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2018.01.04

レビュー

暗躍した「工作員・西郷隆盛」の裏面史──時代をこじ開けた圧倒的な知謀!

今年のNHK大河ドラマ主人公・西郷隆盛は同時代の人からはどう見られていたのでしょうか。

おれは、今までに天下で恐ろしいものを二人見た。それは、横井小楠と西郷南洲とだ。(略)西郷はどうにも人にわからないところがあつたヨ。大きな人間ほどそんなもので……小さい奴なら、どんなにしたつてすぐ腹の底まで見えてしまふが、大きい奴になるとそうでないノー。

よく知られた勝海舟の『氷川清話』の西郷隆盛を評した1節です。また、同書には坂本龍馬が海舟に語った西郷のこのような印象も載っています。

坂本が薩摩からかへつて来て言ふには、成程西郷という奴は、わからぬ奴だ。少しく叩けば小しく響き、大きく叩けば大きく響く。もし馬鹿なら大きな馬鹿で、利口なら大きな利口だろう。

ともに語られているのは西郷の人間としての大きさというものでしょうか。さらに西郷というと「子孫に美田を残さず」という言葉に代表されるように、明治政権の藩閥腐敗に抗した人としても語られています。

情理を尽くした人として多くの日本人に敬愛されている西郷に新たな光を当てたのがこの本です。その光によって浮かび上がらせた西郷像は「工作員」というものでした。むしろ工作員というよりも昨今の用語でいえば“インテリジェンス”というほうがふさわしいかもしれません。

藩主・島津斉彬に抜擢された西郷は「幕府実力者や他の有力大名、公家など関係者のところに出入りし、人脈を作り情報を収集する役目」である「お庭方」として歩み始めました。人脈作りはインテリジェンス(諜報活動)の基礎になります。この時の人脈が後の西郷のインテリジェンス活動に大いに寄与したのはいうまでもありません。

さらに著者がインテリジェンスの基本条項を2つ上げています。
1.政敵に暗殺されない:最大の方法は敵に利用価値があると思われること。お互いの利益になるような信頼関係を築く。情報の交換。
2.中立:どちらにも味方しない意思と能力を身につける。自分の立場が強いことと筋を通すことが条件。

西郷はこれらをどう実践したのでしょうか。

西郷ネットワークには、狂信的な尊皇派もいれば、尊皇などとは無縁の人もいる。攘夷派も開国派もいれば、家老も中級加給武士もいる。一見、統一性のない人々とつきあっているように見えますが、実は一本筋が通っています。西郷が重視したこと、それは改革派であることです。

さらに西郷の気質について触れた箇所で、

よく言えば正義観が強い、悪く言えば激情家で人の好き嫌いが激しい人物です。だからこそ、敵と仲良くしていても自分に対する利敵行為はするはずがないと、対立する双方から信頼されるのです。

こうした西郷の性格を知ると王政復古の大号令直後に開かれた小御所会議の逸話もよくわかります。この小御所会議では大政奉還した徳川慶喜の官職(内大臣)辞職および徳川家領の削封が論議されました。山内容堂の強い反対で会議が紛糾した際に西郷は困惑する同志にこう囁いたそうです。
「短刀1本あればカタがつきもんそう」

君子のイメージが強い西郷ですが、実はテロリスト同然であったというように語られることになった挿話がこれです。ですがここで見過ごしてはいけないものは西郷が何を見ていたかということです。

大政奉還はしたとはいえ、いまだに最大の実力者である徳川慶喜はなにをもくろんでいたのでしょうか。なによりまず倒幕の名目を奪うこと、しかもその上、慶喜は朝廷に政権担当能力がないことを見据えていました。この時点では諸外国は徳川政権を承認していたこともあり、政治の実権は慶喜が握っていました。つまり大政奉還はあくまで形式的なものに過ぎず、徳川体制(幕藩体制)のリニューアルにしか過ぎなかったのです。西郷の目に慶喜は「西郷が重視した改革派であること」にまったく反した反動勢力として映っていたのです。こうして西郷は「幕末政局において、西郷は徳川との戦いに奔走して」いきました。

この本で描かれた徳川慶喜には新君家康以来の名君といわれていた面影はほとんどといってありません。己を頼むことが多く、独断専行で政局をかき回す姿があるばかりです。慶喜の目的は政権の継続というものでしかありませんでした。大政奉還で“徳川幕府をぶっ壊す”といったのに、実際行ったことは“自己政権の継続”と“反対勢力の排除”でした。なにやら現在の日本でも見られる“政治的な蛮行”の原型にも思えます。

西郷にとっては江戸=慶喜政権ではないのですから、海舟と談じて江戸無血開城を決断したのも彼の行動原理からすれば当然だったのかもしれません。これこそインテリジェンスであり革命家であった西郷の最大の功績です。

この本で描かれた「戦いに生きた革命家」としての西郷の精神はどう受け継がれていったのでしょうか。この本の最終章では革命家・西郷隆盛と政治家・大久保利通を対比させ、それぞれの夢をおっています。西南の役で西郷は敗死し、その悲劇を乗り越えて近代日本国家の成立を目指した大久保もまた暗殺されます。2人の巨人の死の上に近代日本は作られました。その日本は、彼らが夢見たものであったのでしょうか。

ともあれ幕末・明治初期の日本を駆け抜け、いまも多くの日本人に敬愛されている巨人の隠された像を描いた興味あふれる1冊です。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。

note

https://note.mu/nonakayukihiro

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