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2018.03.14

レビュー

「山崎50年」に3000万円の値がつく科学的理由──ウイスキー“熟成”の神秘

ウイスキーファンの方もそうじゃない方も何となく「古いお酒は高い」「最近日本のウイスキーが人気で価格が高騰している」というイメージがあるのではないでしょうか。2011年にサントリーが1本100万円で売り出した「山﨑50年」は即完売、お酒好きの間では大きな話題となりました。

それから数年たって2018年3月現在、同じ「山﨑50年」がAmazonにも出品されていますが¥30,000,000というとてつもない値段がついていました。300万円じゃないですよ、3,000万円です。思わず0の数を何回も数えてしまいました。1月には香港のオークションで3,250万円で落札した方がニュースになったので、このウイスキーの相場がそのくらいまで上がっているのでしょう。

100万円で売られたはずのウイスキーの相場がそれほどまでに高くなる理由はなぜなのか?

それは"希少性"、ウイスキーの熟成の難しさにあります。

例えばワインには100年ものの古酒が存在しますが、ワインの値段は主に“ブランド”、造り手やぶどうの作られた年によって左右されるので、ただ古いだけのワインがそこまでの価格になることはまずありません。

■瓶のなかで熟成するワインと、樽のなかで熟成するウイスキー

ウイスキーというと、常温でその辺に置いておいても腐らない印象がありますよね。

多くのワインも樽やステンレスタンクのなかで熟成させられた後に瓶詰めされますが、コルクを通じて酸素が瓶の中と外を行き来できるので瓶のなかに入ってからも“進化”を続けます。しかし、ウイスキーの場合は樽のなかでもっとも美味しい状態まで熟成させた後に“空気が遮断された状態”で瓶詰めするので、その後に味が進化することはないと言われています。

つまり、ウイスキーは樽のなかにある期間がそのまま熟成期間となるわけです。天然の樹木で作られた樽に詰められたウイスキーの原酒は、“天使の分けまえ”と呼ばれる自然な蒸散により毎年目減りしていきます。

ウイスキー樽の「呼吸」によって樽から蒸散するエタノールの量などの低沸点成分の量は、貯蔵庫のある土地の気候風土の違いにもよるが、最初の年は2~4%、それ以降は年に1~3%であるといわれている。(中略)480リットルの樽であれば、最初の年に10~20リットル、それ以降は年に5~15リットルのウイスキー原酒が蒸散していることになる

間をとって仮に年に2%ずつ減っていったとすると、50年後には174.8リットルしか残らない計算になり、長期間樽の中に入れておくのは“とてつもなくコスパが悪い行動”といえます。ちなみに、この計算に基いた100年後の残量はわずか63.5リットル、もし年に3%ずつ減っていった場合はわずか22.8リットルとなります。

では、なぜそれほどまでに目減りさせながらもあえて樽で熟成させるのでしょうか?

そこに迫ったのがこの『ウイスキーの科学』という本です。

第一部……ウイスキーの歴史、世界5大ウイスキーの概要、ウイスキーができるまでのおおまかな工程について
第二部……「麦芽」「仕込み」「発酵」「蒸留」「樽」「貯蔵」という工程について
第三部……熟成の不思議について

三部構成で「ウイスキーのプロフィール」「ウイスキーの少年時代」「熟成の科学」と分けられた本書ではウイスキーの美味しさと熟成の関係の謎に迫ります。

ウイスキーの美味しさのもととなるのは「水」「エタノール」そして、熟成に使われる「樽由来成分」。これらが長い年月の間に混ざり合って変化し、美味しくなるとされています。そこで鍵を握るのは「樽」の存在です。

しかし、その熟成と「樽」の関係は大きな謎に包まれており未だに解き明かされていません。“1700年代にイギリスで密造ウイスキーをそこにあったシェリー樽で貯蔵したら偶然美味しくなった”というきっかけがあってから現在に至るまで、蒸留機や原料の配合は進化しても「樽」の仕組みはほとんど進化していないそうです。

具体的にわかっている反応といえば、樽を通して徐々にウイスキーに溶け込む酸素による酸化反応、酸化生成物とアルコールによるアセタール化反応やエステル化反応、という具合に限られてしまう。だが、それらの反応生成物だけでは、とても熟成ウィスキーの品質についての説明はつかない

筆者は「熟成にはまだまだ謎が多くて分からない」というものの、様々な角度からその美味しさの謎に迫ろうと試みており、読み手はその情熱に圧倒されます。

この本は超初心者向けのウイスキー本ではありません。ウイスキーと料理の簡単な合わせ方やバーでのウイスキーの選び方など簡単に楽しくウイスキーの基礎知識が学べるというような内容を想像して手に取ったら、第三部で繰り広げられる化学式を交えた説明に挫折してしまう可能性はあるでしょう。

ですが、普段からウイスキーを飲んでいてお気に入りの銘柄がある人や、NHK連続テレビ小説「マッサン」を観ていて、ある程度ウイスキー知識がある人なら「そういうことだったのか!」と思わず膝を打つような事実が並んでいます。

ウイスキーのもっとも素晴らしい点は「ゆったりした気分にさせてくれる」という点ではないでしょうか。度数の高いウイスキーは、一気に飲み干すお酒ではありません。重たいロックグラスに綺麗に削られた大きな丸氷。氷がグラスに当たるカラカラという音も耳に心地よく響く。目で、耳で、そして舌でゆっくり味わう。

ワインのように「香りが、粘性が、品種が……」といちいち品評しながら飲む煩わしさもなく、余計なことを考えずにお酒と一対一で向き合うことができるのが魅力だと思います。

また、管理が大変で瓶ごとの味の差が出てしまうワインに比べて、保存性にも携帯性にも優れているウイスキーは、いつ訪れても笑顔で迎えてくれる馴染みのお店のような安心感があります。

こういったウイスキーの良さがわかるようになるのが、オトナになるということかもしれませんね。読んだら得た知識を片手にバーに繰り出したくなる、ウイスキー愛が深まること間違いなしの1冊ですよ。

レビュアー

上岡史奈 イメージ
上岡史奈

20代のころは探偵業と飲食業に従事し、男女問題を見続けてきました。現在は女性向け媒体を中心に恋愛コラム、男性向け媒体では車のコラム、ワインの話などを書いています。ソムリエ資格持ちでお酒全般大好きなのですが、花粉症に備えて減酒&白砂糖抜き生活実践中。

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