みなさんはどのような会社で仕事をされてますか?
「温かい会社」「思いやりのある会社」「困難に立ち向かう会社」「鍛えられる会社」というようにいわれている会社の中で、「いい会社」と感じられるのはどの会社でしょうか?
「温かい会社」「思いやりのある会社」ですと余分なプレッシャー、ストレスがなく伸び伸びと仕事ができそうです。「困難に立ち向かう会社」「鍛えられる会社」ですと、厳しいけれど能力が正当に評価されればやりがいが出てきそうな気がしてきます。これらの会社はそれぞれの違いはあっても「いい会社」に思えそうです。あとは働く人との相性(?)でしょうか?
ところが著者の調査によるとこれらはすべて業績がふるわない会社の社員が感じた自社のイメージなのです。「思いやりのある会社」などは、あるいはそうかなとも思えますが、「困難に立ち向かう会社」がなぜ業績がふるわないのでしょうか? どうやら「いい会社」のとらえ方が間違っているようです。その基本的な原因を解明したのがこの本です。
この本のはじめに「高度成長経済から成熟、停滞経済へ移っていき、人口構成もピラミッド型からつぼ型、そして逆ピラミッド型へ移行してきた」今の日本で、従業員と会社との関係はどうなっているのかという問いかけがあります。
今の日本は「経営側に余裕がなくなり」、従業員は「会社への信頼は下落し、働きがいは長期低落傾向にある」というのが著者たちの分析です。かつては「働いている人は大切にされている実感を持つこと」ができていました。しかし、現在では競争の激化、収益を出すために「非正規社員の活用」等が進み、以前のような「信頼関係を持つ」ことが難しくなってきています。
これは同時に「働きがいの下落」を引き起こしています。
──食うために働くことはわかりやすいが、それだけで働くことは辛い。人が最も辛いのは、意味がわからない仕事をすることである。──
仕事に意味を見出せる会社、それが「働きがいのある会社」であり、同時に人を大切にする会社です。それがこの本で追究している「いい会社」の姿です。
この「いい会社」と呼ばれる会社になるには4つの条件があります。
1.時代の変化に適応するために自らを変革させている。
2.人を尊重し、人の能力を十分に生かすような経営を行っている。
3.長期的な視点のもと、経営が行われている。
4.社会の中での存在意義を意識し、社会への貢献を行っている。
この4条件は著者たちが「財務的業績がいい企業」と「長寿企業」を分析して導き出されたものです。分析対象となった会社は、武田薬品工業、花王、トヨタ、ホンダ等の大企業だけでなく、過疎の町にある世界企業として知られている中村ブレイス社、世界最古の企業・金剛組、世界最古のホテル・法師などです。この分析が記された第3章はこの本で最も読み応えのある部分となっています。
この4条件の根底にあるのは「信頼関係」というものです。では従業員との「信頼関係」を会社はどのようにすれば作り出すことができるのでしょうか。
肝要なのは「公正」であるということです。
この企業の公正さには3つの要素があります。
1.分配的公正さ:資源配分が公正である。報酬額が公正に分配されていると感じられること。
2.手続き的公正:資源配分のプロセスが公正である。評価や報酬額を決定するルールがあり、人や状況によらず、その通りに運用されていると感じられること。
3.対人的公正さ:資源配分に関して、一人ひとりの個人に対して尊厳を持って接し、納得できるように説明できること。
ちなみに、この3要素は日米で重点の置き方に差があるようです。
──米国ではルールや手続きが公正かどうかということが組織に対する信頼を形成するうえで大きな影響を与えるが、日本では、一人ひとりの個人に対して、尊厳を持って接し、説明することのほうが、ルールや手続きの公正さを整備するより、信頼を形成するうえで、より大きな要素になるということである。言葉を換えると、一人ひとりに向き合うことは、信頼形成をするうえで、大変重要であることを示唆している。──
一人ひとりに向き合うことが「個と組織の信頼関係」を築くうえで重要であり、それが働きがいを生むことができることになります。
ところでこの働きがいを生む要素についてアメリカの企業の分析が紹介されています。9つの行動が必要とされています。
1.HIRING,WELCOMING:採用し、歓迎する。
2.INSPIRING:触発する。
3.SPEAKING:語りかける。
4.LISTENING:傾聴する。
5.THANKING:感謝する。
6.DEVELOPING:育成する。
7.CARING:思いやる。
8.CELEBRATING:祝う。
9.SHARING:分かち合う。
この詳細は本書を読んでいただきたいのですが、この「働きがい」を生む要素はそのまま日本にもあてはまるように思います。
一人ひとりに向き合うことは当然としても、会社への信頼を生む異なった要素として会社の社会的責任というものも忘れてはなりません。これは働くことの意味づけに大きくかかわってきます。さらに「社会の中で存在意義のある企業」は「これからより必要になってくる概念であり、働く人にとってもより重要になってくる」ものだと考えられます。
これらの立論は、単にかつての「日本型経営」へ戻ろうという主張ではありません。家族型とも称される日本型経営ではなく「個の自律」というものです。
──個がそれぞれ自律して、独立した意見を持っている。思ったことは自由に言えるが、違う意見は尊重される。上司を立てる場面もあるかもしれないが、問題の前では平等にものが言え、よりいい解決策が出される。──
そういう場を持っている会社がこれからも「いい会社」であり続けることができるのです。職場での信頼作りこそがこのような場を作ることができ、将来のダイバーシティに対応できる組織となることができます。それは同時に働くことに意味を持てる従業員を育てることにもつながるものだと思います。
マグレガーの「X理論、Y理論」にマズローの「Z理論」、さらにフランクル(著書『夜と霧』でも知られた心理学者)も視野に収めた「働きがい論」は深く人間を追った労働論だと思います。重厚な1冊です。
レビュアー
編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。
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