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2019.04.08

インタビュー

福山雅治さん主演ドラマ「集団左遷!!」原作本。著者がヒットの秘密を語る!

いよいよ4月21日、TBS日曜劇場でスタートするドラマ「集団左遷!!」は、江波戸哲夫氏の『新装版 銀行支店長』と『集団左遷』が原作となっている。およそ四半世紀前に『支店長、最後の仕事』『集団左遷』として発表された2作は、講談社文庫で新装版となって今年1月に刊行され、早くも累計発行部数25万部を超えた。時を経て、新たな読者層の心を掴んでいる江波戸哲夫作品。再評価される理由や今後の新作について、担当編集の野村が聞く。

『集団左遷』は当時取材した実話がベース

野村 TBS日曜劇場でのドラマスタートに合わせて、原作である講談社文庫の『新装版 銀行支店長』と『集団左遷』を新しい帯に替えて展開しています。どちらも予想をはるかに上回るペースで動いています。

江波戸 数えてみたら、もう25年以上も前の作品なので、驚きました。この間『集団左遷』を丁寧に読み直してみましたけれど、あちこちに読者をびっくりさせるような展開を仕掛けていて、ストーリーもまあまあちゃんとしていましたね(笑)。

野村 もちろん、そうですよ(笑)。特に『集団左遷』は、手記のことと現実に起こっていることとがそれぞれ進行して、すごく凝った構成になっています。今回のドラマは銀行が舞台なので、『新装版 銀行支店長』のストーリーをベースに、『集団左遷』のアイディアが移植された形になるようです。

江波戸 もともと『集団左遷』は、当時、経済雑誌で連載していたドキュメンタリーのあるエピソードが下敷きになっています。ある製造業の会社で、各部署からリストラ候補の社員を50人くらい集めて放り出そうとしたら、そこのリーダーになった人がすごくやり手でね。その部署を儲けられるようにして存続させちゃったんです。もう少しドラマティックにしようと、不動産業に置き換えて小説にしました。そうしたら今度のドラマでは銀行に置き換えられた。その時代にふさわしい、ちょっと華やかな産業に置き換えてドラマ化したくなるようなタイトルなんでしょうね。

野村 『集団左遷』の発表は、1993年です。まだ「リストラ」という言葉も定着していない頃ですよね。

江波戸 そうですね。1991年くらいにバブルがはじけたわけですが、それまでは一度不景気になってもまた戻っていたから、当時は皆、「今は辛抱どころだ」と思っていたんです。僕もこれを書いているときに、「きっとまた回復するから、その前に書き終えないと時機を失してしまう」と焦っていましたよ。予想に反して、不況は長く続きましたがね。

野村 確かに経済は生きものだから、経済小説は時代と追いつ追われつというところがありますね。

今、注目が集まりつつある経済小説の文庫化

江波戸 20年前にブレークした佐伯泰英さん以来、時代小説の書き下ろし文庫が膨大な読者を獲得して、多くの作家がその後に続きましたよね。単行本マーケットが厳しくなったこの時代に、佐伯さんは新しいマーケットを切り開いた救世主といっていい。そして数年前、今度は池井戸潤さんの「半沢直樹」が大ヒットして以降、経済小説の文庫マーケットを桁違いに大きくした。そこでどうやら経済小説の分野でも“佐伯泰英現象”が起こるような気配が漂ってきた。TBSの「日曜劇場」もそういう状況を牽引してきたわけですが、その延長上でぼくの旧作にお呼びがかかったということだと思っています。

野村 そうかもしれません。ドラマというのは比較的、女性の視聴者の気持ちを掴もうとするところがありますが、日曜劇場の場合、翌日からまた働きに出るサラリーマン層も楽しませる作品が多いですよね。もしかしたらその辺りにもマッチしたのでしょうか。江波戸さんはご自身も銀行に勤められていたので、おつき合いされている方も多いですよね。

江波戸 そうですね。僕は1年で退職してしまったので、内情をよく知るためには5年ぐらい居続ければ良かったとも思うのですが(笑)。銀行時代の友人には今も非常にお世話になっています。一度、面白いことがありましてね。ある友人に取材をして小説を書いたのですが、できた本を持っていったら、いきなり「とんでもないことを書いてくれたな」と言うんです。その知人は問題になると困るから、すごく厳しいある上司のことを、1割も話さなかったそうなんです。それなのに、僕がそれを想像力で詳細に、その厳しさ、いじわるぶりを描いたら、本物そっくりになってしまったという。

