"時宜にかなう"という言葉があります。「①時勢にかなうこと。②ちょうどよいころあい」(講談社国語辞典より)という意味で、ものごとのタイミングの重要さをあらわしたものです。「いつ」ということは5W1H(When、Where、Who、What、Why、How)の筆頭(?)に置かれているにもかかわらず、これを正面から捉えた本はそうありません。(時間について科学的・哲学的に考えた書籍は数多くありますが)
つまり、目的(希望や夢)をかなえる方法をいろいろ教えてくれる本はあっても、それらを「いつ」やればいいのか、効果的に実践するには「いつ」がいいのかをビビッドに語ってくれるものは少ないのです。この本は「いつ」実践するのがいいタイミングなのかについて科学的な知見をもとに考察・提案した好著です。
1日の活動傾向
次のグラフはLIWC(言語調査と言葉のカウント)というプログラムで解析された人の活動パターンです。
これを見るとポジティブな気分が午前中と夕刻以降に高まっていることが分かります。ポジティブさが弱まってくる午後に休息の必要性があるということもうなずけます。著者も書いているように、今ではグローバル化などで廃れつつあるというシエスタ習慣も見直しもいいかもしれません。
現在一部で廃止されたシエスタが、甘えた慣習などではなく、実は天才のひらめきにも等しい、生産性を高めるイノベーションだとしたら?(略)注意力を高める休止は致命的な過ちを防ぎ、リフレッシュ休憩はパフォーマンスを高める。
つまり「休憩を組織構造の重要な要素」として考えて、休憩を「確保し増やす」ことは人間の活動を高めることに繋がります。人も組織も「休憩は怠惰のしるしではなく、強靱さのしるし」ということを自覚しなければなりません。
自分の体内時計を知る
ところで午前中がポジティブになる時間だといわれても、人によっては朝(午前中)が苦手だという人もいると思います。「いつやるか? 今でしょ」は少し前の流行語ですが、この「今」は必ずしも万人共通というものではありません。「今やろうと思ったのに」というCMがあったように、人によって違いが見られます。
人間は誰もが同じように1日を経験するわけではない。「クロノタイプ」、つまりわたしたちの生理機能と心理に影響を与える概日リズムの個人的パターンは、各自異なる。
体内時計と呼ばれるのがこの概日リズムです。 いわゆる"朝型""夜型"というのはここからきています。そこで自分がどのような体内時計の持ち主なのかが分かる3つの問いがあります。
1.通常、何時に眠るか?
2.通常、何時に起きるか?
3.その中間は何時になるか? つまり、睡眠の中間時刻はどこに当たるか?
これらの回答をグラフ化したのが次のグラフです。朝型と呼べる「ヒバリ型」、夜型といえる「フクロウ型」、そして著者が名づけた「第3の鳥」というものが60%強をしめているのが見てとれます。
この3つの型に添った著者が提唱する好ましい(効果的な)活動を分析した一覧表があります。
インスピレーションのパラドックス
この表を見ると分析的な作業はポジティブさが高まっているときに適し、洞察的な作業はポジティブさが弱くなっているときに適しているということがわかります。実は、分析的作業では集中力が必要なのに対して、洞察的な作業(=ひらめき)は「注意深さと抑制はさほど必要とされていない」のです。
つまりひらめきが重要な要素でもある「イノベーションとクリエイティビティは(略)最高の状態でない場合に最大の力を発揮する」ということが生じているのです。これが「インスピレーションのパラドック」と呼ばれているものです。
こう考えると、自分の体内時計に適した作業活動を心がけることが好ましく効果的ということがわかります。たとえばフクロウ型の人は、ムリをして午前中に集中力の必要な作業をしないなど、ヒバリ型と異なった活動をすればいいのです。自分の型を知って、それにそった活動をすることが結果的には周囲にも良い効果を与えていくのではないでしょうか。
スタートを考えてみる
「いつ」ということを考えたときに大事なのは「スタート」のタイミングです。日ごとの活動でも自分の型に合わせて「正しいスタート」で1日を始めることができればいうことはないのですが、なかなかそうはいきません。うまくいかないと思った時は「スタートし直す」ことを心がければいいのです。それは「休憩・昼食」の後なのかもしれません。
この「スタート」「再スタート」という考え方は人の一生についても言えます。「転職」や「結婚」あるいは「離婚」などがこれにあたります。
また、通常の人が午後にポジティブさが下降する時間があるように、人生にも「中だるみ(中間地点)」が訪れます。やる気を失わせることもあるでしょう。でもそのことにとらわれ過ぎることはありません。中だるみの「不振を刺激に変える3つの策」があります。
1.中間地点を意識すること。気づかないままにしてはいけない。
2.あきらめるきっかけではなく、目を覚ます機会として使う。
3.中間地点で、ほんの少しだけ自分がリードされている、または後れを取っていると考えてみること。これによって、モチベーションが活性化される。
中断もまたモチベーションのアップに繋がる
モチベーション・アップでとてもおもしろいことが指摘されています。ヘミングウェイはしばしば文章の途中で執筆をやめることがあったそうですが、それにふれて……、
人は完了した課題よりも未完了の課題のほうをよく覚えている傾向がある。
「ツァイガルニク効果」と呼ばれているものです。「続きが気になる」という気持ちになったことは誰にもあるでしょう。途中でやめたことのほうが記憶に残りやすいのです。このあたりは『モチベーション3.0』で「やる気」という人間の内面に着目した著者ならではの「中だるみ対策」です。あえて中断することで新たな「モチベーション・アップ」をもたらそうというものです。
ここまで来るとこの本が『モチベーション3.0』と深く関わっていることが感じ取れます。ある1日の中で私たちの「やる気」がどのような変化を見せ、また、何に対してより有効に働かせることができるか、さらに人の一生で「やる気」を失うことなく充実した日々をおくるには「いつ」、なにをすべきか……。これを正面からとらえたのがこの本です。
以前は、タイミングがすべてだと思っていた。今では、すべてがタイミング次第だと思っている。
この本の最後の1文です。自分なりに適した「いつ」を心がけて過ごすこと、「いつ」を間違いなく決断すること、それが充実した日々をもたらすことになる、それらを強く思わせてくれた1冊でした。
レビュアー
編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の2人です。