2人に1人ががんになっている今の日本、そのうち不幸にして亡くなった数は……。厚労省のデータによれば平成27年度の日本人の死亡数は129万444人、死亡した原因の1位は「悪性新生物(がん)」で約37万人、2位が「心疾患」で約19万6千人、3位が「肺炎」で約12万人となっています。つまり死亡数の28パーセントががんによるものです。
もちろん医療技術の進歩によって“がんイコール死”というわけではなくなりました。ですがそうはいってもガンという病の重さが変わってきたわけではありません。
森山さんは40年以上にわたり、がん医療に携わってきました。「出会った患者さんは1000人以上」になるそうです。多くのがん患者さんに「がんを告知し、治療に立ち会い、ときには人生のお見送りまで」してきたかたです。
ともにすごした患者さんとの日々の中で森山さんは「がんと共に生きた日々を『幸せな体験だった』と振り返る人」に出会います。それも決して少ない数ではなかったそうです。
彼ら、彼女たちはどうして「幸せな体験」と思うことができたのでしょうか。そのような「幸せながん患者」の心にはなにがあったのでしょう。どのようにがん立ち向かう(共に生きる)ことができたのでしょうか……。それらを解き明かしたのがこの本です。
“がんイコール死”では必ずしもないとはいえ、告知された患者さんが平静でいられるとは思えません。
──多くの方が、告知を受けた直後の大混乱を経て、次第に頭を整理し、やがてなんとか受け入れることができるようになります。ここに至るまでにかかる期間は、約2週間。私は、この精神的な落ち込みの期間を、「魔の2週間」と呼んでいます。──
人の「死の受容」プロセスを研究した精神科医にエリザベス・キューブラー=ロスという人がいます。このプロセスとは5つの段階があるといわれています。
1.否認と孤立:頭では理解しようとするが、感情的にその事実を否認している段階。
2.怒り:「どうして自分がこんなことになるのか」というような怒りにとらわれる段階。
3.取り引き:神や仏にすがり、死を遅らせてほしいと願う段階。
4.抑うつ:回避ができないことを知る段階。
5.受容
もちろんこのプロセスは「死の告知」ですからそのままがん患者にあたるものではありません。ですが森山さんのいう「魔の2週間」に、おそらく類似の心理プロセスがあったと思えます。
──告知のあと、私がいつも付き添いのご家族に伝えるのは、「患者さんはとても機嫌が悪くなります」ということです。──
やはりこの5段階はなにがしかの真実を表しているように思います。たとえば、治療法に納得がいかず民間医療ともいえる「がんがみるみる消える。100%治る」という触れ込みの「昆布」に飛びついた患者さんのことも書かれています。否認と孤立、怒り、取り引きなのでしょうか……。その方は「1000万円もつぎ込み、命を落としてしまった」という不幸な結果になってしまいました。
これらはなにも特殊な例ではありません。けれども、これでは「幸せながん患者」にはなれません。どのようにすれば「幸せながん患者」になれるのか、森山さんによると「幸せと不幸せを分ける分岐点」というものがあるそうです。
この分岐点は5つあります。
1.告知:正しく知り、正しく恐れる。
2.情報:科学的根拠をチェック。「絶対」「100パーセント」などの強い言葉は疑え!
3.家族:家族の関係がよければ幸せになれる。
4.医師:何でも質問し何でも相談する。時にはセカンドオピニオンを活用する。
5.自分:がんを治すことを、人生の目的にしない。自分の限界に制限をかけない。
それぞれの重要性が説得力をもって語られています。この本の前半のピークです。またそれぞれの分岐点を生きた例として紹介された患者さんの姿は読むものに勇気を与えてくれると思います。
ここまでですとがんを受け入れる“精神論”だけに終始していると誤解されてしまうかもしれません。この本のより優れたところは第2章で詳しく「治療法」も語られているところです。
「手術(外科治療)」「放射線治療」「化学療法」のメリット・デメリットだけでなく、「標準治療」「標準外治療」、さらに「先進医療制度」や「免疫療法」までコンパクトにまとめられています。さまざまな治療法が紹介されているのは、治療法の選び方には「患者さんの人生観や生き方」が深く関係しているからです。
もしもがん告知をうけたら自分はどのような治療を望むのか、それを踏まえていなければ「幸せながん患者」にはなれません。その上での「生き方」なのです。なかでも「自分の限界に制限をかけない」生き方をした2人の話には考えさせるものがあります。1人は「肝臓がんで5年」の闘病生活を送った45歳の女性がマッターホルンに登山した話、もう1人は森山さんが尊敬していた先輩の医者の話です。
ストレッチャーに乗せられてCT検査を受けるために検査室に来た教授。よろよろと移ろうとした“先生”に手を貸そうとした森山さんを制して先生はこう言ったそうです。「ちょっと待ってください、自分で移ります」と。
──なおも手を貸そうとする私に、先生はこう言いました。「今の私にはストレッチャーからCTの台に移ることぐらいしかできません。でも、まだそれができるんです。だから、私は自分で移りたい」──
尊厳のあり方を考えさせるエピソードではないでしょうか。
森山さんはこの本の末尾にこう記しています。
──がんは、病気になってからも自分らしく生き、いよいよというときまで「自分」でいることができ、最期にじぶんらしく逝くことのできる病気です。幸せながん患者とは、まさに自分らしくがんを生き抜くことのできる人のことなのではないでしょうか。──
自分の病状を正しく知り、科学的根拠に裏打ちされた治療法を選ぶ。そしてその上で自分の人生の優先順位を決める……。それが「幸せながん患者」の姿なのでしょう。がんが気になるすべての人に読んで欲しい素晴らしい本です。
レビュアー
編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。
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