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2017.05.31

レビュー

原発労働者が語る「劣悪な環境でも、再稼働希望」偏らぬ事実、衝撃の肉声!

最近テレビで原発ネタほとんどやんないでしょ。ネットも一時期に比べてずいぶん静かになりましたよね。新しいネタがないってことですかね。
「ちがうよ、わざとやんねえんだよ。話題にしてほしくないやつがたくさんいるんだ。テレビでネタになんなきゃネットでもなんないしね」
そうかもなと思ったので、しつこく原発を取り上げることにする。
  
シンガー・ソングライターであり、ホームレス支援フェス「りんりんふぇす」の主催者として社会運動家としての顔も持つ寺尾紗穂さんが、その名のとおり「原発労働者」に取材して執筆したルポルタージュである。原発という労働環境がどういうものか、ナマの声を聞くことで構成されている。

予想はしていたが、やはりひどい。詳細は野中幸宏さんのブックレビューを見てもらいたいが、これほど劣悪な労働環境が普通にあるのだ。奴隷制や身分制がある国の話じゃないぜ。今、日本にあることなんだ。

とはいえ、こうも思った。ここにレポートされた労働環境の半分は、原発だけに見られる風景じゃないんじゃないか。

たとえば本書には、協力企業(下請け孫請け曾孫受けを耳ざわりよく言い換えたもの)の労災隠しが書かれている。

労災を申請すれば、親会社である東電に伝わることになる。そこで、協力企業では、労災に当たる事故を隠すために、労働者に通常どおりのギャラを支払う。労災を受ければ6割だが、申請しなければ満額支給される。どっちがトクかは明らかだ。かくして、この労災事故はなかったことになる。

ひどいもんだと思うが、これはたぶん、原発だけにある(あった)ことじゃない。自動車でも電化製品でも食品でもソフトウェアでも、下請け孫請け曾孫受けが存在する業態ならどこでも見られることだろう。くやしいがこれを是正するためには、日本の経済構造すべてに手を入れるほかはない。

印象的だったのは、著者と取材相手である原発労働者が、今後の原発のありようについて会話をするくだりである。

著者は原発に否定的な考えを持っている。しかし労働者は必ずしもそうではない。原発の新規建設は反対だが、今ある原発は稼働してもらいたいというのである。すなわち、彼は再稼働賛成なのだ。

多くの人が見落としがちなことであるが、原発はたいがい、主力となる産業がないところに建てられる。原発があるのは貧しい土地なのだ。すべてがそうだとは言わないが、その傾向は間違いなくある。本書に登場した原発労働者のひとりは語っている。職探しをしてまともな給料をくれたのは原発だけだった。だから原発で働いた。

政府が福島第一原発の近隣区域の避難解除を発表し、帰還が可能になっている。しかし、ほとんどの人が戻っていないと聞く。事故からずいぶん時間がたって避難した場所に愛着があるからとか、廃炉はいまだ進行中で、今、放射線量が低くたって将来も同じとは言えないから、など、さまざまな理由が語られている。いずれも本当だろうが、もっとも大きいのは仕事がないからだろう。働く場所がないところに行く人はいない。

原発で働く人がいれば、その人は飯も食うしクソもするし結婚もするし子どももつくるしモノだって買う。直接原発で働かなくたっていいのだ。原発が動いてさえいれば人が集まり、経済が回るのである。高線量であるがゆえに一般人の立ち入りが制限された福島第一原発の周囲はむろんのこと、点検のためと称して止まったままの原発の周囲も、経済は死んでいるだろう。

原発は、地域経済を活性化させてきた。貧しい土地をうるおわせてきた。原発があれば人が集まる。人が集まれば、雇用が生まれ、多くの人の生活が安定する。脱原発/反原発を推進するなら、不都合な真実だ。原発が経済活性化におおいに役立っていたなんて認めたくない。人を助けていたなんて認めたくない。そう考えるのは人情だ。

にもかかわらず、本書はこの側面にしっかり触れたうえで、原発労働の実態を淡々とレポートしている。取材相手が再稼働を希望していることもしっかり書いている。ふれなくたっていいんだよ、こんなの。書かなきゃいいだけだ。

だが「あえて」ふれている。脱原発/反原発を推進するなら、この側面を無視しちゃいけない。著者は暗にそう語っているのだ。

じつは、本書でもたびたびふれられる東電はじめ電力会社の横暴も、ここに起因している。他に産業がない貧しい土地だからこそ、労働者は原発から離れられないのだ。どんなに過酷な労働を強いられようと、文句を言うことはできない。気に入らないんですか、ではどうぞやめてください。そう言われて困るのは労働者の方だ。

原発の最大の問題のひとつは、間違いなくここにある。本書は、原発労働の実態をレポートするとともに、きわめて重大なこの側面にも光を当てている。

レビュアー

草野真一 イメージ
草野真一

早稲田大学卒。書籍編集者として100冊以上の本を企画・編集(うち半分を執筆)。日本に本格的なIT教育を普及させるため、国内ではじめての小中学生向けプログラミング学習機関「TENTO」を設立。TENTO名義で『12歳からはじめるHTML5とCSS3』(ラトルズ)を、個人名義で講談社ブルーバックス『メールはなぜ届くのか』SNSって面白いの?』を出版。「IT知識は万人が持つべき基礎素養」が持論。2013年より身体障害者になった。

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