1939年に刊行されたアガサ・クリスティの長編推理小説『そして誰もいなくなった』は数々の栄誉に包まれたミステリの傑作です。1990年に英国推理作家協会が選出した『史上最高の推理小説100冊』で19位、1995年にアメリカ探偵作家クラブが選出した『史上最高のミステリー小説100冊』の本格推理もので1位、総合では10位となりました。(ちなみに総合の1位は『シャーロック・ホームズシリーズ全作品』でした)
この『そして誰もいなくなった』はクローズド・サークルものといわれる作品です。クローズド・サークルとは、外界との往来が断たれた状況で起こる事件を扱った作品をいいます。
『そして誰もいなくなった』は本格推理ものの不朽の名作の名にふさわしく、多くの作品に影響を与えています。30周年を迎えた「新本格ミステリ」の作品にも大きな影響を与えています。
真っ先にあげられるのは、新本格ミステリの扉を開けた100万部超えのロングセラー『十角館の殺人』です。
『十角館の殺人』(綾辻行人著):有名な推理作家にちなんだニックネームで呼び合っているミステリ研の7人の大学生たちが十角形の奇妙な館が建つ孤島・角島(つのじま)を訪れた。この館を建てた建築家・中村青司は、半年前に炎上した青屋敷で焼死したという。そこには4人の他殺体が残されていた……。その館・十角館を訪れた時、連続殺人が起こった! 予告通り次々に殺される仲間。終幕近くの“一行”が未曽有の世界に読者を誘い込みます。
『そして誰もいなくなった』出版後50年近く立った1987年に出版された、すべてのミステリファンを唸らせたといってもいい作品です。『十角館の殺人』に魅せられてたくさんの方がミステリ作家を目指したそうです。
タイトルそれ自体が『そして誰もいなくなった』へのオマージュとなっているであろうものもあります。
『そして五人がいなくなる 名探偵夢水清志郎事件ノート』(はやみねかおる著):ものわすれの名人で、ものぐさでマイペースの探偵・夢水清志郎。こんな名(迷)探偵が、つぎつぎに子どもを消してしまう怪人「伯爵」事件に挑戦すれば、たちまち謎は解決……するわけはない。子どもから大人まで楽しめる笑いがいっぱいの謎解きミステリーです。
『そして誰もいなくなった』はクローズド・サークルものであると同時に「見立て殺人」ものの傑作でもあります。ご存じのように、この作品では童謡(『マザー・グース』といわれています)「10人のインディアン」の歌詞になぞられて連続殺人が起きます。「見立て」でいえば、新本格には次の作品があります。
『QED 竹取伝説』(高田崇史著):「鷹群(たかむら)山の笹姫(ささひめ)様は……滑って転んで裏庭の、竹の林で右目を突いて、橋のたもとに捨てられた」。不吉な手毬唄(てまりうた)が伝わる奥多摩の織部(おりべ)村で、まるで唄をなぞったような猟奇殺人事件が発生します。QEDシリーズの主人公・桑原崇が事件の謎を解きつ、「かぐや姫」の正体と『竹取物語』に隠された真実に迫ります。
『そして誰もいなくなった』のファンなら見過ごせない作品が「新本格ミステリ」にはそろっています。
『そして誰もいなくなった』から約50年後、『十角館の殺人』の出現によってさらにミステリの世界が広がりました。“十角館後”といわれるくらい、これは“大事件”でもありました。
たとえば「館」と「密室」では
『双孔堂の殺人』(周木律著):Y湖畔に伝説の建築家が建てた、鍵形の館──「双孔堂(ダブル・トーラス)」、そこで起きた2つの密室殺人事件。事件の犯人として逮捕された容疑者は名探偵……!?
『雪密室』(法月綸太郎著):美女からの招待で信州の山荘に出かけた法月警視。招待客が一堂に会したその夜、美女が殺される。旋錠された部屋、建物の周囲は雪一色、犯人らしい人物の足跡もない。この奇怪な密室殺人の謎に法月警視の息子綸太郎が挑戦する!
「孤島」の“十角館後”では……
『黒と茶の幻想』(恩田陸著):学生時代の同窓生だった男女4人は、俗世と隔絶された目的地を目指す。過去を取り戻す旅は、ある夜を境に消息を絶った共通の知人、梶原憂理(ゆうり)を浮かび上がらせた。各人の胸に深く刻み込まれていた彼女の姿……。それぞれの心中に去来するのは封印された過去の事件だった。
また「新本格」は独特の世界観を持つ作品を生み出しました。
『天帝のはしたなき果実』(古野まほろ著):'90年代初頭の日本帝国。名門勁草館高校で連続する惨劇。子爵令嬢修野まりに託された数列の暗号を解いた奥平が斬首死体となって発見される。報復と解明を誓う吹奏楽部員のまえでさらなる犠牲者が! 本格と幻想とSFが奇跡のように融合した青春ミステリ。
『純喫茶「一服堂」の四季』(東川篤哉著):鎌倉にひっそりと佇む喫茶店「一服堂」の美人店主・ヨリ子は極度の人見知り。けれど未解決事件の話を聞けば、態度は豹変、客へ推理が甘いと毒舌のつるべ打ち。そして並外れた思考力で、密室内の「十字架」磔(はりつけ)死体など4つの殺人の謎に迫る。愛すべきキャラクター、笑い、衝撃トリック満載!
30周年を迎えた「新本格ミステリ」は未来に向けてこれからも傑作ミステリを送り続けます。推理、ミステリ、事件、密室、孤島、論理……そして館。どの入り口からでも楽しめるミステリの世界が「新本格」です。
「新本格の世界」に興味を持たれたかたへ!
新本格ミステリの代表作と多彩な魅力を結集したアンソロジーが刊行されます! 読書の秋にうってつけの珠玉作品です。お楽しみに。
新本格の金字塔!
■『十角館の殺人 限定愛蔵版』(綾辻行人)9月6日発売予定!
3冊の傑作アンソロジー!
■『7人の名探偵 新本格30周年記念アンソロジー』(綾辻行人、歌野晶午、法月綸太郎、有栖川有栖、我孫子武丸、山口雅也、麻耶雄嵩)9月6日発売予定!
■『謎の館へようこそ 白 新本格30周年記念アンソロジー』(東川篤哉、一肇、古野まほろ、青崎有吾、周木律、澤村伊智)9月22日発売予定!
■『謎の館へようこそ 黒 新本格30周年記念アンソロジー』(恩田陸、はやみねかおる、高田崇史、綾崎隼、白井智之、井上真偽)10月20日発売予定!
ところでクリスティファンには『そして誰もいなくなった』とならぶ傑作『ABC殺人事件』のオマージュで書き下ろしアンソロジーもおすすめです。
『「ABC」殺人事件』(有栖川有栖、加納朋子、法月綸太郎、恩田陸、貫井徳郎著)
さらにさらに熱心な『そして誰もいなくなった』ファンに。この名作を英語でチャレンジしませんか?
『そして誰もいなくなった And Then There Were None』(アガサ・クリスティ著)
奥深いミステリ・ワールドへようこそ!