エリカ、リンツ、ドゥバイヨルが、何の名前かわかる方は、かなりのツウです。
テオブロマ、レオニダス、デメルは、どうでしょう? それでもダメなら、ロイズ、ゴンチャロフ、ゴディバ、モロゾフ…… そうです、これは全部、チョコレートメーカーの名前です。
『銃とチョコレート』の登場人物には皆、こんな名前が付けられていて、まずクスッ!とします。そして少年少女向けの本だと油断していると、途中から人間の本性を描いたダークな展開となり、オッ!となります。つまりこれは、大人も楽しめるファンタジー小説なのです。
物語の主人公であるリンツ(11歳)は、母親と2人、貧しい暮らしをしています。彼の憧れは、名探偵ロイズ。トレードマークの虫眼鏡を手にした青年ロイズは、多くの難事件を即座に解決したスーパーヒーローですが、怪盗ゴディバにだけは手こずっていました。
「ゴディバはこれまでに20回、犯行をおこなっている。どれも国宝級の宝物さ。でもいつまでもつづかない。ロイズがなんとかしてくれるさ」
そう呟くリンツの夢は、ロイズの助手になること。
そんなある日、新聞にこんな記事が載ります。
「怪盗ゴディバについての情報をもっているきみは、いますぐに探偵ロイズの事務所に手紙をおくってほしい!」
実は、怪盗ゴディバが描いたと思われる「裏に風車小屋の絵が描かれた地図」を持っているリンツ。それは、7ヵ月前、父親と市場に出かけたときに買った聖書の中に挟まれていたものでした。移民として虐げられ、肺病で死んだ父親の形見でもあるのです。
リンツからの手紙を読んだロイズは、早速、秘書のブラウニー、ガナシュ警視とともにリンツが住む町へとやって来ます。最初は老人に扮し、次は画学生に変装して。(変装は探偵もののお決まりですからね)。そして、リンツの地図を預かったロイズでしたが、泊っていたホテルの部屋から地図が盗まれてしまいます。
と、ここまでは、ファンタジー・ファンタジーした話が繰り広げられます。しかし、地図を盗んだ犯人に気付いた札付きの不良ドゥバイヨルが、リンツとともにホテルに行き、そこへやって来たガナシュ警視を殺してしまうところから、物語はダークな方へ。
ガナシュ警視から、地図を取り戻したドゥバイヨルとリンツ。
しかし、警官殺しの疑いは、その場に居ただけのリンツにもかけられると察し、リンツは母を残して、逃亡する決意をするのでした。
家に戻り、旅支度をするリンツ。両親と3人で写っている写真を手にするのですが、元の食器棚に戻します。
「ぼくよりも必要になる人がこの部屋にのこされるから」
11歳なのに、なんと健気なリンツ。
その後、駅に向かっていたリンツは、買い物袋を抱えた仕事帰りの母親と遭遇してしまいます。
「どこ行くの?」
「ちょっと散歩してくる」
「ばんごはんまでにもどってくる?」
「さきにたべてて」
オトナ過ぎるぞ、リンツ。
そして、駅でドゥバイヨルと合流したリンツは、まだ会ったこともない祖父が住む田舎へと向かう列車に乗ります。そうです。ここからファンタジー小説の王道である冒険が始まるのです。
話の中には、ドゥバイヨルの家柄や、移民に対する偏見が盛り込まれていたり、人を騙したり欺いたり、人間の醜さ強欲さ、そしていい人だと思っていた人が本当は悪人で、心優しい人が残酷な本性をあらわす……というあたりが、単なる子供向けではない、この本の魅力となっています。
一体、怪盗ゴディバとは何者なのか? 地図が指し示す場所は? 宝物はどこに隠されているのか? 誰が最初に見つけるのか? と、とにかく、これでもかこれでもかというくらい、ミステリーと冒険とファンタジーの要素が満載です。
ちなみに、盗まれた国宝の名前は「ほほえみダイヤモンド」「おもいでサファィヤ」「いつくしみの聖杯」「わるふざけ王冠」「白銀のブーツ」「英雄の金貨」。
これだけでも、ファンタジー気分が味わえます。たまには、オトナをお休みして、こんな架空の世界を楽しむのもいいかもしれません。
レビュアー
「関口宏の東京フレンドパーク2」「王様のブランチ」など、バラエティ、ドキュメンタリー、情報番組など多数の番組に放送作家として携わり、ライターとしても雑誌等に執筆。今までにインタビューした有名人は1500人以上。また、京都造形芸術大学非常勤講師として「脚本制作」「ストーリー制作」を担当。東京都千代田区、豊島区、埼玉県志木市主催「小説講座」「コラム講座」講師。雑誌『公募ガイド』「超初心者向け小説講座」(通信教育)講師。現在も、九段生涯学習館で小説サークルを主宰。
公式HPはこちら⇒www.jplanet.jp