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2016.12.21

レビュー

「池上彰の教養獲得法」視野の広さ、客観性が身につく基本姿勢

今の日本でなにより求められているものは“一般教養”というものではないでしょうか、そのようなことを思わせる1冊でした。

反知性主義という流れが日本だけでなく世界中にはびこっています。反知性といっても、それは単なる無知ということと同義ではありません。“専門知”という面では深くなっているからです。専門知があっても反知性になることは多いにありえます。この本でも池上さんはオウム真理教の“高学歴”の幹部たちについて触れています。それだけではありません。
──3・11が浮き彫りにした日本のさまざまな問題点の一つとして、理科系の人が文化系の人にきちんと説明できる能力、文化系の人が理科系のことをそれなりに理解できる能力、いわば文系・理系双方に関してのリテラシーが必要だと思うようになったのです。リテラシーというのは、もともとは読み書きの能力のことです。(略)正しく理解する力です。──

このリテラシーを身につけるのにもっとも必要なのが“一般教養”です。この本は東工大の教壇に立っている池上さんの実践的教養論であり、教養獲得法とでもいうものだと思います。

まず肝要なのは“情報”と“知=教養”とは次元が異なるということです。情報化社会において情報は“検索”という行為に深く結びついています。あるITの専門家(!)が「検索のスキルこそが大事」といっていたのに対して池上さんはこう考えました。
──検索能力は必要な能力ですが、あるキーワードで検索して引っ張ってきたものと、別のキーワードで引っ張ってきたものを重ねることによって新しい発想を生み出す。(略)頭の中から、そのときに合わせて適切な知識を引っ張り出す。あるいは知識と知識を組み合わせることによって自分なりに展開させる。そのような能力こそが、いま必要なのではないでしょうか。──

知識量ということではありません。池上さんがいう“一般教養”とはこの能力をもたらす土台・基礎というものです。これはITが私たちにもたらしてくれる“利便性”だけでは獲得しにくいものなのでしょう。

ではこの“一般教養”を身につけるにはどのようにすればいいのでしょうか。本書からいくつかひろいあげてみます。
・新聞を読む→自分の関心以外の記事も自然に目に入ってくる。
・聴く力を身につける→ノート(メモ)がつけられる力を身につける。
・歴史(なかでも現代史)を追体験できる想像力と理解力を身につける。
・論理的に説明できる力を身につける。
・“読書”によって知らないことを知る。→その上で“考えること(=アウトプット)”をする。

書き抜くととても“普通なこと”が並んでいるように思えます。でも、これを“常に持続して行う”というのはそんなに“普通”でも“簡単”でもありません。読書についてこんなことが記されています。
──人間が自ら体験して知ることには限りがあります。でも本を読んでいくと、自分が知らない世界を、まるで目の前で見るように知っていくことができます。本によって“体験”できることも多いのです。本からどれだけ私はいろんなことを学んだだろうか、とよく思います。──

ここまででしたら普通の読書論です。けれどこれに対抗するようなことが書かれているのです。ショーペンハウエルの読書論にふれたくだりです。ショーペンハウエルは読書についてこういっていたそうです。「読書は、他人にものを考えてもらうことである。本を読む我々は、他人の考えた過程を反復的にたどるにすぎない」と。それはあたかも習字を習うようなものと同じだと……。

ショーペンハウエルは読書を否定したのでしょうか。そうではありません。「絶えず読むだけで、読んだことを後でさらに考えてみなければ、精神の中に根をおろすこともなく、多くは失われてしまう」とかんがえたのです。
──自分でものを考える時間がなければダメだ。ひたすら本だけ読んで賢くなった気持ちになっていても、それは、自分でものを考える力がつくわけではないということを言っているのです。読書がなければ教養は身につかないけれども、読書しただけで教養が身につくわけではない。──

読書は“読書後”が大事だ、とはいってもいわゆる功利的な読書効果のことをいっているわけではありません。
──「すぐ役に立つことは、すぐ役に立たなくなる」ことが多いのです。すぐには役に立たないけれども、あるいは、一見役に立ちそうにないけれども、長い目で見ると、心の栄養になったり、自分を高めたり、自分の世界を広げてくれる本もあります。そういう本が、教養にとっては大事であり、生きていく上でも大事なのではないかと私は思うのです。──

これほど読書=学ぶことの重要性をストレートにいったものはないと思います。「すぐには役に立たないことを学んでおけば、ずっと役に立つのではないかと思うのです」という言葉の奥には“読書の時間・空間”を現実の流れから相対的に自立させようという覚悟があることを感じさせます。

池上さんは教えている大学生に「批判力=批判的に見る力」を身につけてほしいといっていますが、そのことに通じるところでもあると思います。「批判的に見る力」が必要だということは論を俟(ま)たないところだと思います。

池上さんは現在の“教養”の必要性・意義について最後にこう記しています。
──私は、教養を持つということは「よりよく生きる」ということではないか、と思うのです。社会で力を発揮することができ、よく生きること。それに資するものは、現代的な教養と言ってよいのではないでしょうか。(略)長い人生を経て、味わい深いことを言う人、考えさせる発言をする人に、ときどき出会います。そのたびに、こういう方こそ真の教養人だと思うのです。この人たちの教養は、まさに生きる力です。──

知識の量でけではなく、考えつづける量、生きる量の総体としての“教養”こそが私たちに必要なことなのだと思います。
──「自分の存在が社会の中でどんな意味を持つのか、客観視できる力を身につけること」ができるのだ、と。そうでないと、ただやみくもに働いたり生きたりすることになります。そこで少し客観的になれるかどうか。視野が広げられるかどうか。枠の外側から眺められるかどうか。そういう力をつけることが、大学で教養を学ぶということではないかと思います。──

池上さんのわかりやすさの根本にあるものがこれだと思います。

少しも難しい言葉はなく、わかりやすい文章で綴られたこの本は、池上さんの解説のように奥が深く、読んだ者自身が自分の頭で考えることをうながしてくれるものです。誰にでも開かれた本です。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。

note
https://note.mu/nonakayukihiro

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