満員電車。他人の肌に触れ、四方から圧迫される……。思い出しただけで気持ちが悪い。乗客からしたらそんなの無いに越したことはない、本当に。
あんな環境に身を置かれたら、そりゃ殺伐として朝からイライラしちゃいますよね。仕事の生産性も下がりますよね。
なので小池百合子都知事が公約「満員電車解消」を掲げた時は、「やるじゃん! 頼みますよ!」と喜んだものだ。やってもらおうと期待して投票した人も多いのでは?と思います。
当選し蓋を開けてみたら、その方法は「車両を総2階建てとし2階にもドアを設置。ホームも2層化して1階と2階同時に乗り降りできるようする。」というもの……。
そんな細長い電車、カーブ曲がれないでしょ? ホームが2階建てって、1階の天井高はどのくらいを想定しているの。かがむの? 今の架線はどうするの?
……などツッコミどころは多すぎましたが、大々的に改革してやろうという意気込みや本気度は伝わってきたし、問題提起としてはインパクトがありました。
そしてなんとこれから紹介する本書にも2階建ての話が出てきました。都知事の案とは何が違うのでしょう? その話はまた後ほど……。
本書「全国通勤電車大解剖」はダイヤ、配線、車両、施設、都市開発……あらゆる角度から、日本の超過密運転の秘密とその課題について切り込んだ大作です。
届いて手にした瞬間「これは辞書か事典か!」と思いました。そのくらい物理的にも内容的にも重たい。ずっしり。著者の川島令三氏は数々の鉄道に関する本を書いてきた「鉄道アナリスト」。鉄道大好きで関連本をよく読む方ならご存じのはず。既刊の他の本同様、これももれなく鉄道への熱量がもの凄い本です。
第二章「地域別・路線別のラッシュ事情徹底チェック」だけで約160ページ。この重量感!
第三章「各駅の乗車人数でわかる混雑状況」から、鉄道に詳しくない人でも読める程度に、親しみやすい内容になってきます。
個人的には、私はここ数年東急線沿線に住んでいるので「田園都市線の混雑は横浜市営地下鉄ブルーラインと接続したことが大きい」「横須賀線の駅ができて、急激に発展した武蔵小杉駅」「少子高齢化が止まり都心回帰現象が起こってきた東急池上線洗足池駅」などを特に面白く読みました。
第四章「満員電車アラカルト」も鉄道トリビアに溢れていて「へーへーへー!」でした。
便利だと思っていた、同じホームで乗り換えができる御茶ノ水駅(中央線と総武線)、赤坂見附駅(銀座線と丸ノ内線)が、列車遅延などが起こるとホームに人がたまり大混乱になるという話。だからほとんどがわざと一度コンコースを経由するようにできているとのこと。ずっと「全部の乗り換えが同じホームでできたらどれだけ便利だろうか!」と思っていたのですが、視点を変えるとなるほど違うものが見えてきます。
第五章「ホームドアが普及していないわけ」、第六章「流行の「通勤ライナー」を考察する」もフムフムと興味深く読んだあと、ついに大本命、第七章「混雑緩和に秘策はあるか?」。
ずばり書いてしまうと
・編成両数を増やす
・広幅車両にする
・運転間隔を短くできる新しい信号保安装置の採用
・2つの線路で交互に発着する方法
・多扉車やワイドドア車の導入
などが挙げられています。それとともに出てくる問題もきちんと提示されています。
これだけではありません。混雑緩和策はまだまだ著者の頭の中に構想されています。
・車両性能の向上
・交互発着駅を拡大する
・千鳥式運転をもっと大々的に採用する
・両側ホームの設置
・有効床面積を広げる
・田園都市線は新幹線規格の新線建設が最も有効的
・2階建特別車を連結する
個人的には「千鳥式運転」と「2階建特別車両を連結する(※ホームは通常)」が現実味があるかと感じました。
先に述べた2階建て車両・2階建てホームの話は「有効床面積を広げる」の項目で登場します。でも川島氏は「新線建設して新幹線規格の車両にするなら可能」という風に言っており、既存の施設を改良する・山手線でやる、ではないので都知事の案より安心です。
エピローグ「利便性向上・混雑緩和のジレンマ」は最後の最後に一転した内容でこれまた驚きました。
「混雑は鉄道会社の努力でひと昔前よりかなり改善されたし、改善しても環境が良くなってまた沿線の人口が増えていたちごっこなだけだし、それって東京の一極集中を増長するだけだし、もう緩和しなくていいんじゃないか?」といった内容。
言われてみればそうかもしれない……。
東京一極集中に弊害しかないのか、否か、という議論から始めなくてはいけないので、真面目に考え始めるとあまりの根の深さに目眩がしそうですが、問題提起をし、我々に自分の頭で考えことを促してくれるという点で評価できます。
「都知事の満員電車解消策って、結局時差ビズだけなの?」とブツブツ批判するだけではなく、我々一般市民も満員電車問題について、本質はどこにあるのか、どんな方法があるのか、思いを巡らせてみませんか?
レビュアー
一級建築士でありながらイラストレーター・占い師・芸能・各種バイトなど、職歴がおかしい1978年千葉県生まれ。趣味は音楽・絵画・書道・舞台などの芸術全般。某高IQ団体会員。今一番面白いことは子育て。