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2018.04.28

レビュー

人間は遊びで進化した!「ホモ・ルーデンス」という“理想の講義”

人生には遊びが大切だ──。気分として心にあっても、言葉にすると空々しい。働く大人はそれどころではない。それでも、ひとが「遊び」の大切さを思うのは大人になって子どもが遊ぶ姿に接し、自分にないその真剣さに触れたときだ。

人間社会も「遊び」をすっかり無くしたとき、ようやくその大切さに気づくのだろうか。だとすれば、20世紀を代表する歴史学者ヨハン・ホイジンガは人類の気づきを少しだけ先取りしていた。

『ホモ・ルーデンス』が発表されたのは今から80年前の1938年である。その後、「遊び」をめぐる如何なる言説も本書を素通りすることはできないほどの、まさに古典中の古典だ(本書を発展的に継承したのがロジェ・カイヨワ著『遊びと人間』である)。

ホイジンガ曰く、人間とは「ホモ・ルーデンス=遊ぶ人」のことである。遊びは文化に先行しており、人類が育んだあらゆる文化はすべて遊びの中から生まれた。つまり、遊びこそが人間活動の本質である。

本書冒頭に掲げるこの命題を実証するべく、古今東西の文化の森に分け入り、その起源に遊びの要素を見出していくのだが、その前段階として第一章ではまず「遊びの形式的特徴」を次のようにまとめている。

遊びは自由な行為であり、「ほんとのことではない」としてありきたりの生活の埒外にあると考えられる。にもかかわらず、それは遊ぶ人を完全にとりこにするが、だからといって何か物質的利益と結びつくわけでは全くなく、また他面、何かの効用を織り込まれているものでもない。それは自ら進んで限定した時間と空間の中で遂行され、一定の法則に従って秩序正しく進行し、しかも共同体的規範を作り出す。それは自らを好んで秘密で取り囲み、あるいは仮装をもってありきたりの世界とは別のものであることを強調する。

つまり、
① 自由な行為である
② 仮構の世界である
③ 場所的時間的限定性をもつ
④ 秩序を創造する
⑤ 秘密をもつ
これが遊びの5つの形式的特徴。さらに機能的特徴として「戦い(闘技)」と「演技」を挙げる。

「遊び」についてこんな風に考えてみたことはなかったが、こうして定義されると「遊び」の概念がにわかに輪郭をあらわしはじめる。

たしかにひとは「物質的利益のため」でもなく、命令されるのでもなく、遊ぶことそれ自体が面白いから遊ぶのだから「①自由な行為」に違いない。また、傍目には夢中に見えても、遊ぶ本人には「②仮構の世界」にいる意識があるというのも納得。だから彼らは日常生活からの「水差し」に対して敏感なのか。この定義を読みながら、お面を被ってヒーローになりきる子どもにカメラを向けてシラケさせた苦い記憶も蘇った。そのほかの「形式的特徴」も然り。「機能的特徴」に関して言えば、「ごっこ遊び」などは、まさに「戦い」「演技」の両機能をあわせもつ遊びに違いない。

各人の子ども時代の記憶を振りかえりながら、実体験に即して「遊びの定義」を再確認できるのも本書の魅力のひとつだ。

これらの定義をもとに、ホイジンガは第二章以降で古今東西の文化の森にぐんぐん分け入っていく。インドネシアや北米など原始的古代社会の話をしたかと思えば、ローマ時代から中世、ルネサンスを経て産業革命以降の近・現代社会の話にまで及ぶ。誰もが十分に知っているはずの「遊び」を定義することで時空を超えたあらゆる文化とを結び付け、歴史学や民族学、言語学などを統合した独自の見地からつぎつぎに実証していくのだ。

祭礼行事はもとより、音楽、文学、哲学、演劇、舞踏、スポーツなどの「文化」と聞いて誰もが思い浮かべるもののほか、商業、工業、近代科学、裁判、議会政治、戦争なども、その範疇にある。文化というより人間の営為すべてと言った方がいいくらいである。

読みはじめると、めくるめく“連続講義”に圧倒されっ放しだ。とくに「遊びと知識」をめぐる第六章がすごかった。人間が学問というものを獲得していく過程を、ホイジンガ自身が楽しみながら、まさに「遊び」の真剣さで語る息づかいが伝わってくる。

昨今の大学では、「教養学部」は消え、「一般教養」科目も影を潜めていると聞くが、もし学生時代に戻れるのなら、入学1年目にはこんな授業を生で受けてみたかった! そう思わせる"理想の講義"だ。その意味でも、本書はこの春に学問をはじめるすべての新入学生に、ぜひ薦めたい1冊。訳者里見元一郎氏による巻末解説を道標にして、ホイジンガが「遊び」をモチーフにしながら企てた壮大な文明論を存分に噛みしめて欲しい。

レビュアー

河三平

出版社勤務ののち、現在フリー編集者。学生時代に古書店でアルバイトして以来、本屋めぐりがやめられない。夢は本屋のおやじさん。

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