野村 想像力が追いついちゃったんですね(笑)。

江波戸 ちょっと冷や汗ものでしたが、友人はすぐニヤリとして「でも、その上司はこの間、出向しちゃったから大丈夫」と続けてね。ほっとしました(笑)。

人生において「仕事ができること」の意味とは

野村 ドラマ化の影響もあって、江波戸さんの読者層は、40代を中心とした働き盛りの世代や女性にも広まっています。5月には新装版の『ジャパン・プライド』と『起業の星』(『起業の砦』改題)が文庫化されます。『ジャパン・プライド』も銀行を舞台にした話ですね。『起業の星』は元大手不動産業の父と元下請けIT社員の息子の話ですが、江波戸さんも息子さんがいらっしゃいますね。

江波戸 うちの息子も起業しているんですが、息子は部下を怒ったことがないんだそうです。僕は結構怒る上司だったので、「ちゃんと叱らないと怠惰に流れるだろう」と言ったら、「いや、それは仕事の与え方が悪いと思っているから」と。そういう時代なのかなと思いましたね。僕にはとてもできない(苦笑)。

野村 今はハラスメントの問題とか、いろいろありますからね。江波戸さんの世代はモーレツ型の人が多かったと思うのですが、今の40代などは後輩を怒ったりするのが難しいから、皆、結構悩んでいますよね。

江波戸 もちろんパワハラはNGでしょうが、怒りの言動が『この部下をきちんと仕事ができるようにしよう』という思いに裏打ちされていれば、少しくらい厳しくてもその思いが伝わるんじゃないですかね。

野村 まさに、『集団左遷』にも通じる話ですね。

江波戸 ただ優しいというより優柔不断な上司に曖昧な指導をされて、仕事の能力を高められないより、厳しく叱ることもある上司に能力を高めてもらったほうがずっといいですよね。多くのビジネスマンにとって、仕事の能力が高まり、肩書も収入も上がり、面白い仕事ができるということが、人生の8割を占めるくらい重要なことだと思うんです。……僕はそう思っているからおのずと作品の中にはそういうハードな人物が登場するのだと思います。

江波戸哲夫氏インタビュー

ドラマ化の経験を新作小説にもフィードバック

野村 今回は25年ほど前の作品のドラマ化ということで、もちろん携帯電話などの小道具は時代とともに変わっていますし、ドラマも現代の設定になっています。そこで江波戸さんがおっしゃったのが、「今の時代にするなら、今の銀行を反映しないといけないんじゃないか。AIとか、そのあたりも取り入れたらどうか」と。ドラマ制作現場の方は、原作者からそれを言われるとは思っていなかったという反応でしたね。そんな時代の最先端を扱っても、視聴者はついてこれないという話でした。

江波戸 もっと素朴な人間ドラマに焦点を当てるほうが視聴率もいいんだと、そういうニュアンスでしたね。なるほど、僕もいつも最先端の事情を踏まえて小説を書きたいと思うのですが、それを面白いと思う読者はそう多くはないのかなと思いました。

野村 事前にドラマの脚本のほうも準備稿をご覧になりましたが、いかがでしたか。

江波戸 小説家の目からすると、こんなセリフは言わないだろうとか、こんなシチュエーションはあり得ないだろうとか思って、提案をするのですが……。プロデューサーの意見などを聞くうちに、ドラマの求める面白さ・リアリティというものが分かってきて、よほどとんでもない間違いがなければいいかという気になってきました。

野村 『銀行支店長』を書かれた頃の銀行支店長の重さと、支店が統廃合されてどんどんなくなっていく今の時代の支店長の軽さというか、違いもあるかもしれませんね。

江波戸 そうですね。そういう意味では今回の福山さんが演じられているコミカルで可愛げのある銀行支店長像は時代を捉えているのかもしれません。

野村 崇(あが)められるんじゃなく、自分から転げまわって周りから親しまれて愛されるキャラクターにしたい、ということのようですね。

江波戸 どうなるやら、楽しみなような、不安なような気持ちです(笑)。今でも銀行の中には、すごい縦社会がある。だけど、「半沢直樹」も上司に「倍返しだ!」って言うのが皆さんにウケるわけでしょう。あれも現実ではあり得ないし、小説でもなかなか書けないですよね。ドラマを作っている人は、基本的に頭の中で映像にして考えているから、僕たち小説家が見えている景色とは全然違うんですよね。現に作品になったものは、僕にもその表現方法はよくわかるのですが、作品になる前にそれを僕が想定して提案したりダメ出ししたりすることはできません。プロデューサーの方も「いや、これは映像化するといいんですよ」とおっしゃっていました。今回のドラマと同じ日曜劇場の「グッドワイフ」も観ていましたが、あれも素敵なシーンの作り方をしていますよね。たとえば同じシーンの中で、携帯で話し合っているふたりが出てくるんですけれど、あれは小説じゃできない。そのまま書いたらヘンテコになっちゃいます。

