■あの運慶が修理を担当!? 仏像研究の第一人者から教わる東寺展の仏像のみかた
東京・上野の東京国立博物館(東博)で開催中の特別展「国宝 東寺─空海と仏像曼荼羅」は、連日多くの参観者が訪れて活況を呈しています。
真言宗の開祖・空海が唐からもたらした密教法具や経典類をはじめ、彫刻・絵画・書跡など名宝約110件が一堂に会しているとあって、何度も会場に足を運んでいる人も多いとか。
前回は、日本の仏像研究の第一人者で、2月に『ミズノ先生の仏像のみかた』という本を上梓された水野敬三郎先生に、展覧会の大きな見どころである東寺講堂の諸像(「仏像曼荼羅」と呼ばれる群像)の顔や全体のかたちのみかたについて教えていただきました。
そこで、今回はさらに深掘りして、これらの仏像のつくり方やつくった人たちなどについてうかがいました。
講堂の仏像はどれも木彫像ということですが、どうやってつくったのでしょう?
ミズノ 今回出展されている15体のうち11体が平安時代前期につくられたもので、いずれも一木(いちぼく)造りというつくりかたです。
一木造りとは像の頭と体の中心に一本の材を通すつくり方で、張り出した腕や坐っている像の膝などは、材の大きさとの関係で別の材をついでいることが多いのですが、この講堂像では坐っている像でも、腕は別として両膝と台座蓮肉までヒノキの一材から彫り出しています。干割れを防ぐため後頭部や背中を刳って、蓋板をあてています。そして全体に、あるいは部分的に木屎漆(こくそうるし)という、漆に木の粉や小麦粉を混ぜたものをつかって形を仕上げているのです。
講堂の仏像はどんな人たちがつくったのでしょう?
ミズノ 奈良時代の後半に、像の大体の形を木彫でつくり、それに木屎漆をかけて仕上げる木心乾漆造りが盛んに行われました。東寺講堂の仏像をつくった工人たちもそんな奈良時代の伝統的な技法に習熟していたことを思わせます。
奈良の東大寺などの仏像をつくっていた人たちが、平安京の仏像づくりにも流れ込んできたのでしょうね。
かれらは、奈良時代以来の技術の伝統に立ちながら、真言密教の理念の実現に燃える空海の構想と指導にふれ、空海がもたらした密教図像を参考にしながら密教彫刻としてのあらたな表現を開花させたといえるでしょう。
「仏像曼荼羅」の仏像は、五仏だけが金色にピカピカしていますが、五菩薩は黒ずんでいますね。
ミズノ 金色に輝いているのは漆箔(しっぱく)という表面仕上げです。
まず木彫の表面全体に布を貼って、それからその上に錆漆という砥の粉をまぜた漆を塗って、さらにその上に漆を塗る。そして金箔を置いていきます。
五仏の出陳された4体は江戸時代につくられた新しい像なので金箔が残っていますが、五菩薩は金箔が剥落してしまい、下地の漆がみえているのです。もとは全身が金色でした。
五大明王や四天王も、もともとは金色だったのですか?
ミズノ ふつう漆箔するのは仏や菩薩で、明王や四天王は彩色を施します。
よくみると、部分部分に彩色が残っているのがわかりますよ。ことに持国天の左膝や右肘などの彩色や切金の文様がみやすいです。
本当ですね! 今回の展示は像をぐるりとみることができるから、背面の彩色もわかりますね。
ミズノ 年月が経つと表面仕上げが剥落したり、像そのものが傷んだりしますから、講堂の仏像は幾度も修理されています。
実は、鎌倉時代には有名な仏師の運慶が修理しているんです。
その際に偶然、仏像の頭部から舎利(釈迦の骨もしくはそれを模した玉など)や梵字の真言(陀羅尼。密教で本尊を讃嘆、祈願する句など)を記した紙などが発見されるという大事件がありました。
えーっ、あの運慶がこれらの仏像を修理しているんですか! でもなんで頭に舎利が入っていたんでしょう?
ミズノ 仏像の中に納めるものを納入品といいますが、最初はやはりお釈迦さまの骨である舎利を入れたと思います。
中国では、4世紀くらいの金銅仏で、頭が大きくて肉髻(にっけい。頭がもりあがった部分)に穴があいていてそこに蓋がしてあったと思われるものが残っています。いまは蓋もなくなって空っぽですが、おそらく舎利を入れていたのでしょうね。日本でも像内に舎利を入れた記録が奈良時代からあります。仏像の中に仏の魂を入れるという意味合いがあるのでしょう。真言の納入も同様です。
仏像には表面からだけではわからない秘密があるのですね。講堂の仏像の秘密がわかったところで、この展覧会で、ほかにみのがせない仏像はありますか?
ミズノ 兜跋毘沙門天立像は、中国の唐時代につくられたもので、かつて平安京の正門である羅城門の楼上に安置されていたと伝わるものです。
兜跋毘沙門天は国を守護するという中国の伝説があり、それにあやかって平安京鎮護のために羅城門に安置されたのでしょう。
見た目が海老の腹のような「海老籠手」という防具やスカート状の甲(よろい)などに、中央アジア風の特色がみられます。目が光っていますが、これは黒い石を入れているためです。
もうひとつ作品をあげれば、女神坐像(国宝)ですね。東寺境内の鎮守八幡宮に伝えられた八幡三坐像のうちの1体です。
もともと日本の神さまは姿が見えないものとして像であらわさなかったのですが、仏教が入ってきて仏像がつくられると、それをまねして奈良時代の末から神様の像、神像があらわれてきます。この作品は初期の大きな神像としてたいへん貴重な例です。
ミズノ先生は、仏像をながめて「きれいだな、かっこいいな」だけではもったいないとおっしゃいます。つくりかたや、作者の意図を知ることによって仏像をみる楽しさがもっと広がることを教えていただきました。そして、東寺の1200年にわたる歴史には、密教の仏像だけでなく、中国からやってきた毘沙門天像や神様の像など、さまざまな信仰の姿が伝わってきているのですね。
会期はいよいよ後半。後期だけの展示品もありますから、前期の展示をみたというみなさんもぜひ後期展示もご覧になって、東寺の文化財の全貌を堪能してください。
特別展「国宝 東寺-空海と仏像曼荼羅」
会期 | 2019年3月26日(火)~6月2日(日) |
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会場 | 東京国立博物館(東京・上野公園) |
公式サイト | https://toji2019.jp |