり、スピードを速くしたいという頭があるからでしょうね。でも、身体に巻きつけてクラブを振らないと加速度がつけられない。
倉田 「加速度」というのも、またブルーバックスらしいです(笑)。板橋さんのメソッドにはしっかりとした理論があるのでわかりやすいですね。今後、さらにクラブが進化していくなら、またスイングを変えていかなければいけないということもあるのでしょうか?
板橋 いや、これ以上はどうでしょうか。カーボンとか、チタンのコンポジットとかありますが、結構できあがっていますからね。ここ2年ぐらいのクラブが一番飛びますよ。一時期、長尺なんて流行りましたけど、今はまた短尺です。昔みたいにホーゼルが長くてクラブの重心位置が高いと、どうしても打ち込まないと上がらなかったんです。でも、今はもうホーゼルが短くなって重心が低いですから。球はできるだけ浅く、かっさらったほうがいい。
倉田 浅く、シャローにというのは本でも強調されています。
板橋 ガーン!とやるような昔の打ち方をしていたら、ボーリングで言ったら完全にガーターですよ(笑)。
倉田 今はきちんとレーンにのせてあげるやり方になってきているわけですね。そういうたとえも、すごくわかりやすいです(笑)。
板橋 渡豪した当初は、僕も「ゴルファーはパフォーマーだから」とコーチ陣に言われました。無口だったり、自分を表現できなかったりするようではダメだと。
倉田 競技だけじゃないんですね。
板橋 向こうは子どもの教育から違いますよ。5歳の授業が、もうプレゼンです。うちの子どもたちも教科書がなくて、自分で考えて発信する“show&tell”が身についています。
野球の動画もヒントに
直線的ではなく「まーるく振る」スイングの板橋氏
倉田 今年はタイガー・ウッズがマスターズで復活優勝を果たしました。
板橋 正直言って、タイガーの全盛期のスイングはあまり良くないなと思っていたんです。伸び上がって、手を思いっきり返していたじゃないですか。それが変わりましたね。今の方が全然いい。ロリー・マキロイが子どもたちに教えている動画を観たことがあるのですが、やっぱり裏面ダウンの動きで、ハンドファーストを教えているんですよ。
倉田 今は、本当にさまざまな動画が観られるから、板橋さんもチェックするのが大変ではないですか?
板橋 仕事がら他の人のゴルフ動画もチェックすることもありますが、実を言うと僕は野球のスイングばっかり観ているんです。「ああ、いいスイングしてるな」って。バリー・ボンズなんかはすごく参考になります。
倉田 ああ、すごくコンパクトに回転しますもんね。
板橋 ゴルフスイングとも似てるんですけど、日本の野球とアメリカの大リーガーのバットの振り方もまた違うんですよね。旬の人たちはやっぱりいいバッティングをしています。ソフトバンクの柳田選手なんかも、インサイドが強いでしょう? バットが短く回っています。
倉田 確かに、メジャーのほうが体に近いボールをうまくホームランにしたりしますよね。日本のバッターはあまりああいう打ち方はできない。
板橋 そうなんです。落合博満さんもそういうのはうまかったですよね。
倉田 あれもやっぱり、ゴルフスイングと同じようにしっかり身体が回転していたからなんですか。板橋さんはもともと野球もやっていたんですよね。
板橋 子どもの頃にやってはいましたけれど、野球選手がうちのレッスンを受けに来たのがきっかけかもしれないですね。野球はかなり分析していますが、ゴルフスイングのヒントにもなることがたくさん転がっていますよ。チャンスがあれば、野球のコーチと対談してみたいですね。
倉田 それは面白いですね。
レッスンでスムーズなスイングに変わる
倉田 今回のスイング画像では、編集者として初めてチャレンジしたこともありました。板橋さんのスイング撮影の際、デザイナーに待機してもらって、すぐ「頭上時計」のイメージ図などをその場で見ていただいたんですよね。
板橋 本づくりが初めてだったので、そのようなものかと思っていましたが、違うのですか?
倉田 ええ。ふつうは撮影後、まとめてデザイナーさんに渡すのですが、今回は読者に伝えるイメージが本当に大事だと思って、その場で微調整をしながら進めさせていただきました。
板橋 私も緊張しました。「ああ、タレントさんはこんなスタジオで撮影しているのか」と思って。レッスンの段取りが飛んでしまいそうにもなりましたね(笑)。
倉田 そうでしたね。動画撮影のときに思いましたけど、板橋さんは一回一回息を切らせていましたよね。写真撮影ではコマ毎に止まるのでわかりませんでしたが、変な言い方ですけど、すごく気が“入っている”というか。
板橋 腹筋と足をしっかり使いますからね。股関節の作りって、大腿骨にサラダボウルが乗っているような感じなんです。その上に体幹が乗る。スイングをするときは、このサラダボウルの底の形を意識して、Uの字にフットワークを使います。体幹がサラダボウルの上をすべるようになめらかに動いて、上半身と下半身が時間差で回転すれば、クラブを身体に巻きつけたまま回転できるんです。
倉田 そのあたりも本で詳しく解説していただきました。本当に一度、板橋さんのレッスンも受けてみたいです。板橋さんのレッスンを受けている生徒さんは、どういうところが変わりますか?
板橋 うちのYouTubeやInstagramの動画には生徒さんもたくさん登場してくれていますので、是非ご覧ください。腕に力を入れて打っていた方がスムーズなスイングに変わっていきます。そして、みんなフィニッシュがまっすぐで美しいですよ。よく、背骨を傾けているフィニッシュが普通だと思われていますが、そうじゃないんです。
倉田 裏面ダウンやハンドファーストも、特殊に思えますが、実際にスイングを拝見すると、まったく違和感のない綺麗なスイングなんですよね。
板橋 日本シニア女子のチャンピオンや日経カップの個人の部で優勝された方なども、受けに来られています。講談社はゴルフ部もあるらしいですね。今後、私は企業ベースのレッスンもしますよ! 講談社ゴルフ部さんも是非!
Gold One Golf School ディレクターオブゴルフ。全米ゴルフ教師インストラクター協会日本支部(USGTF JAPAN)主席試験官。1967年生まれ。日本体育大学大学院体育学修士課程修了。専門はトレーニング論と身体動作学。日体大ゴルフ部時代は、同期の伊澤利光プロとともに活躍。卒業後は日体大ゴルフ部コーチ兼スポーツトレーニングセンターに勤務し、オリンピック選手とプロゴルファーのトレーニングを指導。日体大ゴルフ部男子部コーチ・女子部監督に就任。1995年に渡豪し、ジェイソン・デイの母校・ヒルズ学園高校ゴルフ部監督に就任。ジュニアゴルフの育成と数々の勝利に貢献する。2002年からは、豪州のトッププロ養成学校A Game Golf Academy日本人担当コーチを務めた。運動力学を主体にした独自のコーチング理論とメンタルコントロール論を確立し、ツアープロのコーチングも担当する。
GOLD ONE GOLF SCHOOLのHP:https://www.goldonegolfschool.com/