禅という言葉から何を思い浮かべるでしょうか? ZENは今では日本を超えて世界中に浸透しています。スティーブ・ジョブスを始めとしてZENに傾倒した西欧人は多く見うけられ、また「わび」「さび」など禅の影響を受けた日本文化も広く浸透しています。
その一方、禅というと、落語の「蒟蒻問答」のようにわけのわからない「禅問答(=公案)」を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。著名な禅僧・白隠の公案の1つに「両手をうてば声がするが、隻手(せきしゅ、片方の手)には何の音があるか」というものがありますが、直感でなにかを感じとれなければ、どう答えていいか困惑することもあるでしょう。(もちろん気の利いた答えが求められているわけではありません)
このような公案という問答はなぜ生まれたのでしょうか……著者はこう断じています。
公案体系とはつまるところ、シミュレーションゲームである。先人の悟りを模擬体験することによって、その境涯、あるいはそれと思しき気分を体得するのである。それを次から次へと繰り返すうちに自らのうちに確実に起こる変化、それを期待するのである。
つまりは「教育システム」。そして公案をすべてクリアすると「印可」が授けられます。しかし印可といっても……、
これは悟ったということの証明ではない。しいて言えば基礎過程修了証、後世にほぼ誤りなく方法を伝え得る人材としての評価を得たということである。もちろんそんな中から傑物が育つこともあるが、望外のことと言ってよい。
実に身も蓋もないいい方に思えますが、これがこの本の特長の1つです。寸鉄人を刺し、またさまざまな雑念を斫断(しゃくだん)する文章です。これこそ、対象にリアルに立ち向かう態度ではないでしょうか。このような既成の教えや権威(高僧や教団等)に惑わされまいとする著者の言葉は禅の高僧へも向けられます。この本の後半の道元、白隠、鈴木大拙についての論は高僧たちが何にぶつかり、また何に屈し、またそこから新たな道へと向かっていったのかを、少しの先入観も交えずに論じています。
この本に底流する著者の視点は過去を超えて極めてアクチュアルなものに思えます。とりわけ「ポストモダン」「合理主義・非合理主義」についての1節は現代の日本にそのまま当てはまる指摘があります。これらを論じ、さらに鈴木大拙の戦争協力にまで言及した章はじっくり読んで欲しい箇所です。
では、そもそも禅とはどのようなものでしょう。仏教の歴史の中で禅はどういう位置にあるのでしょうか。
禅宗の生起は既成仏教への批判であり失望であり、直接自らブッダたらんとした運動であった。
ブッダの教えはこのように記されています。
ブッダによって開始された教えの思想史的意義は中村元博士による『ゴータマ・ブッダ』に次の如くに要約されている。
1.仏教そのものは特定の教義をもたない。
2.現実の人間をあるがままに見て、安心立命の境地を得ようとする。
3.人間の理法なるものは固定したものではなくて、具体的な生きた人間に即して展開するものであるということを認める。
この総括に柔軟なブッダの教えが適格に表現されている。
そして著者はこう続けています。
しかしかくも簡明で教義らしきものも持たぬブッダの仏教が、それ故に却って後世で様々な議論の対象となり、そこから様々な思弁が凝らされ、精緻な、あるいは些末な煩瑣哲学的思考が積み重ねられて行くことになる。
このような思考の先で禅は生まれました。その禅が(日本で)広まるまでの仏教展開史を「沈黙と饒舌」をキーワードにして語られたのがこの本です。
まずなによりも、決して多弁でなく「道を歩み続けた」ブッダの仏教は本来「簡明で教義らしきものも持たぬ」ものでした。それにもかかわらずブッダの死後、「ブッダの言葉を文字化し、経典作成を始めた」ことにより、ブッダの「教え」は大きく変化・変貌していったのです。
その1つは文字化することによる教えの客観化、そして精緻化でした。つまり仏教の学問化です。アビダルマ仏教の出現です。そこでは認識論、存在論等さまざまな哲学的思考が繰り広げられました。膨大な経典はその思考の軌跡でもあります。「饒舌」の時代です。しかしそこで繰り広げられた言葉は現実から乖離するようになっていきました。
いくら言葉が溢れても、仏教は叡智を獲得すること、そしてそれに則って「よく生きること」を期する運動であった。実践・実修を伴わぬ仏教は仏教ではない。それは言葉を弄するだけのただの仏教学である。
(略)
硬直して、現実を生きる人々の願いとは無縁の存在となっていた講壇仏教を尻目に、初期の禅僧たちは自らの信じるところを頓着なく語った。
ところがここに早くも禅宗の難しさがあらわれました。それはブッダ回帰によって「孤」としての修行にいそしんだ禅僧も弟子を持ち、また教団化するなかで新たに教学を言語化する必要が生じたのです。沈黙の修行と言語化した教えです。悟りへの道、またさらに悟りそのものの解を求める人々に言葉で答えることが求められるようになったのです。
ことのほか「沈黙」の重さを知っている禅僧が言葉を使ってなにかを伝えようとする。その矛盾、それが禅の語録であり公案でもありました。もちろん言葉自体が問われることも含んでいました。
言葉は人の表現機能の重要な一部ではあるがその全てではない。そんな不自由ともいえる言葉での伝達がうまくいかぬ場合、とるべき態度は二つに分かれる。一つは更に言葉を尽くすこと、もう一つは沈黙すること。それかあらぬか、饒舌な禅僧もまた少なくはない。一般に禅録は弟子の手になるものである。しかし、中には自ら筆を執って多くの著作を残した禅僧も多い。
たとえば道元。彼は、永平寺を開山し、曹洞宗を打ち立て、難解な『正法眼蔵』を始め多くの著作を著しました。その一方で修行者としては「只管打坐(しかんたざ)」を主唱した高僧です。
道元に対しての著者の愛情あふれる批判はこの著作でも称美に値する章だと思います。自らの使命に従い、既成の経典の再解釈・字義の再定義を行うことを始め多くの業績を残しています。けれど彼もまたある陥穽に陥りました。
本来、道元の目指したものは、対立を超克して、全てを抱合するブッダ直系の仏法の実現であり、そのための批判であったはずである。ところが批判はしばしば自らを批判対象と同一のレベルに引き下げ、自らを対立する一歩の極に偏在させてしまうことになる。直截な言語行為の限界、と言ってもよい。
この言語行為の限界というものはこの本の重要なモチーフです。悟り(=真理)は伝えることができるのか、誤解をおそれずにいえば、個の体験は他者に伝えることができるのかという問いだと思います。いくら真理だと力説しても、それは主観以外のものを保証しません。また、仮に悟りが希有な体験だとするならば、それはなにをもって普遍化できるのだろうか。言葉にはなにをこめることができるのかという問いです。
この本は人間にとって言語とはなにかという問いを追究したものでもあります。その時、こんな言葉が思い出されます。
「私を理解する人は、私の命題を通り抜け──その上に立ち──それを乗り越え、最後にそれがナンセンスであると気づく。そのようにして私の諸命題は解明を行う。(いわば、梯子(はしご)をのぼりきった者は梯子を投げ棄てねばならない)
私の諸命題を葬りさること。そのとき世界を正しく見るだろう」
そしてまた
「語りえぬものについては、沈黙せねばならない」(ともにウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』野矢茂樹訳)
この苦闘はこの本で描かれた禅の高僧に通じるものだと思います。じっくり読んで欲しい1冊です。
レビュアー
編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の2人です。
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