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2017.08.19

レビュー

世界中のヤバい・グロい地域を単身取材!『クレイジージャーニー』裏本

松本人志、設楽統、小池栄子がMCをつとめる深夜番組『クレイジージャーニー』の出演者としても有名な丸山ゴンザレス氏が、テレビでは伝え切れなかったことを書いた『世界の混沌(カオス)を歩く ダークツーリスト』。

その名前と格闘家のような風貌、そしてコミック風の装丁から、ちょっとディープな旅行記をイメージしていたら、それはとんでもない間違いでした。

本書は、20年近く「危険地帯」を取材し続けるジャーナリストが、麻薬、難民、スラム化、経済格差といった世界中で起きている問題について、命がけで取材したルポルタージュです。


世界を動かすドラッグビジネス

とくに私が度肝を抜かれたのは、「ドラッグ」に関する一連のルポでした。

実は今、アメリカ、メキシコ、ジャマイカをめぐる麻薬ビジネスの姿は、相次ぐマリファナ合法化の流れを受けて大きく変わろうとしているのだそう。

2016年11月にはマリファナ解禁を問う住民投票がアメリカ各州で実施され、50州のうち16州が医療目的限定で合法化、カリフォルニアやワシントンなど9つの州で娯楽目的を含む全面合法化が決まりました。

大国アメリカの決定は、麻薬ビジネスにどう影響するのか。現状を取材したいと考えた著者は、マリファナ畑の農園主にインタビューするべく、ジャマイカへと飛びます。

ジャマイカは旅好きがみな口を揃えて“クレイジー”だというマリファナ大国。しかも目的地の農園は、車を下りてから1時間も歩いた奥地の、目立たない場所にあるといいます。つまり、どんなに叫んでも助けが来ないどころか、殺されて埋められたとしても見つかる可能性がゼロに近い、危険極まりない場所です。私なら、たとえ仕事だとしても絶対に行きたくありませんが、著者は農園主と対話を重ね、海外への密輸方法を聞き出すことに成功します。この農園主のオジサンも、違法なモノを栽培しているわりには、どこか憎めないキャラクターなんです。

さて、ジャマイカ取材後、今度はニューヨークのバイヤーとの接触にも成功した著者はいよいよ、密輸の中継地であり、「麻薬戦争」が激化するメキシコへと向かいます。


なぜメキシコで「麻薬戦争」が起こるのか?

メキシコでは、女性市長が就任翌日に殺害されたり、見せしめのため両手首から先を切断された男女6人が生きた状態で発見されたりと、まさに無法地帯と呼ぶにふさわしい状況が続いています。

巨大な権力を握っているのが、麻薬の生産、流通、販売を一手に担う「麻薬カルテル」。この犯罪組織には、警察や軍でも容易には太刀打ちできないため、武器を持った住民が立ち上がり、「自警団」を形成するようになりました。自警団は、行政や警察の許可を得て武器を保持しており、ときには麻薬カルテルとの銃撃戦も行うというのです。自警団の活躍によってカルテルは追い出され、街に平和が取り戻されたかに見えました。

ところが著者は、自警団と行動を共にし、街の人々に取材をするうち、「自警団が麻薬カルテルと戦う正義の味方というイメージは間違ったものだ」ということに気付かされます。カルテルが消えたことで宙に浮いた麻薬利権に目がくらみ、密売に手を出す者が現れはじめたというのです。

これがメキシコの現状であり、人間の弱さなのかと思わされました。

著者は取材を終えてこう言います。「メキシコやアメリカで起きていることを遠い国の出来事として切り捨てず、注視し続けていくべきだと思うのだ」と。

ゴンザレス氏が凄いのは、滅多に入れない場所、会うことができない人に直接取材し、その懐に入り込んでしまうところです。「世界各地を訪れるたびに小さな努力を重ね、自前のコネクションを作ってきた」といいますが、そのためにはとんでもない年月をかけ、自腹を切ってきたことがうかがえます。

しかも、彼が飛び込んでいくのは、ちょっとやそっとじゃ近づくことすらできない裏社会。いくらテレビカメラが同行していようが、コネを使おうが、いつ銃で撃たれてもおかしくない相手です。本当に「よく生きて帰って来られたなぁ」と思わされます。


政策の失敗から生まれたマンホール住民のその後

私が次に興味を持ったのは、ルーマニアのマンホールの中で暮らす人々でした。

1960年代から80年代にかけて、独裁者チャウシェスク大統領(1989年にクーデターが起き、銃殺刑)は 、人口増加のため「堕胎禁止」の法律を施行。

結果、たくさんの子供が生まれたものの、生活苦から捨てられる子供が街に溢れました。そして、極寒の地で生き抜くために、彼らはマンホールの中で暮らすようになったのです。

昔、テレビでこの映像を見たとき、まだほんの子供なのに親も頼れる人もおらず、家もお金もないのに生きていかなければならない、そんな苛酷な人生に衝撃を受けたことをよく覚えています。

クーデターから約30年。いまもマンホールには、100人近い男女が家族のように暮らしているというのです。大きな体を詰まらせつつ、横穴が掘られた狭いマンホール内を必死に進んで行った著者は、天井には蛍光灯、壁には絵画が飾られ、最先端のクラブのようになっている部屋に案内されます。

マンホール住人のボス、「ブルース・リー」(ちなみに、表紙にも漫画化されて登場している)と交流を深めた著者ですが、ここでもドラッグの取引現場を目撃してしまいます。

日本に帰国後、警察の特殊部隊が投入され、マンホール住民が逮捕されたことを知った著者は、「内部情報を警察に垂れ込むような協力者」がいたのではないかと推測します。そうでなければ、あんなに複雑で狭いマンホールの中で、彼らが簡単に捕まるはずがないからです。

国の無策によって生み出され、マンホールに逃げ込み、違法薬物の取引に手を出した「ブルース・リー」たち。生きていくために必死だった彼らの末路には、複雑な思いを抱かされます。


写真が超リアル

他にも、「スラムと聞けば飛んでいき、取材がしたくなる体質」というだけあって、世界各地のスラム街の話も臨場感たっぷりで読み応えがあります。とくに世界最大と言われるキベラスラム(ケニア)は、異様なエネルギーが写真からも伝わって来ました。

そう、本書の見所は、著者が撮った数々の衝撃写真なのです。

目が潰れて頭から血を流している男性の死体(メキシコ)、密造拳銃を作っている山の中の粗末な工場(セブ島)、約3,000人が暮らす墓場のスラム(マニラ)、地下水路や地下道で暮らすホームレスたち(ラスベガス、ニューヨーク)、5,000ドルで殺人を請け負うスラム街の若い殺し屋(ジャマイカ) etc……。文字にするだけで衝撃が伝わってきませんか。

自分では決して行くことができない場所。誰もが知る大都市の、誰も知らない裏側。混沌とした世界を、旅する気持ちで覗いてみてください。

レビュアー

黒田順子

「関口宏の東京フレンドパーク2」「王様のブランチ」など、バラエティ、ドキュメンタリー、情報番組など多数の番組に放送作家として携わり、ライターとしても雑誌等に執筆。今までにインタビューした有名人は1500人以上。また、京都造形芸術大学非常勤講師として「脚本制作」「ストーリー制作」を担当。東京都千代田区、豊島区、埼玉県志木市主催「小説講座」「コラム講座」講師。雑誌『公募ガイド』「超初心者向け小説講座」(通信教育)講師。現在も、九段生涯学習館で小説サークルを主宰。

公式HPはこちら⇒www.jplanet.jp

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