2020年、女性の半数が50歳を超える日本。このまま人口減少が進むと2027年に輸血用血液が不足し、2042年には高齢者人口がピークを迎える──。昨年発売の『未来の年表』は、そんな日本の“厳しい現実”をひもとき、大きな話題になった。今年5月刊行の『未来の年表2』では、また別の角度から、超高齢化が進む日本で起こることをカタログのように一覧にした。著者の河合雅司さんと、担当編集の米沢が、シリーズ累計65万部(注:2018/7/5現在)を超えたベストセラーの裏側を語る。
誰しもが一度は考え、誰も実現できなかった本
米沢 今や各方面で話題になっている『未来の年表』『未来の年表2』ですが、最初は現代新書の編集長である青木からお声がけしたんですよね。
河合 私が取り組んできた人口問題について、面白いと思う読者が必ずいるということでした。切り口としてはこの年表スタイルがいいと。「これなら絶対に売れます!」と、青木さんが断言されたんですよ(笑)。
米沢 それを聞いて、最初はどう思われましたか。
河合 また大変だなぁと。我々からすると、こうした未来の年表がつくれないかというのは、みんな一度は考えるんです。でも、なかなか踏み込めない。こうした将来の分析は学者が中心にやっているんだけれども、それぞれ自分の専門分野の中での未来予想になっていくわけですね。住宅政策をやっていれば、「住宅はどうなっていくのか」というかなり専門的なものになる。どんな未来予測や推計も、それを集約するためには、そうしたいろんな分野の専門家からの批評に耐えうるものをつくらなくちゃいけないんです。
米沢 それは大きなプレッシャーですよね。
河合 でも、どうしてもつくりたいという思いもありました。『未来の年表』が出るまで、こんなふうに人口問題を俯瞰的に見たものってなかったので。青木編集長の提案で、「やるか!」という覚悟ができたんです。いざやってみたら、青木さんの見通しどおりでしたね。発売前から大きな反響がありました。
米沢 新書と親和性の高い「現代ビジネス」に、本の「はじめに」を転載したのも大きかったと思います。そこですごく読まれて、アマゾンの予約がぐっと上がり、ランキング1位になってまた注目されるという、いい現象が生まれました。発売と同時に重版が決定して、そこからは毎週重版をかける状態でしたね。
河合 これまで私は堅い本が中心で、新書を出すのは初めてでした。政治記者として政策提言型の記事をいろいろ書いてきた私の背景と、講談社の強みは、かなり異質ですよね。内容としては堅いと思うのですが、それを柔らかく見せたのは講談社の力でした。
米沢 編集としては、いかに手に取ってもらえるかが大事なので、小見出しも週刊誌調に少々過激にしていただきました。それがアイキャッチになって、思わず中を読んでみると、さらにすごいことが書いてある。
河合 両者がうまくドッキングしたことで、読みやすく、一方でとても読みごたえのあるものができました。それがヒットの秘訣だったと思いますね。
第2弾は巻頭カラーで「カタログ」を展開
米沢 『未来の年表』は今年の新書大賞で2位をいただき、喜んでご報告しましたが、河合さんの反応は「芥川賞に2位はないでしょう?」という不満でした。
河合 「1位になれなかったんだ、あなたは」と言われているようなものだと思ったんです(笑)。講談社たるものが、2位で喜んでいてはいけない。
米沢 2位でも凄いことなんですけど、河合さんの言葉にハッとさせられたんです。「次作は1位を獲るぞ!」と2人で改めて誓いました。『未来の年表2』にとりかかったのは、去年の11月ぐらいですね。
河合 正直、データを集め切れるのかという不安はありましたよ。『未来の年表』は、日本の未来図を時系列に沿って、なおかつ体系的に解き明かしたこれまでにない本だったわけですが、そこには人口の将来推計に基づくデータの積み上げが不可欠でしたから。
米沢 そうですね。正確なデータに基づいているからこそ、売れた。2冊目もそこが重要でした。今回は「人口減少カタログ」を入れました。
河合 ギフトカタログやスーパーのチラシのように、一覧して見渡せる形にしようと考えたものです。
