中編4作品を収録した連作ミステリです。著者は、大倉崇裕(おおくら・たかひろ)さん。
須藤友三(すどう・ともぞう)は、警視庁捜査一課に所属していたベテランの警部補。「鬼と呼ばれ、犯罪者からも仲間内からも恐れられていた」彼は、偶然通り合わせた職質の現場で頭部を銃撃され、重傷を負います。
奇跡的に助かったものの、退院後は警視庁のリハビリルーム、総務部総務課の「動植物管理係」へ異動を命じられる。失意の須藤は、そこで新米の薄圭子(うすき・けいこ)とコンビを組み、動物が関係した事件を捜査することに。
ここまで書けば、だいたいの方がおわかりになると思いますが、本書は現実には存在しない警視庁の特殊な部署に配属された専従係員が活躍する動物ミステリです。
リハビリを理由に閑職に回された須藤は、捜査一課への未練がたらたら。一方の薄は、獣医学部をトップの成績で卒業した動物に関するプロです。アニマルセラピーにも通じ、生物学の知識も豊富。才媛と呼ぶべき頭脳の持ち主。
実際のところ、薄の動物に関する蘊蓄(うんちく)は読んでいて面白い。現場に残されたペットの様子から真相を解き明かしていく推理力も見事としか言いようがありません。表題作の中編「小鳥を愛した容疑者」では、室内の様子と飼い鳥の十姉妹(じゅうしまつ)を観察しただけで、「その人、多分、犯人です」と見抜いてしまうほど。
もっとも、そうした怜悧な一面を遺憾なく発揮するのは、動物や昆虫など生き物に関する事柄に限定されるようです。普段の薄はおっとりしていて、明らかに“天然”です。才媛の印象とはかけ離れている。それでよく獣医学部をトップの成績で卒業できたなと思うほど、簡単な単語や慣用句の知識に乏しい不思議ちゃん。
須藤「藪から棒に何だ?」
薄「それを言うなら、藪から釘」
須藤「それは糠に釘だろう」
こんな具合ですから、須藤には「人間の言葉も少し勉強しろ」とまで言われる始末。鬼刑事だった須藤と動物オタクの薄は、典型的なでこぼこコンビです。むしろそのコミカルなちぐはぐさが魅力で、動物に関する蘊蓄やミステリの部分だけでなく、ふたりの会話を読んでいるだけでも楽しい小説でした。
それぐらいキャラが立っていますから、読了された方の中には、この1冊でふたりの物語が終わるのはもったいないな、と思われた方も少なくはないでしょう。そこはご心配なく、「警視庁いきもの係」としてシリーズ化されています。
7月にはフジテレビで毎週日曜21時から、須藤役に渡部篤郎(わたべ・あつろう)さん、薄役には橋本環奈(はしもと・かんな)さんで、ドラマも放送予定。このレビュー執筆時点ではドラマはまだ放送前ですが、動物ミステリという異色の原作をどんなふうに活かしているのか、原作ファンとしてとても楽しみです。
ドラマで初めてこの物語を知った方は、原作の小説もぜひ手に取ってみてください。「警視庁いきもの係」シリーズの第1作目『小鳥を愛した容疑者』は、軽快でユーモラスなミステリ作品。動物好きな方にはとくにおすすめしたい1冊です。
レビュアー
赤星秀一(あかほし・しゅういち)。1983年夏生まれ。小説家志望。レビュアー。ブログでもときどき書評など書いています。現在、文筆の活動範囲を広げようかと思案中。テレビ観戦がメインですが、サッカーが好き。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。