おもしろい本だなあ、と思った。
なにより、著者の書きっぷりがいい。読者をぐいぐい引っ張っていくその手腕、まったく大したもんである。感服した。世の書き手がみな著者ぐらいの技倆を持っていれば、本は今の100倍はおもしろくなるだろう。さらに、テーマがおもしろい。このおもしろさは、『三国志』とか『太閤記』とか、大河ドラマのおもしろさだ。物語のおもしろさに歴史の重厚さが加わり、ほかでは味わえない体験をさせてくれる。いやー、ほんとによい本ですよこれは。
タイトルにあるとおり、東芝をはじめとする日本の電機産業の凋落が、いつ、どのようにはじまり、どこで間違えたのかを語る本である。かつて電機は日本の花形産業であり中心産業であったはずなのに、どうしてこのようなていたらくを呈しているのか。本書はそれを追跡している。
中でも多くのページが割かれているのが東芝であるが、東芝がなぜ落ちたのか、ここではとても論じきれないので語らない。興味ある人は、ぜひこの本を読んでください。
驚いたのは、まったく異なる事象ととらえていた東芝のメルトダウン(本書の表現)と東日本大震災における福島第一原発の事故が、じつは同じコインの裏表だったってことだ。
あの事故さえなかったならば。東芝の幹部も幾度となくそう考えたことだろう。地震と津波は原発だけでなく、東芝という大企業も壊滅させたのである。
あの事故は本当に大きかったんだな。そう認識した矢先、びっくりするようなニュースが入ってきた。
経産省が発表した「エネルギー基本計画」に、「原発の新設」が記されているというのだ。思わずええっと声をあげてしまった。作ったやつは白痴じゃなかろうか。本気でそう思った。
福島第一原発の事故以降、原子力は断じて「安価なエネルギー」ではなくなっている。事故後、原発の安全基準は引き上げられ、コストは上昇した。おそらくは火力発電などの比ではないだろう。事故の際をふくめた周辺住民へのケアなどを考えれば、「もっとも高価な電力である」と言っても言い過ぎではない。福島の補償は東京電力だけじゃまかないきれないらしいぜ。誰が払うのかねえ。
よく言われる「クリーンなエネルギー」も、新規建設の場合はウソっぱちである。原発を新設するために排出される炭酸ガスの量は膨大だ。作らないほうがいいに決まってる。さらに、事故が起きたらもう目も当てられない。福島第一原発の廃炉作業なんて、毎日ばんばん炭酸ガス出してるぜ。
先日、大洗で恐ろしい被爆事故が起きたばかりだが、あんな危ないもんをどうするか、まるで決まっちゃいないのだ。しかも、ぜんぜん安全じゃない。なにしろ、プルトニウムをビニール袋に入れて管理してたっていうんだから!
原発新設はあり得ない。本書もその前提に立って論を進めている。つまり、それが常識的な感覚なのだ。
ところが、政府はそう考えていなかった。新設するつもりなのだ。
頭がおかしいとしか思えなかった。常識知らずってこういうことを言うんだろう。
冷静になって考えてみて、ああそうかこれは全部わかってて言ってんだなと気づいた。原発は安価でもクリーンでも安全でもない。そんなのわかってんだ。でも新設って言う。俺たちをナメてるからだ。そう言ったって怒るやつなんかほとんどいないって、わかってて言ってんのさ。要は馬鹿にされてんだ。通常なら「とりあえず言ってみた」で済む話かもしれない。しかし、これは政府が出す文書である。「とりあえず」じゃ済まないことがとっても多い。
ただし、これが成るなら東芝は復活できるかもしれない。白物家電は中国の美的集団に、メディカル事業はキャノンに、半導体事業はこれから売り渡そう(2017年6月末現在)という東芝に、残っているのは原発だけだ。廃炉だけなら死に体だが、新設があれば生き長らえる可能性がある。
……と、考えられるのは本書で知識をつけたおかげだ。それで生き残ってどうすんのと思うのも、本書の影響だろう。
ときに、あなたは馬鹿にされてるようですが、それでいいんですか?
レビュアー
早稲田大学卒。書籍編集者として100冊以上の本を企画・編集(うち半分を執筆)。日本に本格的なIT教育を普及させるため、国内ではじめての小中学生向けプログラミング学習機関「TENTO」を設立。TENTO名義で『12歳からはじめるHTML5とCSS3』(ラトルズ)を、個人名義で講談社ブルーバックス『メールはなぜ届くのか』『SNSって面白いの?』を出版。「IT知識は万人が持つべき基礎素養」が持論。2013年より身体障害者になった。