95歳を人生の終焉として生活設計をする『人生設計100年時代』を考えなければならない」という著者の思いを込めた1冊です。「人生の後半戦」に予期していなかった困窮に陥らないためになにをすべきか……。心がけなければならないこと、またやらなければならないことは何かを説いた実践的処方箋です。
退職後に必要な資金は?
退職後の基本的な収入は年金ですが、いったいどれくらい支給されるのでしょうか。「平成28年度厚生年金保険・国民年金事業の概況」による年金支給額は以下の通りです。(いずれも平均値)
・企業に勤めている夫と専業主婦
厚生年金:146000円
国民年金:57000円
・共働き
男性老齢年金平均年金月額:177000円
女性老齢年金平均年金月額:109000円
では退職後に必要な資金総額はどの程度になるのでしょうか。それをあらわす計算式があります。
・退職直前年収×生活費レベル×生活年収=退職後の生活資金総額
※生活費レベルとは退職後に就労時に比べてどれくらいの生活レベルをするか(目標代替率)という数値で平均70%弱です。
著者が収入・支出のサンプルとして計算した一例が載っています。
著者によるとこの「生活費レベル(目標代替率)」という考え方はまだ日本には浸透していません。退職後は一律で生活費支出(定額引き出し)を考えている人が遥かに多いのです。けれどこの「定額引き出し」には危険があります。(この危険性は第5章に詳述されています、是非読んでください。簡単にいえば長期運用ということを考えた場合には定額引き出しでは資産の溶け出しが早くなります)
サンプルとはいえ自助努力5600万円はとても大きな数字です。驚く人が多いでしょう。ですがここからが本書の本領発揮。この金額を「いかに引き下げるか」の検討から退職後の生活スタイルの提案が始まります。
「退職後の生活で大きな支出」を聞くと、1番は26.6%が挙げた食費、2番は22.3%が挙げた税金・社会保険料、そして3番目は17.5%が挙げた医療費です。(著者のアンケートによる数字)
すぐ分かるように食費以外は節約することが難しいものです。では食費ならできるのでしょうか? 著者の答えは否定的です。なかなか思っているようにはいきません。ではどうすれば……。
個別の支出項目を考えるのではなく、「目標代替率を包括的に引き下げる」という方法です。
でもそんなことができるのでしょうか?
ところが、物価が1割安いところに引っ越すとしたらどうでしょう。たちまち、それほど難しく考える必要はなくなってしまうはずです。(略)
ただ、ここで大切にしたいのは、「生活水準(Living Standard)」ではなく「生活費水準(Living Expenditures)」を下げるという考え方です。
著者が進めるのは地方都市への移住です。特に住みやすいのは人口50万人都市です。これくらいの規模ですと医療サービスなどをはじめ、生活の利便性が保たれるからです。単なる田舎へ移住するというわけではありません。さらにこれに人口密度を勘案した著者の進める候補都市が挙げられてます。
物価指数が低い地方都市へ移住すれば確かに「目標代替率を包括的の引き下げる」ことは可能です。でもそれだけでは不十分。なぜなら、それだけでは「資産(貯蓄)の取り崩しだけ」をしていることになるからです。日本人の寿命が延びていることを考えれば「資産寿命を延ばす」ことを考えなければなりません。ですから長期的な資産運用、著者のいう「使いながら運用」をする必要があります。
資産を長生きさせるには
この運用は普通いわれる運用とどうちがうのでしょうか。
資産運用というと、多くの方が「いかに増やすか」を重視しますが、60歳以降では「使うこと=引き出すこと」を前提にして、それでも「いかに持っている資産を長生きさせるか」を重視すべきです。
そのために実行すべきことが、著者のいう資産の「定率引き出し」という生活スタイルです。この「定率引き出し」と資産を3%で運用した場合の図があります。
まず生活費の総額を算出し、そこから逆算しています。
4%引き出しで3%運用を実行すると75歳までは資産減少が緩(ゆる)やかになっていることがわかります。ですからあとはこの3%の運用が可能な方法を見つければいいことになります。
なによりも心に留め置かなくてはならないのは「儲けを追求すると、その分、どんどん高いリスクを取り込む」とことになってしまうということです。やはり投資ということを考えるとより有利な利回りとかいうことに頭が向いてしまいます。また投資相談をしても、より有利なもの、ということでのオススメ投資という返事が返ってきがちです。これは要注意です。
「銀行や証券会社の店頭に行って"何か良いのない?"と聞くことだけはやめてください」と申し上げ、「何が儲かるか」という目標を避けるように伝えています。
大事なのは「どれくらいの収益率で大丈夫か」と考えることです。この視点で考えた場合、分散投資のメリットが大きくなるというのが著者の分析です。
それ以外にも無理のない収益率を実現する方法がNISAや投資信託の選びかたを含めて第6章に詳述されています。じっくりと読んでください。「資産を増やす投資」と「資産を長生きさせる投資」との違いがはっきりわかります。さらに第6章では運用益の落とし穴ともいえる「手数料」と「税金」についても解説され、これらへの対処法も詳述されています。
A世代からD世代へ
定年後は著者が「Decumulation(デキュムレーション)世代」とよぶ、「資産を引き出す"下り坂"の時代」です。(資産を作り上げる"上り坂"の時代はAccumulationと呼んでいます)
人生はA世代(資産形成)からD世代(資産引き出し)へと流れ、その頂上が「退職」の時期なのです。
著者が考えたA世代からD世代への人生の計画図です。
こう実行できれば5600万円という数字も不可能ではありません。
人生100年時代では60歳退職だと、あと40年近い生活が待っています。その期間を不安なく充実した生活を送るためには何をしたらよいのか……じっくり考えさせてくれる1冊です。
レビュアー
編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の2人です。
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