米沢 1冊目では、西暦何年に何が起こるかをまとめた「人口減少カレンダー」を見開き2ページで展開しましたが、今回は思い切って巻頭にカラーで折り込みました。「伴侶を亡くすと、自宅が凶器と化す」「食卓から野菜が消える」「灯油が途絶え、凍え死ぬ」など、気になる見出しが並ぶ中で、自分が一番身近に感じる話題から、すぐに該当ページにアクセスできます。裏面には、「庄子(しょうし)家の一日に起きたこと」として、50歳の大作、48歳の妻・初恵、22歳の娘・かなえ、16歳の息子・あきら、80歳の大作の母・トメのドタバタ悲喜劇が描かれました。どの年代にとっても、少子高齢化が切実な問題だということがわかります。
河合 1人の人間でも、立場によって少子高齢化や人口減少問題の影響を感じる場面って違うんですよね。職業人として働いている時間帯に起こることもあれば、地域の担い手として、また家庭の中で起こることもある。本当にいろいろなことが関係してきます。
米沢 庄子家大作(しょうしかたいさく)(=少子化対策)という名前のアイデアも河合さんでした(笑)。
この本ほどポジティブなものはない
米沢 前回は巻末に子どもたちへのメッセージがつづられましたが、今回は大人たちへ。「逃げ切り世代」と呼ばれる世代への思いも込められました。
河合 手紙のスタイルで書いた、私の魂の叫びです。この問題は、すべての世代の方に関わるものです。ただ、その人の人間関係、就いている職業、生まれ育ってきた社会的な文化や時代背景も、全部違います。本では、森羅万象のなかからほんの少しだけつまみ出して、「こんなことも起こるんだから、こういう視点を持てばあなたのまわりの変化も見えてくるでしょう」と提示しているわけですね。待っている未来に対していち早く反応し、自分でうまくこなしていくためのヒントです。ビジネス書でもあり、自分の人生を考える書でもある。
米沢 想像力のトレーニング本とも言えますね。
河合 突きつけられる事実はショッキングですが、この本ほどポジティブなものはありません。我々は覚悟を持たなければならないけれど、知りさえすれば、日本の豊かさを維持するための戦略もあるということを、たぶん日本で初めて書いたものだから。
米沢 なんて、がんばろうという気にさせる本だろう!と思います。2だけでもいいし、両方読めばより深くわかる。多くの方の気づきになって欲しいです。
国内の政治家だけでなく、海外からも注目されている
河合 『未来の年表』と『未来の年表2』の2冊を合わせて読んでもらえれば、少子高齢化、人口減少問題の本質について理解が深まると思います。『未来の年表』では、これから起こる日本社会の進路、見取り図みたいなものがある程度わかって、『未来の年表2』ではそれに対する心構えや、自分個人で何ができるのかを考えてもらうことができます。その意味では、2冊を同じタイトルにしてよかったと思いますね。順番通りでなく、『2』から先に読んでもらっても大丈夫ですし。
米沢 むしろ、『2』だけを読んでもいいですよね。
河合 そうですね。将来に向けての課題というのは、どうしても後回しにされがちです。こうした問題を俯瞰的に捉える『未来の年表』が登場したことをきっかけに、政府内でも人口減少問題への対策を取り組もうという議論がようやく出てきたことは大きな前進ですね。与野党を問わず、多くの政治家がこの本を一生懸命読んでくれました。何人もの大臣から、詳しく話を聞きたいということで私に連絡があり、大臣室に呼ばれましたよ。
米沢 どの省庁にも関わる問題ですからね。
河合 某省では大臣の号令一下で、幹部官僚たちがみんな自腹で買ってくれたという話も聞きました。ある局長は「役所には予算がないので自分たちで買いました」と。ありがたいという気持ちの反面、申し訳ないなと思いながら聞いていましたが(笑)。
米沢 地方の議員さんや公務員の方も、読まなきゃいけないというのがあるでしょうね。
河合 この前も、ある県の幹部職員研修会に講師として呼ばれましたが、自分の県の行く末を考えようということで、皆さん購入されていました。県議会の事務局が議員全員分を購入したという話もうかがいました。
