中沢さんが体験した人材派遣の苛酷な実態のレポートを中心にまとめられた1冊です。 2年前の出版ですが、現在ではどのくらい改善されているのでしょうか。奇しくもこの本の出版のすぐ後に「改正労働者派遣法」が施行されました。改正法の主な内容は、
1.労働者派遣事業の許可制への一本化:特定労働者派遣事業(届出制)と一般派遣労働者派遣事業(許可制)の区分を廃止。
2.労働者派遣の期間制限の見直し。
・事業所単位の期間制限:派遣先の同一の事業所に対し派遣できる期間(派遣可能期間)は原則3年が限度。
・個人単位の期間制限:同一の派遣労働者を、派遣先の事業所における同一の組織単位に対し派遣できる期間は3年が限度。
3.キャリアアップ措置:派遣労働者のキャリアアップ支援が派遣元に義務付けられ、派遣先にも特定の派遣労働者に対する労働者募集情報の周知が義務付けられる。
4.均衡待遇の推進:派遣元と派遣先双方において、派遣労働者と派遣先の労働者の均衡待遇確保のための措置が強化。
5.雇用安定措置の実施
6.労働契約申込みみなし制度
などが上げられます。
これらの法的措置によって、この本で描かれたような“ブラック企業”がどれくらい放逐されたのでしょうか。あるいは状況は少しは良くなったのでしょうか。
──人材派遣の拡大は正規社員の居場所を減らす。正規社員の地位を失った労働者も人材派遣に頼らざるを得ず、人材派遣が規制緩和される以前であれば普通の生活を営まれたはずの多くの労働者が貧困化し、砂が水中で沈没するように日本社会の底辺にかたまっていく。その反面、身軽になった派遣先企業と、労働者を派遣すれば確実にマージンが入る人材派遣会社かいずれも利益が減る。──
総務省統計局の統計Today(平成27年版)「正規・非正規雇用者数と人口構造の変化との関係」にはこのような記述があります。
・正規雇用者の減少理由:男性の20~59歳を中心に減少傾向で推移。正規雇用者の減少は、非労働力人口が少なく、かつ、正規雇用者の割合が高い20~59歳の男性が少子高齢化により減少するなど、人口構造が変化したことに伴う労働力人口の減少が、要因。
・非正規雇用者の増加理由:60歳以上と女性の20~59歳を中心に増加傾向で推移。非正規雇用者の増加は、非正規雇用の割合が高い60歳以上の人口が増加したことによる影響に加え、労働市場への女性の参加が増加したことなども、要因。
雇用の増加ということがいわれていますが、雇用者数を上げたのは非正規雇用者の雇用であったことがわかります。特にこの本の書名になっている「中高年」の増加が目立っていることがうかがえます。この年代だけでなく、それ以外の年代でも正規雇用になることの難しさが後押しして、派遣労働者は増えています。
──経費削減や税金の無駄遣いの防止、法律遵守や公共の福祉への貢献を求められる多くの団体、企業が、事業入札に安値で臨む人材派遣会社を「歓迎」していることである。──
企業の人件費等のコスト削減もあり、派遣労働者を求めることは減ることはありません。労働力を「商品」として扱えるからです。交換・返品(解雇)しやすい商品として労働市場に送り出していたのが人材派遣会社です。
この本では利益を生む「商品」である派遣労働者を人材派遣会社はどのように集めているのか、その悪例が紹介(体験!?)されています。人材派遣会社による仕事内容の説明が虚偽ということだけではありません。
──求人広告に年齢や性別の制限は明記されていないが、私が一年の日雇い派遣を通じて学んだ「裏メッセージ」がある。たとえば「二〇代、三〇代の女性が活躍中」とあれば、若い女性以外は採用する気がないという意味だ。「元気な学生さんが多数います」は、声の大きな体育会系のノリの学生を求めていると読む。「大勢の仲間ができます」とあれば、「協調性に乏しく内気な人はこないでね」という意味。いちいち広告の裏を読まねばならないのは本当にめんどくさい。──
ほとんどビアスの『悪魔の辞典』のようなブラック・ジョークです。そしてこんなつぶやきがもれます。「まことに悔しいが、中高年が好条件の仕事の面接に呼ばれたら、まず自分はダミーである可能性を疑ったほうがいい」のだと。
なぜこのような募集告知になるのかといえば、人材派遣会社が「年齢を基準にして先行すれば雇用対策法違反になる」からです。
このような中でそして中高年の派遣仕事の代表格に「三種の辛技」と呼ばれるものが残ります。「警備、清掃、介護」です。これらが「中高年がすんなり採用される職種」なのです。
募集段階だけではありません。派遣会社と派遣先での仕事上の責任のなすりあい、当初の条件と異なった働き方、融通のきかない態勢などこの本を読むにつれて、その理不尽なさまにもあきれるほどです。
けれど「雇ってくれるのは向こうだからね。こっちは選べないし」というような声があるように、おとなしい、従順な派遣労働者の上に派遣業が成り立っている(いた?)のも事実です。
これらの解消には、派遣労働者への法的なものを始めケアが求めらるのは当然です。また、中沢さんのいうように「正当な権利意識」を持つことも肝心です。
では欧米の派遣業の実態はどうでしょうか。どの国も「労働者保護を眼目にして」さまざまな施策を行っていることが詳述されています。一読に値します。またイケア・ジャパンの「短時間正社員制度」も紹介されています。この本の中で唯一ほっとする(!)部分です。これらの施策が少なくとも日本の派遣施策より優れているのは間違いありません。
先ほどの改正派遣法で実態は本当に良くなったのでしょうか。まもなく2018年がやってきます。3年の期間を過ぎて「有期契約労働者から無期契約労働者への転換」の時期です。しかし、派遣会社は派遣社員の無期転換を回避するために、それより前に有期雇用契約を雇止めをするのではないかといわれてもいます。いわゆる“2018年問題”です。
規制緩和の流れで唱導された「労働市場の自由化」ですが、それが引きおこした負の側面が中沢さんがレポートしたこの本です。小泉純一郎・竹中平蔵から安倍晋三政権まで続く「労働市場の自由化」は労働者本位のものではありません。「自己責任論(=自己選択)」と相まって格差拡大をもたらした大きな要因になったのが「労働市場の自由化」です。竹中氏がいった「正社員をなくしましょう」発言が、この「自由化」の正体を明かしています。派遣会社のトップのこの発言こそブラック・ジョークでしかありません。
なによりも目前の労働環境の改善は焦眉の急です。実態調査、「派遣労働者への積極的な除法提供」で改善の道を作る必要があります。また、こんなことも考えてしまいます、このような人たちを作り出す「成長とはなにか」と……。ブラック企業をなくすことは重要です。そしてそれ以上に重要なのは、なにがブラック企業を生んだのかということだと思います。この本はそれを考える第1歩となるレポートです。
レビュアー
編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。
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