海外で抜群の人気を誇る歴史ミステリの巨星、ロバート・ゴダード。ライトなユーザーにも楽しめるおすすめノンストップ・スリラーの魅力を、翻訳家の北田絵里子さんにお伺いしました。
作者プロフィール
【ロバート・ゴダード】
1954年英国ハンプシャー生まれ。ケンブリッジ大学で歴史を学ぶ。公務員生活を経て、'86年のデビュー作『千尋の闇』が絶賛され、以後、現在と過去の謎を巧みに織りまぜ、心に響く愛と裏切りの物語を次々と世に問うベストセラー作家に。『隠し絵の囚人』(講談社文庫)でMWA賞ペーパーバック部門最優秀賞を受賞。他の著書に『遠き面影』『封印された系譜』『血の裁き』『欺きの家』(すべて講談社文庫)など。
訳者プロフィール
【北田絵里子(きただ・えりこ)】
1969年生まれ。関西学院大学文学部卒業。英米文学翻訳家。主な訳書は『プリムローズ・レーンの男』『夜が来ると』(以上、早川書房)、『遠き面影』『封印された系譜』『隠し絵の囚人』『血の裁き』『欺きの家』(すべて講談社文庫)。
英国で不動の人気、ロバート・ゴダードとは……
デビュー作の歴史ミステリ『千尋の闇』で絶賛を浴び、以来20年間、英国で不動の人気を保ってきたロバート・ゴダード。近代史上の事実にからんだ謎や、人物の過去にさかのぼる秘密をテーマにした、万華鏡にもたとえられる入り組んだプロットがこの作家の持ち味です。また、叙情的で巧みなナレーションは、日本でも評価の高いサラ・ウォーターズやケイト・モートンのそれに通じるところがあります。
ゴダードの歴史ミステリって、どっしり濃密なものばかりなのでは?と敬遠ぎみのかたもいらっしゃるかもしれません。でも実は、固定ファンを飽きさせない配慮からか、過去の回想に比重のある落ち着いたトーンの作品と、現在の展開に比重のある軽快なテンポの作品がほぼ交互に発表されています。
このたび刊行の1919年三部作は、後者にあたるゴダード初体験のかたにもお薦めのノンストップ・スリラーです。
第一部『謀略の都』の背景となるのは、1919年のパリ講和会議。第一次大戦の戦後処理協議のため各国の代表が集まったその街で、英国代表団の一員である元外交官が不審な転落死を遂げます。故人の息子で元戦闘パイロットのジェイムズ・マクステッド(通称マックス)は、父の死に他殺の疑惑を抱き、周囲の反対をかえりみずパリで真相を探りはじめます。やがてマックスは、各国の主要機関にひそむドイツのスパイたちを敵にまわした危険なゲームに身を投じることに。
スパイ小説もゴダードに書かせると、ドラマ性の薄いドライなタッチにはなりません。個性豊かな登場人物たちが交わす、洒脱で情味の感じられるやりとりは、英国テレビドラマのシニカルな味わいがお好きなかたにも楽しんでもらえるのではないでしょうか。
全編が一様な色合いでないのもこの三部作の特徴です。マックスが父親の遺した謎のリストの解明を試みる第一部には、素人探偵ものの雰囲気もあり、ぐっと諜報ものらしくなる第二部『灰色の密命』(3月刊行予定)では、ドイツのスパイ組織リーダーと日本の軍国主義政治家を相手にした、出し抜き出し抜かれの攻防が繰りひろげられます。さらに、日本を舞台にクライマックスを迎える第三部『宿命の地』(5月刊行予定)では、冒険活劇風の展開も用意されています。どうぞご期待ください。
併せてご紹介したいのが、先述した落ち着いたトーンの作品にあたる、こちらの既刊2編です。
『隠し絵の囚人』は、第二次世界大戦のさなか、ある人物との邂逅に人生を狂わされ、36年の歳月を獄中で過ごすことになった男の告白をベースにしたミステリ。戦時の混乱に乗じた絵画詐欺、英国とアイルランドの政治的駆け引きという異質なふたつの要素がプロットの要になっています。
『欺きの家』は、悲劇につきまとわれつづけた陶土採掘会社の社主一族の歴史を、彼らと縁の深い主人公が振り返り、過去に埋もれた秘密を浮き彫りにしていく物語。企業拡大の力強い歩みと並行して、ファム・ファタール(運命の女)とのロマンスが細やかに描かれています。
いずれもストーリーテリングの技が光るゴダード作品で、至福の読書時間を過ごしてみませんか。
文:北田絵里子