米沢 ありがたい話ですよね。
河合 この本が売れたのは、講談社に一生懸命に売ってもらったというのはもちろん大きいんだけれど、そんなふうに1人で何十冊も買って、取引先や自分の部下に配ってくれている人がいるんですよね。講演先において、あちこちで言われます。「本屋で面白そうだと買ってきて、読んだらものすごく衝撃を受けて、みんなにも読ませてやりたいと思った」と。大学の先生なども、ゼミの課題にしたり、夏休みの推薦図書にしたりしていると聞きました。
米沢 編集部にも、60〜70代の方から「子供たちに読ませました」と感想が届いたり、町内会のサークルで「勉強会をしたいから使わせて欲しい」という問い合わせがあったりしました。
河合 アマゾンでも、ギフトのランキングでずっと上位になっているようです。
米沢 人に教えたくなる内容なんですよね。それもまたヒットにつながりました。
河合 若い人たちと話をしていて少し驚いたのは、今の人にとって「未来」という言葉はけっしてバラ色の夢を描けるものじゃなくて、むしろ考えたくないことだったりするわけなんですね。ただ、私が大学の教壇に立って学生たちにずっと言っているのは「変化があるところにチャンスがある」ということです。これまでにも、公害問題や交通戦争、世代ごとにいろんな社会的課題があって、それぞれに大きな不安を感じながらも乗り越えてきた。そこには、個人で成功する人もいれば、失敗する人もいる。時代が悪いからといって、全員が失敗して、へたれて下を向いて、ということではないんですよね。誰にもチャンスは必ずやってきます。そこでポイントとなるのは、「未来」を直視し準備することなのです。
米沢 そうですね。河合さんの提言する「戦略的に縮む」ということには、私自身すごく共感できます。けっしてネガティブな本じゃないというのを、真剣に取り組むたびに感じます。だからこそやりがいがある。世界も注目しているんですよね。最初の本を出して半年ほどたった頃にイギリスのテレビ局からオファーがありましたが、同じ頃に台湾や韓国でも翻訳本が出版され、今度台湾には河合さんご自身が講演に行かれます。
河合 日本は課題先進国なんですよね。この国の人口問題で起こることは、これから世界中で次々に起こってきます。地球の人口は爆発的に増えていくのですが、それは出生数の増加ではなく、各国の長寿化、すなわち高齢化によるものなんです。子どもの数は減るけれど、平均寿命が伸びて人口が増えるという状況です。日本は各国と比べて20年とか50年、そうした状況になるのが早いわけですね。タイムラグはあれど、日本の課題はこの先の自分たちの姿であると彼らは思っているわけです。だから、日本が人口減少問題にどう対処しようとしているのかすごく関心があるんです。そして、『未来の年表』は、少子高齢化、人口減少問題に対して、初めて、人口が減るならば減るなりにこうしたらいいという方向性を示し、その具体策を書いたものですから、日本国内はもとより世界からも注目されたのだと思っております。
米沢 ある意味、世界史上初の本ですよ。
「牛乳パック」も開けられなくなる世代
米沢 昨年はテレビなどでもバラエティ的に取り上げられて、2を作るときのヒントになりました。マツコ・デラックスさんの番組「月曜から夜ふかし」でこの本が取り上げられたときには若者がすごく反応しましたし、「ミヤネ屋」や「教えてもらう前と後」など、河合さんが出演された番組も5本以上ありましたね。
河合 最初は雑誌や新聞といった活字媒体が取り上げて下さった。ラジオもかなり前からいろいろなパーソナリティの方がこの本をテーマにして番組を構成したり、リスナーに紹介したりしてくれていたというのを聞いています。そういう意味では、新書の読者層じゃない人たちにも広く浸透しましたよね。私は『未来の年表』を出す前から、もともと講演依頼は多かったのですが、この本が出てさらに呼ばれることが増えました。
