この本は、「現代ビジネス」の連載コラム『長谷川幸洋「ニュースの深層」』で健筆をふるっている著者が、日本が直面している課題に大胆に切り込んだ指南書とでも呼べるものです。歯に衣着せぬ筆法で外交、国防、憲法、野党等について縦横に論じています。といっても折々のトピックスに触れただけの時務情勢論ではありません。本書の冒頭で書いているように著者が自らの「方法論」を開示し、それをもとにして今の日本が問題とすべきものは何なのかを明らかにしようとした1冊です。
・シンプルな「権力者の絶対法則」
日本の舵を取っている権力者(=為政者)の意図を知るにはどのようにすればいいのでしょうか。
「次の展開を予想する」には、内側に立って考える作業が不可欠だ。なぜかといえば、理由は単純だ。権力者自身は、けっして事態の外側に立っているわけではないからだ。
彼らはいつだって「内側」にいる。それは当たり前だ。彼らが内側にいなければ、権力者ではあり得ない。そんな彼らの思考と行動を読み解いて、次の展開を予想するには、自分も彼らの立場に身を置いて、情勢を判断しなければならない。
確かに「自分自身が権力者のように事態のど真ん中に立っていたら、どうするか」、どのようにすれば権力を維持し、自分の目的に沿った政策を実行できるかを「思考実験」していみれば権力者(=為政者)が今何を課題としているかが分かります。そしてその想像した内容(意思・目的等)と、客観的な状況をできるだけ正確につかめば権力者は何をしようとしているのか、そして何が起きてくるのかをつかむことができます。実際、著者はこのようにしてさまざまな政局を読み、予想を的中させてきました。(その実例も語られています)
長年のジャーナリストとしての活動の中で著者は「権力を握る者は、日本であれ世界のどこかの国であれ、物事の考え方や判断、行動に『絶対法則』のようなものがある」と気づきます。
この「絶対法則」とはどのようなものでしょうか。それがどのようなものかは、安倍政権の憲法改正への進め方にはっきりとあらわれています。
それは「できないことはしない。できることを少しやる」というものです。じつにシンプル。けれどこれこそが権力者の「絶対法則」の1つなのです。
政治にとって重要なのは、やるべきか否(いな)かではない。あくまで「実際にやれるかどうか」。そして「結果を残せるか」である。よく言われる「政治は結果だ」とは、そういう意味だ。実際にやれもしないのに理想論で手を付けてしまって、結果的に政権が壊れてしまうようでは最悪である。
安倍政権が、自民党の改憲草案である自衛隊の国防軍化ではなく、自衛隊の憲法明文化へと舵を切った背景にはこの「政策運営の絶対法則」とでもいうものが見てとれます。ハードルの高い国防軍ではなく、自衛隊の憲法明文化を選び取ることで、憲法改正というゴールに向けて「少しずつ」進めるというのが権力者の意思でした。そして「総じて見れば、国防軍提案より賛成が増えている」ようになったのです。本書で10ページ以上にわたって論じられた安倍総理の改憲観はじっくり読んでほしい箇所です。権力者(=為政者)が自己の政策(目的)を進める上で何を恐れ、何に注視しているのかを論じているこの箇所からは、安倍改憲の諾否ということを超えて学ぶべきものがあります。
そして安倍首相の「できることからまず一歩」という姿勢に著者は権力者の「現実主義」というものを見ています。だからこそ「政策運営の絶対法則」に則った判断ができたのでしょう。著者の安倍政権の高評価にはこの政権が「現実主義」に立っているというところにあります。
「現実主義」という視点からさらにいくつかの「絶対法則」を著者は導き出しています。
・権力者が権力を維持するには「首尾一貫した論理」がなければならない。
・平時に無用な戦いはしない。強い相手と戦う時は、最後の瞬間に仕掛ける。
・経済政策では「国民のホンネに寄り添う」こと。(ホンネがいずこにあると見ているのかは本書を読んでください)
・交渉には「ヤサガタ」と「コワモテ」が不可欠。(この典型がトランプ政権)
・「現実主義」者の強さ
国家の存立に深く関わる外交、安全保障については、その処方箋を含めれば4章に渡って詳述されています。著者自身の「現実主義」が遺憾なく発揮され、トランプ、習近平、プーチン、金正恩、文在寅らの人物論を含む論述にはジャーナリストとしての著者の面目躍如たるところです。これもまた本書の大きな魅力だと思います。
怜悧なメスさばきを見せる著者の基本にあるのもまた「現実主義」というものです。そして、その「現実」を直視せずに、本来は次元が違うものであるはずの「理想」を対置しているというのが著者の野党批判の根幹にあります。
自分の理想ばかりにこだわって日本や世界を眺めていれば、必ず情勢判断を誤ってしまう。なぜなら、理想はあくまで理想であって、現実に立脚した情勢分析ではないからだ。(略)
権力者が現実主義に立っている限り、市井(しせい)の人々も現実主義に基づいて事態を観察していれば、おのずと「権力者の次の行動」が見えてくる。理想主義では、判断を間違える。そもそもレンズが曇っているからだ。
現実の「判断」にいたずらに「理想」を混入させてはいけない。それでは眼前の問題を見落とすことになる。(大塚家具の騒動がこの一例としてを語られています)
自分の目を曇らせるレンズは著者の言う「理想」だけではありません。時には「使命感」「自負心」なども曇らせる一因となりかねません。
政策というのは、難しい話でもなんでもない。現状にどんな問題点があって、それを改善するにはどうしたら良いか、という話だ。
相手の過大評価、過小評価は判断の大敵です。レンズを曇らせずに見つめること、それができる人たちには「勝利の絶対法則」が見えてくるでしょう。なにしろ「権力者になれない人たちの『絶対法則』も、確実に存在する」というのですから。
この本を読んでいる時にある本の一節が思い出されました。
「彼を知り己を知れば百戦殆(あやう)からず。彼を知らずして己を知れば、一勝一負す。彼を知らず己を知らざれば、戦う毎に必ず殆(あやう)し」
現実主義の最たるものでなければならない兵法家(戦略家、軍事思想家)孫子の著作の一節です。著者の「思考実験」に通じるものがあります。そしてこの本から他者をつかみ「絶対法則」を活かすこと、それが未来の予測・希望に資することになる、そのようなことを感じさせる1冊です。
レビュアー
編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の2人です。