綾辻行人さんの『十角館の殺人』が刊行されてから今年で30周年。2017年は新本格ミステリのメモリアルイヤーです。
このたび講談社タイガから刊行された2冊の新本格30周年記念アンソロジー『謎の館へようこそ』は、「館」が各作品共通のテーマです。『白』に6名、『黒』に6名、いずれも現代本格の最前線で活躍する作家12名の豪華な顔合わせとなりました。
以下、掲載順に各作品を紹介させていただきます。
『陽奇館(仮)の密室』東川篤哉
東川さんらしい、くすっと笑えるユーモアミステリです。「陽気」な「奇術」の館で「陽奇館」。タイトルの(仮)は誤植ではなく、陽奇館がまだ建築途上の建物だからです。その陽奇館の一室で殺された大御所マジシャン。現場は内側から鍵のかかった密室でした。館物で密室──まさしく本格ミステリの王道です。本作は、本格ミステリ未体験の読者にとって、素敵な入り口になるのではないでしょうか。
『銀とクスノキ ~青髭館殺人事件~』一肇
かつて43人もの人たちが忽然と消え去った、いわくつきの館「青髭館」。女子高生の楠は、その館で友人の七雲恋を殺害します。ところが翌日、ふたたび青髭館を訪れると、死体が消えていた。誰かが死体を移動させたのかもしれない、と疑う楠の前に、いずれ稀代の名探偵になると豪語する謎の男子生徒が現れます。死体消失の謎。男子生徒の謎。友人殺しの秘密を抱えた少女が、必死に救われようとしてもがく物語は、意表外の結末とともに閉じられてゆきます。
『文化会館の殺人──Dのディスパリシオン』古野まほろ
井の頭文化会館で開催されたアンサンブルコンテスト。トップバッターは吹奏楽の名門、吉南女子高生によるホルン四重奏でした。しかし、一番奏者の少女が、ありえないミス。ほどなく少女は校舎4階から落ちて、死んでしまいます。少女の死は自殺か事故か、それとも他殺か。井の頭大学の臨床心理学者、本多唯花が名探偵を務める本作は、2冊のアンソロジーのなかでも1、2を争うレベルのロジカルなパズラー作品です。本作に魅了された方は、ぜひ、本多唯花が活躍する長編『臨床真実士ユイカの論理』シリーズも手に取ってみてください。
『噤ヶ森の硝子屋敷』青崎有吾
森全体が口を噤んだように静かな場所・噤ヶ森にたつガラスでできたゴシック建築物、硝子屋敷。その硝子屋敷を訪れた数名の男女のうち、ひとりが何者かに殺害されます。現場は密室でした。密室殺人の謎を解く名探偵は、しじら織りの甚平を着ているハリウッドスター級の容姿を持つ男──薄気味良悪(うすきみ・よしあし)です。著者は平成のエラリー・クイーンこと青崎有吾さん。従って、むろん本作も優れたパズラー作品です。読者の盲点を突くアイディアにも驚かされた1作でした。
『煙突館の実験的殺人』周木律
周木律さんといえば、様々な謎と仕掛けで読者を楽しませてくれる「堂」シリーズが有名ですが、デスゲームものの本作でも、巨大な煙突を備えた謎の館「煙突館」が登場します。面識のない8名の男女が煙突館から脱出するための条件は、次々と発生する事件の犯人を推理し、解答すること。しかし、失敗した場合は全員が死亡します。本アンソロジーには「意外な結末」や「どんでん返し」の作品が多いのですが、僕が一番びっくりさせられたのが本作でした。このラストを予測できる読者はほとんどいないでしょう。
『わたしのミステリーパレス』澤村伊智
『謎の館へようこそ 白』のしんがりは、2015年に『ぼぎわんが、来る』でデビューして以来、話題作を上梓し続けている澤村伊智さんです。デートの日、待ち合わせ相手が交通事故に遭ったと聞かされた美紀は、待ち合わせ相手の友人を名乗る男に手を引かれ、車に乗せられます。やがて見知らぬ部屋で目覚める美紀。彼女は、自分は誘拐されたのではないかと疑いはじめます。他方、フリーライターの殿田和孝は、住宅街にたつ古めかしい洋館「ミステリーパレス」の噂を聞き、訪ねることに。無関係に思える美紀と殿田の物語が交わりつつ、ミステリーパレスの秘密が徐々に明かされてゆく本作は、落ち着いた筆致と丁寧に作られたプロットが際立っていた作品でした。
『思い出の館のショウシツ』はやみねかおる