米沢 河合さんの話が面白いんです。たとえば「自動販売機の運び手がいなくなる」というのは、確かに言われればそうだなぁと思うんですけど、80代以上の高齢者が増えると、「自動販売機にコインが入れられない人が続出する」ところまで、私は想像が及ばなくて。そうか、そうしたら自動販売機の形も変わっていかなきゃいけないんだなぁと。
河合 この本を書いて、いろいろな業界、職種の人たちとディスカッションをする場面が増えました。こちらもそれでまた人口問題で具体的に起こる出来事のイメージが膨らんでいます。私が学ばせて頂くことのほうがもちろん多いのですが、彼らが気づいていなかったことを私が指摘して驚かれることも多いですよ。たとえば「牛乳パック」だって、「高齢化した高齢者」が増えれば、開けられなくなるだろうなと思います。昔は瓶で回収までしていたのを、あの形にしてものすごく輸送が楽になったし、腐りやすい食品であるがゆえに、殺菌できるあのスタイルの「牛乳パック」は合理的だった。でも、それは消費者の大多数が若いから成り立つことですよね。握力が弱り、目が見えづらくなってくる人たちが、開けられなかったら、だぶん「飲まない」という選択になってしまうんですよ。
米沢 確かにそうですよね。商品の形も変えていかなければいけないわけですね。
河合 飲料メーカーの人たちは、中身のことを優先して考えるんですね。より美味しく、栄養価が高くって、安くって、いかに飲み心地がいい飲み物を作るのか、という方向にいくんだけれども、それが消費者の口まで届かなかったら、その努力は無になるということでしょう。持てる重さや、太さというのも関係してきます。こういうお話をすると飲料メーカーの方はびっくりした顔をされますね。運送業の人手不足が広がり、飲料メーカー各社は缶やペットボトルを自販機までどう運ぶのかという問題に頭を悩ませているのですが、容器の問題もあるなんて。
米沢 本当ですよね。最近、バスに乗っていると、車椅子の方が1人乗って来るだけで、運転手が1人で対応して3~4分は遅れるんですよ。それが将来、2台も3台も車椅子の方が乗ってこられたら、どうなるんだろうと思います。
河合 電車やバスの業界は、そういうことも考えないといけない。全部優先席にしなければならなくなると思いますよ。
米沢 そういうふうに、これから変わっていくんだということを知ってもらう本ですよね。
河合 少子高齢化が進み、人口が激減していくことを前提に、我々は頭を使っていかなければいけない時代に生きているということですよね。世の中が変わっていくのには案外時間がかかるので、日本社会にまだまだそれなりの人数の若い人がいる今のうちに、いろいろなことを変えていかないといけません。若い人が大きく減ってしまってから対応しようというのでは、社会の混乱は大変なことになってしまいます。
米沢 「AIやドローンで人手不足が補われる」なんて考えも、甘いと指摘されていましたよね。ドローンで冷蔵庫なんか運んだら、本当に危なっかしくて、外も歩けません(笑)。
河合 世の中には、どこかズレているというか、どうにもトンチンカンな政策やアイデアがいっぱいあります。高齢者の1人暮らしが増えるのです。冷蔵庫や洗濯機を玄関先まで運んでもらってもあまり意味がありませんよね。多くの人は、家の中にまで運び込んでもらい、備え付けまでして欲しいわけでしょう。そういうニーズにAIやドローンは応えられますか? 『未来の年表』を読んで、みんながそういうことに気づいてくれれば、現実的な対応策を考えようという方向に世の中がシフトしていくと思いますし、そうなればよいと思います。
1963年、名古屋市生まれのジャーナリスト。産経新聞社論説委員、高知大学客員教授、大正大学客員教授のほか、内閣府、厚労省、農水省の各有識者会議委員も務める。専門は人口政策、社会保障政策。中央大学卒業。2014年、「ファイザー医学記事賞」大賞を受賞。主な著書に『日本の少子化 百年の迷走』(新潮社)、『地方消滅と東京老化』(共著、ビジネス社)、『医療百論』(共著、東京法規出版)、『未来の呪縛』(中公新書ラクレ)がある。講談社現代新書より昨年6月に『未来の年表』を、今年5月に『未来の年表2』を刊行。