超高齢化社会をむかえ、介護は極めて重要なテーマになっています。とはいっても介護保険も決して分かりやすいものではありません。それを解消し、要介護者にあったケアプランを提案する存在としてケアマネージャーが存在します。個々人の健康状態・介護状況を把握するという極めて重要な役割を担っています。
ところが次のようなことが起こっているそうです。
サービス付き高齢者向け住宅(通称サ高住)に入居した老人が、サ高住の事業者からケアマネージャーを代えてほしいという要求が出されました。老人の家族は、それまでお世話になっていたケアマネジャーを解任することにしました。入居以前まではケアプランを作り活動されていた人を事業者からのいうがままに解任したのです。(詳細な経過はぜひ読んでください)
なぜ家族は事業者のいうことに従ったのでしょうか。介護の困難さのひとつがここにあります。
──病院や老人ホームでは家族が苦情を言った途端に、「気に入らなければ、他へ移ってもらっていいんですよ」と返され、やむなく口をつぐむケースは少なくない。職員の心の内のどこかに「家族が対応できないから、代わりに預かってやっているんだ」という思いがあるからなのだろう。──
要介護者家族の困難さを利用したのです。
──表向きは『介護事業所を自由に選べます』となっていても、実態はサービス付き高齢者向け住宅に併設された事業所を利用するよう誘導されます。入居者の“囲い込み”は常態化しています。──
このサ高住に代表されるように介護保険の世界に“ビジネス”の波が押し寄せています。
──介護保険制度は、それまで自治体の措置で提供されていた介護サービスを民間に開放することで選択肢を飛躍的に増やすとともに、市場原理によって悪質な事業者を排除できる、はずだった。しかしながら実際は、胃ろうアパートのように高齢者を食い物にする輩が堂々とのさばっている。──
この「胃ろうアパート」はどのようなものでしょうか。
──口から食べられなくなった胃ろう患者を集め、思いもよらなかった巧妙な手口で公的保険から多額の報酬を搾り取る事業者だ。ここにはわが国の医療・介護政策の課題が凝縮されており、いまだに根本的な解決に至らないまま放置されている。──
詳細は第4章「家族の弱みにつけ込む『看取り』ビジネス──救急車を呼ばずに延命措置もしないワケ」に記されています。
「延命措置もしない」のはなぜでしょうか……。
──病院に搬送すると事業者やクリニックが介護保険や医療保険からの報酬がえられなくなるので、それを阻止するためにアパートでの看取りを強要しているわけだ。──
この事業者にとっては要介護者は利益を生むもとでしかないのです。しかも「家族が対応できないから、代わりに預かってやっているんだ」という「家族の弱み」というものが、家族の選択権(自由さ)を奪っているのです。
長岡さんは、この「胃ろうアパート」から次の3つの問題点を指摘しています。
1.サービス内容:訪問介護・看護サービスや在宅医療で囲い込んで多額の公費を使いながら、介護保険が事業者に求めている「自立支援」からはほど遠いサービスとなっている。
2.報酬請求でのルール違反。
3.住宅型有料老人ホームにあたる可能性があるのに、「無届け」である
以上の3点、いずれも「行政指導もしくは監査の対象」になるものですが、この事業者への適切な指導は行われませんでした。
もちろんこのような悪徳事業者ばかりではありません。ですが「家族の弱み」につけ込む悪徳事業者の存在が介護ビジネスの大きな問題点であることは間違いありません。「公的制度を知り尽くして」いる事業者の「公的保険のルールを悪用した不正請求」や家族への「保険外の介護サービス費用」の要求などが明らかにされています。
超高齢化社会到来の中で介護施設の充実(拡大)は必須な課題です。その促進に向けて、事業者にさまざまな補助制度が用意されています。ですがその一方ではそれを「ビジネスチャンス」とみて「介護に関係のない業種ばかりか、『何となく儲かりそう』と安易に参入してくる例も目立って」いるようです。ここには「介護サービスを民間に開放」することが招いた負の側面があらわれています。
このような悪徳事業者を監視し、排除するのは行政の役目・責任ですが、それが十全に果たされているかというと疑問を感じざるをえません。ここでも行政の縦割りの弊害が出ています。
介護サービスを民間に開放(市場原理の導入)することで「隠れたニーズをいち早く見つけ、それを新たな事業に結び付ける」ことができるようになりました。この利点はありますが、その一方で好ましくないことも確かにあります。
──立場の弱い要介護者や家族が相手だけに事業者には驕(おご)りが生じやすく、それが不正や不適切なケアのきっかけになることもある。介護は高いモラルが要求される仕事だが、残念ながらそうした意識の薄い事業者が少なくないのも現状だ。──
民間に開放し、事業者にさまざまな優遇措置をこうじることで介護施設は増えていくと思います。もちろんそれは重要なことです。けれどその施設でどのような介護がなされているのか、そこに不正が紛れていないということが分からない限り、老後不安はなくなりません。さらに介護の難しさは、介護施設を求めているのが本人だけでなく家族にもあるというところにもあります。
介護ビジネスはこれからも必要性が増し続けるサービス産業です。しかし、その世界で扱われるのは生命そのものです。当たり前ですが利潤を生む素材ではありません。この本は悪徳事業者の実態を追求したドキュメントで、介護ビジネスの闇を明らかにしたものですが、それと同時に複雑な介護保険の仕組み等も詳細に説明されています。制度の悪用者を防ぐためだけではなく、制度そのものを知るうえでも必読のものです。
レビュアー
編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。
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