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2019.07.31

レビュー

ウソ、不倫、暴飲……そんな心当たりのある人必読! いざというときに役立つ(かもしれない)

地獄から日本人を知る

地獄の総帥(本書の表現)である閻魔がサンスクリット(インドの古代語)yamaの音訳であることからわかるように、地獄という観念はインドで生まれています。それが中国に伝わり、大陸のさまざまな信仰や習俗を取り入れ、日本に入ってきました。

本書はここを起点とし、その後「地獄」がどのように発展し、姿を変えていったかを追いかけています。言い換えれば本書は、「地獄」を通して日本人の死生観を見つめようとしています。

著者は日本仏教美術史の専門家ですから、いわゆる地獄絵を評するのは当然のことです。本書で特筆すべきは、ふつう美術の範疇に入らないもの――戦後に制作された映画など――を対象にすることによって、概括的に日本人の描く「地獄」を把握しようとしている点です。「地獄めぐり」とはまさに言い得て妙のタイトルだと言えるでしょう。

個人的には、怪談映画の巨匠・中川信夫の作品が取り上げられているのをとても嬉しく思いました。

地獄を生から語る

本書は、地獄太夫について語ることからはじまっています。
地獄太夫とは一休宗純のパートナーとして有名な遊女です。絶世の美女であったと伝えられています。

現代日本では僧侶が妻帯するのは当然のことになっていますが、もともと仏教には不淫戒という戒律があり、僧はこれを守るべきであるとされていました。
一休はこの戒律を無視する破戒僧であり、遊女の里にも幾度となく足を運んだと伝えられています。地獄太夫とはそこで出会い、行動をともにすることになりました。

余談ですが、この一休宗純が、テレビアニメでも描かれたとんち小坊主の一休さんです。じつはあのアニメには、一休は南朝の天皇の子であるという裏設定があり、やんごとなき生まれだとされています。将軍・足利義満が彼を「一休殿」と呼び、決して蔑まないのは、彼が単なる小坊主ではないからです。

閑話休題。

地獄太夫は伝説上の存在であり、フィクションの可能性が高いといわれていますが、すでに江戸時代には一休とともに語られるようになっていました。本書の最初の図版も、地獄太夫の画になっています。

地獄太夫は最高級の遊女らしく、あでやかな着物をまとっています。しかしその着物には詳細に地獄が描かれている――本書は、ここからスタートするのです。
美しくエロティックな存在が地獄をまとっている。じつは、これが地獄という場所の性質を表現しています。地獄は単に死と暴力に支配された場所であるばかりでない。エロティシズムに満ちあふれた場所でもあるのです。

そういう目で見ると、地獄絵に描かれた、責めさいなまれる裸の女たちはとてもエロティックであることがわかります。

地獄絵は、死と暴力とともに、エロすなわち性(生)をも表現している。日本人は地獄に相反するふたつの要素を見てきたのだ。本書の主張を乱暴にまとめるとそうなります。
本書はそれを、カラー刷りした図版(本書に収録された絵はほとんどがカラーです! やっぱりエロは色つきじゃないと!)で紹介し、興味深い解説がつけています。

地獄は隠したものが現れる

もうひとつ、本書の重要な特徴は、歴史を表面から眺めていただけでは見えにくい事項を引き出すことに成功しているところです。

たとえば、本書は地獄絵を子細に眺めることで、村落では堕胎や間引が頻繁におこなわれていたことを指摘しています。堕胎・間引された子は人として登録される前になきものにされてしまうため、基本的に歴史の表面に現れることはありません。しかし、地獄絵を眺めていると、それがわりとありふれたことだったことがわかるのです。

著者は次のように語っています。

なぜ私たちは「地獄」に惹きつけられ、魅了されるのか、その理由を具体的かつ実証的に説き明かすことを各章それぞれにおいて目指した。
そうした観察と考察を経ることにより到達したのは、地獄絵や地獄映画などは、表層的には悪を戒め封じ込めるかのように見えるものの、実は深層的には私たちの心のなかにある暗い欲動を認め解放してくれるための視角イメージとして機能してきたこと、すなわち過去から現在そして未来へと地獄が存在する意義と歴史的な必然性とが確かめられたのである。

表層だけを眺めるならば、地獄に表現されているのは戒めです。「悪いことをするとこういうところに行くぞ」。誤解を恐れず簡単に言えば、地獄絵とは脅迫の道具であると言えるでしょう。
しかし、そこには通常は現れ出てこないものが表現されます。隠したいこと、心の奥底に宿したこと、意識していないこと。

本書はその両面から地獄を眺め、説き明かしています。大げさにいうならば、本書は地獄めぐりをすることで、新たな歴史の姿をだどろうとしているのです。

なお、上記のようなテーマであるため、本書は西洋の地獄についてはふれられていません。手っ取り早く知りたい人は、ダンテの『神曲』を見るとよいでしょう。永井豪先生によるマンガもあります。西洋の地獄めぐりの話です。

レビュアー

草野真一 イメージ
草野真一

早稲田大学卒。元編集者。子ども向けプログラミングスクール「TENTO」前代表。著書に『メールはなぜ届くのか』『SNSって面白いの? 』(講談社)。2013年より身体障害者。
1000年以上前の日本文学を現代日本語に翻訳し同時にそれを英訳して世界に発信する「『今昔物語集』現代語訳プロジェクト」を主宰。https://hon-yak.net/

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