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2017.05.13

レビュー

美貌と智略で「ありえない依頼」を片づけます。美人探偵ミステリの傑作

柚月裕子さんの連作短編ミステリです。

柚月さんといえば、2008年に『臨床真理』で第7回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、デビュー。2013年には『検事の本懐』で第15回大藪春彦賞を、2016年には『孤狼の血』で第69回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)を受賞するなど、押しも押されもせぬ実力派作家です。

その実力派の著者をして、「いままで発表した小説の中で一番エンターテインメント色が強い作品」と言わしめたのが、本書『合理的にあり得ない』。講談社ノベルスの公式サイトに掲載の柚木さんの著者メッセージにはそう書かれています。その柚木さんのメッセージからふたたび引用させてもらうと、
──この小説には、弁護士資格を剥奪された美貌の元弁護士「上水流涼子」と、IQ140という頭脳を持つ「貴山伸彦」が登場します。ふたりのもとへはさまざまな相談事が持ち込まれますが、それらは表の世界では解決できない難題ばかり。一筋縄ではいかない相談事を、ふたりはなんとか解決しようと知略をめぐらせ駆け回ります。──
とのこと。

美貌の元弁護士、上水流涼子の読みは「かみづる・りょうこ」。頭脳明晰で、モデルだと言われても違和感がないほどの美女。その彼女が運営しているのが、「上水流エージェンシー」です。一流弁護士並みの依頼料を受け取っているため、顧客の大半は富裕層。上水流エージェンシーは、定款上は興信所だそうですが、その実態は「何でも屋」です。基本的にはどんな依頼でも引き受けてくれる。ただし、あくまでも“基本的に”であって、「殺し」と「傷害」だけは例外。「相手を肉体的に傷つけたり、命を奪うことだけは、絶対にしない」そうです。

そのため、涼子とアシスタントの貴山が最大の武器とするのは、「知略」です。

連作短編の先駆け「確率的にあり得ない」では、建設会社社長の本藤が妄信する、謎の経営コンサルタントの高円寺裕也と対決します。高円寺は未来が見える男──すなわち予知能力者であり、初めは本藤も高円寺のことを疑っていましたが、高円寺が競艇レースの結果を見事的中させたことで(ひとつだけでなく、予言した6レースすべての結果を的中させてしまうと)、本藤はそれまでの反動のように高円寺に心酔します。

ですが、未来を確実に予言するなど可能なのでしょうか。

1レースを当てるだけなら、ありうるかもしれません。レースは6艇のボートで競い合います。その結果(順位)を予言するとなると、的中する確率は6×5×4×3×2×1で、720分の1。これなら、まぐれ当たりが出ることもあるでしょう。しかし、6レース連続で的中させるとなると、俄然、現実味を失います。その確率は720の6乗であり、「天文学的数字になる。確率的にはあり得ない」。

涼子と貴山は、この「確率的にはあり得ない」謎を解明できるのでしょうか。それとも、高円寺は本当に未来予測が可能な予知能力者なのか。

表題作の「合理的にあり得ない」では、過去のバブル期に人を騙した投資家と対決することに。「戦術的にあり得ない」では、ヤクザ同士の賭け将棋に、東大将棋部で主将を務めた実績のある貴山が、アドバイザーとして参戦。その貴山と涼子との過去が描かれているのが、「心情的にあり得ない」。涼子がなぜ弁護士資格を剥奪されたのかがつまびらかになります。連作短編のしんがり、野球賭博を扱った「心理的にあり得ない」では、ふたたび貴山が活躍。IQ140の天才であり、バーテンダー選手権で入賞したこともある彼が、主役を引き立てる凡百の助手キャラではないことが、あらためて実感できるでしょう。もしもですが、柚木さんがエラリー・クイーン初期作品風の、がっちがちのロジカルなパズラーを執筆したら、名探偵役は涼子より貴山だろうなと妄想できるぐらいには有能な人です。

このように、涼子と貴山がさまざまな「あり得ない」に挑戦していく。そして、そのすべてに、胸がすくような痛快な結末が用意されています。悪知恵の働く相手との頭脳戦を経て、最後は必ずスカッとさせてくれる。それだけに各短編のプロットはワンパターンかもしれませんが、これは確実に癖になるやつです。読んでいて、本当に楽しいワンパターン。だからこそ、また涼子と貴山の物語が読みたいな、とも思わされました。『合理的にあり得ない 上水流涼子の解明』、おすすめです。

・柚月裕子さんのメッセージはこちら⇒http://kodansha-novels.jp/1702/yuzukiyuko/

レビュアー

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赤星秀一

1983年夏生まれ。小説家志望。レビュアー。ブログでもときどき書評など書いています。現在、文筆の活動範囲を広げようかと思案中。テレビ観戦がメインですが、サッカーが好き。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。

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