野村 ああ、映像の世界は場面転換も独特ですよね。

江波戸 それからもう一つ、今回の話が決まって、テレビドラマを見るときに彼らの表現方法というのをいろんな角度から改めて見ているのですが、シーンとかセリフだけじゃなく、音楽がずいぶん複雑な表現力を持っているなあと感じるんです。

野村 確かにそうですね。 

江波戸 おどろおどろしい音楽にするのか、爽やかな音楽にするのかで、見えるシーンがまったく違ってくる。そういうことも感じさせられて、ああ、彼らが僕に言ってくることは当たり前だなと。画にしてみないとわからないということですよね。これまで拙著のドラマ化はテレビが4回目、映画が1回ありましたので、彼らの手法は大まかには理解はしていたのですが、それが小説にも役に立つだろうと今までより強く感じるようになりました。作家でそういう風に言う人は少なくないですが、それは映像になるように描くということに集中しています。ぼくはその上にストーリーとかセリフのやり取りなども、そんなに理詰めではなくてもいいのかな、ポーンと飛んでもそこにはおのずと意味が生まれるのだから、そういう効果を期待してもいいかな、などと思ったりもしています。

野村 そうなんですね。そのあたりは江波戸さん、貪欲ですね……。もう十分にご自身のスタイルを築かれていると思いますが。

江波戸 いやいや、一生トライ・アンド・エラーですよ。

取材から「真相らしきもの」にたどり着く瞬間

野村 今、江波戸さんには講談社文庫で書き下ろしの新作も執筆していただいているところですが、少しご紹介いただけますか。

江波戸 はい。主人公は経済雑誌の辣腕編集者です。かわいがってくれていたオーナー社長が亡くなり、その妻が息子に後を継がせようと、その編集者を閑職に追いやるんですね。それで頭にきて辞めようとするのですが、周りからこう説得されるんです。「お前はずっと雑誌の記者をやってきて、いろんな事件に取り組んできたけれども、いつも締め切りがあるから見切り発車で原稿を書いていたじゃないか。それをすごく悔しがって、物足りないと思っていたじゃないか」と。「これから閑職にやられるなら、思い切ってそれをもう一度取材し直して、真実を見つけたらどうだ」と言われてね。それでやる気になって、大きな事件を再取材していくという話です。うまくいけば連作にして、いろんな事件に取り組めるかなと思っているんですけれど。

野村 この主人公は、かなり江波戸さんご自身を投影したキャラクターなのかなというふうに思いました。どうでしょうか。

江波戸 いや、そんなに意識していないですけれども(笑)。やっぱり、何を書いても少しは投影しますよね。うんと悪人を書いても、うんとかっこいい人を書いても、うんと情けない奴を書いても……。

野村 そういうものですか。この主人公のように、江波戸さんも取材はかなり重視されているかと思いますが。

江波戸 到達しないという諦念もあるのですが、とことん取材すると、自分の中に「ああ、こうに違いない」という強い思い込みが生まれて、そうなると自信をもって書けるようになる。さっきいった諦念の所以は、たとえば役所なんかで起きていることは、担当者一人しか知らないことがしばしばある。隣の席の人はもう知らないし、その一人のほとんどは真相を墓までもっていく。

野村 うーん、そうですね。

江波戸 ただ、「真相らしきもの」にはたどり着く。それで取材しているうちに、「ああ、これが本当の出来事に違いない」と思える瞬間がくるんです。

野村 なるほど。新作もその辺りが読みどころとなりそうですね。

江波戸哲夫氏インタビュー

自分の壁と向き合うために選んだ作家の道

野村 江波戸さんは大学卒業後に銀行、その後は出版社に勤められていますが、作家になられたきっかけはなんだったのですか?

江波戸 若い頃はエネルギーがありましたから、めいっぱい働きたかったんですよ(笑)。いや面白いことがやりたかったんですよ。それで銀行員を1年で辞めて、G書房の編集者になったわけですが、G書房は主に行政関係の実務書を作っていたので、一般の人が読む本を企画して作るということがほとんどなかった。僕は「岩波新書のような一般的な本を作らせてほしい」といって入れてもらったから、かなり自由に本を作るようになって、一編集者としてもとても遣り甲斐があった。30歳くらいになると数人の部下のいる編集課を作ってもらって、今度はチームとして自由に本を作らせてもらうようになった。

