通称「警視庁生きものがかり」。そのほのぼのとした響きから、警察が保護した動物を管理する係かと思いきや、ここは絶滅のおそれのある動植物の密輸・売買事件などを捜査するれっきとした部署で、著者は全国でただ1人、警視庁指定広域技能指導官に指定された「希少動物専門の警察官」。
現役の警察官が、実際に関わった動植物事件の捜査手口を明かすわけですから、面白くないわけがありません。
今まで動植物の密輸や売買のニュースを見ても、「ワシントン条約」で定められた輸出入禁止のものが押収されたのかなとしか思わなかったのですが、この「生きものがかり」の仕事は、実に奥が深い。
──傷害や窃盗事件と異なり、生きものの事案は被害者がいないため、すべての事案は捜査員が端緒を見つけることから始まります──
と著者が言うように、捜査や摘発だけでも大変なのに、それを事件として立証することが、こんなにも根気のいる仕事だとは思いませんでした。
なかでも「世界一美しいカメ」と呼ばれ、愛好家の間で羨望の的となっているホウシャガメ(盛り上がった甲羅に放射状の模様があるマダガスカル固有のリクガメ)を巡るブローカーと著者との攻防は、まさに「事実は小説より奇なり」を地でいくものでした。
ペット業者の亀山(仮名) は非常に頭がよく、海外にも独自のネットワークを持つ大物。その亀山が、「希少動物の不正登録」をしているのではないかという情報が、エス(スパイの隠語) からもたらされます。
正規で輸入したホウシャガメは環境省に登録され、正々堂々と売ることができるのですが、当時の日本には13頭しかおらず非常に高価。密輸品は40~50万円で取引されるのに対し、登録証のあるものは倍以上の値段になるというのです。
つまり、国内で繁殖させたカメを新たに登録すれば、正規品としてのお墨付きがつくため、亀山は繁殖させた24頭ものホウシャガメを登録申請し、これが受理されたというのです。
当然、申請が受理されるためには、学術的見地から見て納得できるデータを提出しなければならないのですが、この亀山は専門家が見ても納得してしまう正確で緻密なものを作成していました。証拠写真の中には、孵卵器に入った卵もあったそうです。(実際は、死んだ別品種のカメの卵を使い、それが成長したように見せかけていたのですが)
著者は何度も何度も亀山の取り調べをするのですが、どうしても不正を暴くことができません。
──このカメがしゃべってくれたらなぁ。事件はすぐに解決するんだけどなぁ──
この言葉に思わず笑ってしまいましたが、殺人などと違って罪の意識が薄いこの手の犯罪で、犯人の自供を引き出すのはとても困難であることが伝わって来ました。
捜査に行き詰まっていた著者ですが、大逆転劇の糸口は思わぬところから見つかります。亀山は、マレーガビアルというワニでも同じ手口を使っていたのです。不正を知っていれば、業者はこのワニを買わなかったはずなので、詐欺罪を適用して亀山を塀の中へ送り込もうと画策する著者。
実はこうした犯罪が、どれぐらいの刑になるのか気に留めたこともなかったのですが、あまりにも軽いことに驚きました。
当時、保存法違反の不正登録は、50万円以下の罰金だけ。譲渡違反の場合でも、1年以下の懲役、または100万円以下の罰金のみ。(著者の働きかけなどもあり、2013年には個人の譲渡違反は5年以下の懲役、または500万円以下の罰金、法人は1億円以下の罰金に改正されます)
このときすでに13頭のホウシャガメを販売していた亀山は、たった5ヵ月間で1465万円もの利益を得ていたため、詐欺罪という重い刑罰を適用しようと思ったのです。
結局、2年近い攻防があって亀山は逮捕されるのですが、罪を償って出て来た亀山から著者に「密輸が主体になっているこの業界をきれいにしたいから、協力するよ」と電話があったそうです。亀山が悪事に手を染めたのは、「周りが違法なことをしているのに、警察が何もしないのでバカらしくなった」からだといいます。
なるほど、これは誰もが持っている人間の弱さであり、だからこそ「警視庁生きものがかり」がその存在感を示し、抑止力にならなければいけなかったのだろうと思いました。
「生きものがかり」の仕事は、国内だけでなく海外にも及びます。
犯人を捕まえるためタイへ飛んだ著者は、タイ警察(自腹でご馳走したのにほとんど役に立たなかった) 、日本大使館、現地のエス(スパイ)などと連携するのですが、「タイ国内で事件の話をして職務を遂行すれば、タイの主権を侵害する」ため、犯人が目の前にいても即、逮捕とはいかないというのです。
結局、飛行機の中での逮捕となるのですが、それにもタイミングがあり、飛行機が公海上にいることを示す「公海証明書」が機長から発行されて、初めて逮捕状を示すことができるというのです。
機内で逮捕というニュースを聞くたびに疑問に思っていたのですが、こんな事情があったことを初めて知りました。
こうした捜査上の裏話を知ることができるのも、この本の面白さです。
例えば、密輸ブローカーは、安い海外ツアーをわざわざ空港が混雑している時に設定し、何も知らない一般の観光客を「運び屋」にしているとか、国際郵便で外為法違反が成立するのは、本人が荷物を開けた瞬間で、荷物を開けない限り外為法は成立しないこと。
ペットショップの水槽の下の「引き出し」に密輸品が隠されていたり、ガサ入れをするときの段取り、さらには裁判後の動物がどこに行くのかなど……。
2015年には「警察功労章」(全国優秀警察官)、2016年には、東京の治安維持に尽くした功績でただ1人、「平成28年警視総監特別賞(短刀)」を授与された著者ですが、実は何度も「動物の事件に関わる捜査など警察のする仕事か!」と陰口を叩かれたそうです。それでも、かつて上司に言われたこんなアドバイスが支えになったといいます。
──人に負けない、おまえだけの得意技をつくれ! そうすれば最後(定年)まで専門分野で仕事を続けていける──
生きものについての知識や、動植物学会、研究者、情報源とのパイプすらなく、前例のない事案を試行錯誤しながら解決し、「生きものがかり」の礎を築いてきた著者。パイオニアとなるには、こうした地道な努力の積み重ねと根気が必要なのだと、改めて気付かされた1冊でした。
レビュアー
「関口宏の東京フレンドパーク2」「王様のブランチ」など、バラエティ、ドキュメンタリー、情報番組など多数の番組に放送作家として携わり、ライターとしても雑誌等に執筆。今までにインタビューした有名人は1500人以上。また、京都造形芸術大学非常勤講師として「脚本制作」「ストーリー制作」を担当。東京都千代田区、豊島区、埼玉県志木市主催「小説講座」「コラム講座」講師。雑誌『公募ガイド』「超初心者向け小説講座」(通信教育)講師。現在も、九段生涯学習館で小説サークルを主宰。
公式HPはこちら⇒www.jplanet.jp