森永美月は子供の頃に「殺人のあった館が焼失して消失」するという奇妙な事件に遭遇します。殺人現場は密室。出火原因は不明。「火事の後、住んでいた人が消失」し、「周りの人の記憶からも、館や住人のことが消えていた」と言うのです。長編『ディリュージョン社の提供でお送りします』で活躍した美月と天才ライター手塚和志のコンビが本作でも活躍。ちなみに美月は、別のはやみね作品にも登場するキャラクターです。本作は、はやみね作品のファンならニヤッとできる短編に仕上がっているので、ファンの方はぜひご一読を。
『麦の海に浮かぶ檻』恩田陸
北の原野の湿原。岩肌に貼りつくようにたてられている全寮制の学校は、特定の富裕層を例外として、一般的にはその存在を知られていません。転入や編入の多い学校ですが、決まって入ってくるのは3月です。ある日、人と接触できない「接触恐怖症」の少女、タマラがやって来ます。そして悲劇が起きます。恩田さんの読者ならすでにお気づきでしょうが、本作は恩田さんの人気長編『麦の海に沈む果実』と世界観を同じくしています。『麦の海に沈む果実』には他にも関連作品があるので、本作をきっかけに恩田作品の魅力にどっぷりハマってみてはいかがですか。
『QED ~ortus~ ──鬼神の社──』高田崇史
タイトルのとおり、高田崇史さんの「QED」シリーズです。藤沢鬼王神社の神宝──室町時代から伝わる鬼の面が盗難未遂(?)に遭います。その事件現場に偶然居合わせたのが、まだ大学生だった頃の棚旗奈々と“タタル”こと桑原崇(たかし)でした。本作でも、崇の歴史に関する博識ぶりは相変わらずの面白さです。「QED」シリーズはそれだけでも一読の価値がある小説なのですが、本格ミステリとしてもよくできています。思いこみや発想の逆転が鮮やかに決まる短編でした。
『時の館のエトワール』綾崎隼
「時の館」に泊まると、過去に戻れるらしい。女子高生のひかりも、最初はそんな噂なんて信じていませんでした。しかし「時の館」に泊まったその日に、精神が未来から過去へと「タイムリープ」しているとしか思えない男子生徒に話しかけられます。時間が過去に戻るという噂は本当なのか。「君と時計」シリーズのキャラクターも登場する本作は、まさかの着地で読者を驚かせてくれます。好き嫌いの分かれる結末かもしれませんが、僕はミステリ作家としての著者・綾崎隼さんの技量を堪能しました。
『首無館の殺人』白井智之
第34回横溝正史ミステリ大賞の最終候補作『人間の顔は食べづらい』でデビューした白井智之さんのエログロ本格ミステリです。惨劇の舞台となった首無館で、ふたたび起こる陰惨な連続殺人事件。僕は本作ではじめて白井さんの小説を拝読したのですが、もう……もう、すごすぎました。本アンソロジー中、作家性を含めて最も衝撃を受けたのが本作であり、白井さんです。綾辻先生曰く「鬼畜系特殊設定パズラー」だそうですが、まったくもっておっしゃるとおりだと思いました。ぶっ飛んだ設定がきっちり伏線になっているところがまたすごい。読んでいて、めまいがしそうになった小説は、たぶんはじめてです(ほめてます)。
『囚人館の惨劇』井上真偽
峠で転落事故を起こした夜行バス。乗客の半数以上は目も当てられない状態でしたが、佐伯と妹のちなみ、他にも数名の男女で、助けが来るまで雨宿りの場所を探して廃屋同然の館、囚人館に避難します。しかしそこで、残酷な殺人事件が発生。佐伯は妹を疑いますが、犯行方法がわかりません。とはいえ、きっと少なくはない読者が、途中までは正しい推理ができるのではないでしょうか。僕も、要するにこういうことだろうと思って読み進めていたら、まんまとだまされました。さすがは井上真偽さんです。著者の長編ミステリとは明らかに雰囲気やテンポが異なる作品なので、井上真偽ファンは必読の1冊です。
アンソロジー2冊とも、どの作品から読んでも構わない
さて、気になった作品はありましたか。本アンソロジーは連作短編やリレー小説ではなく、純粋な短編集なので、どの作品から読んでもらっても大丈夫です。本格ミステリのファンの方も、本格ミステリ未体験の方も、ぜひ本書を手に取ってみてください。きっとお気に入りの作品が見つかるはずです。
レビュアー
1983年夏生まれ。小説家志望。レビュアー。現在、文筆の活動範囲を広げようかと思案中。テレビ観戦がメインですが、サッカーが好き。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。