野村 若くして課長になられたんですね。編集者としても数多くのヒットを飛ばしたと聞きました。

江波戸 数人の部下たちは、それまで一般的な本の企画・編集の経験なんてなかったのに、僕のチームに来たらどんどん自分の関心に沿った本を作るようになって、それからミニベストセラーも出た。僕がなにか特別なことをしたわけではなく、月一企画会議をやって、皆から自由に企画を出してもらい、『これを進めてみてください』という判断をして、月一回制作会議をやってそのフォローをするというごく普通のことをやったにすぎません。出版社に入るような人は場さえ与えられれば、ほとんどそうなるんですね。それで僕も嬉しくなっちゃって、さらにやる気が出ました。

野村 まさに、江波戸さんの小説に出てきそうな話ですね。

江波戸 だけど場がなかったという“組織の壁”が取り払われていい本を作るようになった人が今度は別の壁にぶつかるんですよね。その人の持つ“頑張りの壁”というか、僕からするともっとやろうよ、やれるだろうというだいぶ手前で満足してしまう。そこを戦線にすべきだったと今なら思うのですが、若かった僕はそう思えなかった。それだったら一人でやったほうがいいやと思うようになり、組織を飛び出して物書きになったわけです、それが36歳の時です。

野村 江波戸さんは1946年生まれですよね。同世代の方々と比べても、本当にお若くて、精神的にも全く好奇心が衰えていないなぁといつも感じるのですが、何か秘訣でもあるのですか。

江波戸 いやいや、年齢相応にくたびれていますよ(笑)。ただ組織人は年齢とともに組織の責任ある立場になって、部下や後輩を率いなくてはならなくなる。その説得力を備えるためにも、年齢にふさわしい風貌なり貫禄が出てくる必要がある。本人もその気で言動を鍛え、そのことが表情、ふるまいを年齢に沿ったものにさせていくんじゃないですかね。

野村 そういうところは、あるかもしれないですね。

江波戸 僕らフリーは70歳であろうと20歳であろうと、同じスタートラインに立った横並びのライバルなわけで、年齢に伴う貫禄などまったく不必要です。逆に考えや感覚をなるべく自然な生き生きしたものにしておいたほうがいい。それがいわゆる老けさせなくしているのではないですかね? まあ、野村さんのお上手にのせられて、うぬぼれ鏡してるかもしれませんが(笑)。

野村 でも、年を取ると、どうしても仲間が減ってきたりだとか、孤立してしまう方もいます。江波戸さんは、単に取材源というだけじゃなくて、本当にいろいろな方と密におつき合いされているというのもあるのかなと思いますね。

江波戸 ああ、つき合いは多いですね。小学校、中学校の友だちは、お互いにその頃に戻ったコミュニケーションがとれます。その分、自由を保っていられるのかもしれません。この頃は周りの人たちもだんだん暇になってきて、声がかかることが多くなりました。だから、最近はよく遊ぶようになりましたよ(笑)。

野村 こちらは暇じゃないのに、ということがありそうですね(笑)。これから5月に2冊の新装版の文庫発売、その後は新作書き下ろし文庫も発表予定ですから、江波戸ファンの方には楽しみに待っていただきたいですね。

  • 新装版 銀行支店長
  • 『新装版 銀行支店長』
    著:江波戸 哲夫

    大手銀行支店長の片岡史郎は、合併した信金の本店だった飯田橋支店の立て直しを副頭取から命じられる。古参の猛者たちが巣くう牙城に乗り込んだ片岡は、さまざまな抵抗に遭いながらも、率先垂範して徐々に三友イズムを浸透させていく。だが、なんとか融資までこぎつけたビューティーサロンのスキャンダルに巻き込まれる。娘の不登校の問題も抱えた片岡に、さらなる難題が!?

  • 集団左遷
  • 『集団左遷』
    著:江波戸 哲夫

    篠田洋が本部長を命じられた首都圏特販部は、大量解雇を目的とした新設部署だった。各部署からの精鋭50名というのは名ばかりで、不況下の不動産業界で初年度60億という実現不可能な販売計画を副社長の横山は押しつけてくる。しかも他部署からは妨害すら受ける始末。社内で無能とされた部下たちとなんとか陣営を整えた篠田は、奇蹟の大逆転をめざし大口の取引を取り付けたが!?

江波戸哲夫(えばと・てつお) イメージ
江波戸哲夫(えばと・てつお)

1946年、東京都生まれ。東京大学経済学部卒業。都市銀行、出版社勤務を経て、1983年より作家活動を本格的に始める。政治、経済などを題材にしたフィクション、ノンフィクション両方で旺盛な作家活動を展開。『新天地』(講談社刊)、『定年待合室』(潮出版社刊)など著書多数。5月には『新装版 ジャパン・プライド』『起業の星』(『起業の砦』改題)を講談社文庫より刊行予定。

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