「この文庫書き下ろし時代小説がすごい!」(宝島社)2009年版&2014年版第1位を獲得、今も講談社から人気シリーズ「百万石の留守居役」を文庫書き下ろしで発表中の上田秀人さん。文庫時代小説を索引する作家として、現在まで多くの人気作を発表してきました。
シリーズ最新作『参勤』も話題の作者が人気のシリーズについて語ります。
作者プロフィール
1959年、大阪生まれ。大阪歯科大学卒。’97年、第20回小説CLUB新人賞佳作に入選し、時代小説を中心に活躍。'09年、「奥右筆秘帳」が「この文庫書き下ろし時代小説がすごい!」のベストシリーズ1位に輝いた。’10年、『孤闘 立花宗茂』で第16回中山義秀文学賞を受賞。’14年、「奥右筆秘帳」シリーズで第3回歴史時代作家クラブ賞シリーズ賞を受賞。その他に「百万石の留守居役」「御広敷用人 大奥記録」「表御番医師診療禄」「禁裏付雅帳」「闕所物奉行裏帳合」など、多数の文庫人気シリーズを抱える。歴史小説にも旺盛に取り組み、『梟の系譜 宇喜多四代』『峠道 鷹の見た風景』『鳳雛の夢』『傀儡に非ず』『竜は動かず 奥羽越列藩同盟顛末』などがある。
上田秀人「参勤 百万石の留守居役」インタビュー
──これまでの上田さんは幕府の上のほうの人物を描かれてこられましたが、最近始まった「町奉行内与力奮闘記」(幻冬舎時代小説文庫)や「日雇い浪人生活録」(ハルキ時代小説文庫)のように、近ごろは比較的下からの目線で描かれていますね。そう考えると「百万石の留守居役」はその初め、きっかけにあたる作品かと思うのですが。
上田 そうですね。下からの視点で幕府を見る作品が多くなってきました。
──なぜ江戸留守居役を描こうと。
上田 留守居役は藩の外交官ですよね。動きに制約のある中での外交官が面白く思えたんです。遊郭なども舞台に使えますし、華やかになります。刀以外の、外交での問題解決の物語に手を出してみようと思ったんです。
──上田さんの作品は、主人公が中間管理職の立場にあることが多いです。読者にも身近に感じられるのでは?
上田 主人公に制約をかける上役がいて、機嫌を取らねばならないお得意先がいて、その中で難題を解決していかなければならない。いわば江戸時代の企業小説ですね。「百万石の留守居役」は、前田家という企業が幕府という大企業とどうつきあっていくかという話でしょうか。御家騒動などもありますし。
──ヒロインの琴とは結婚はしていませんが、婚約したまま国元に残しています。遠距離恋愛ものでもあるんですね。
上田 江戸時代で遠距離恋愛を一度やってみようと試みたんですが、ちょっと無理がありますね(笑)。現代ですら仲がもたないのに、当時は手紙のやりとりひとつとっても十日くらいタイムラグができてしまう。離れていながらも通じ合っている部分と離れているがゆえに不信感がつのる部分がある。今回、主人公の数馬をいったん国元に返すことで、互いの存在を確かめ合う機会ができます。それからふたたび離れていく。ヒーローとヒロインがどうなるかは、書いているほうとしても楽しみですね。僕はいつもいきあたりばったりなので(笑)。
──第8巻の『参勤』では、藩主のお国入りに、主人公の数馬が大名行列の差配役というか統轄、交渉役として奔走します。
上田 ツアコンですよね(笑)。旗もって、事前に何時に何人来ますからよろしくとふれてまわる。参勤留守居役というのは僕の創作なんですが、江戸を離れると、宿場町も出てくるし、風景も変わってきます。加賀に帰ったら帰ったで、江戸での殿様と国元での殿様の違いなども楽しんでいただこうかと考えています。
──参勤交代をテーマにした小説では、浅田次郎さんの『一路』や土橋章宏さんの『超高速!参勤交代』などがありますが、今回のは三千人の大行列で、規模も大きく、苦労もまた違いますね。
上田 土橋さんとは山村正夫記念小説講座でも顔見知りですし、僕も面白く読ませていただいています。加賀藩の記録をみると、出発と到着とで人数が違う。国元に着いたら何人か足らんぞ、ということがあったようです。小藩だとありえないことですが、途中で欠け落ちしちゃうんですね(笑)。大人数ならではのトラブルも書ければと思います。元禄の頃までは通り道になっている小藩にとっては怖さもあったでしょうね。五万石くらいだと国元でも藩士が千人くらいでしょう。それが加賀百万石だと三千を超える武装集団が領内を通っていくわけですから。だから交渉役の出番がある。通過する藩にお金を包んだり贈り物をしたり、世の中をうまくまわすための工夫がいります。
──大名行列に出くわすとただお辞儀をするものと思っていましたが、平伏したり片膝をついたり、藩同士のつきあいの度合いによってもいろいろあるんですね。大名行列が武士の格式や体面のぶつかる場だというのがよくわかりました。
上田 それに、行列は進むより止まるほうがたいへんです。誰かが急に止まると将棋倒しになってしまうし、一度停止すると再び動きだすまでがたいへんなんですね。揺れる駕籠に乗り続ける殿様も辛い。狙われることを考えると、むやみに戸を開けて外の景色をながめてばかりいるわけにもいきませんし。
──殿様が床下から狙われないように、本陣の畳に鉄板を敷くのには驚きました。
上田 ほんとうにあったようですね。風呂桶も組み立て式のを運んでいたようですし。だから遠方の薩摩藩などにしてみれば拷問ですよ。参勤交代は華やかに見えるけど、しんどかったはずです。藩のお金がなくなるのも当然です。
──このシリーズの特色である交渉ごとで問題を解決していくというのが、第8巻ではよくあらわれていますね。
上田 刀で解決せず、口先で丸め込む。それをこのシリーズでは見せていきたかったんですね。
(聞き手/末國善己)
===続きは「IN★POCKET」2016年12月号でお楽しみ下さい。===
「百万石の留守居役」人物紹介
瀬能数馬(主人公)
若き加賀藩士。祖父が元旗本で、加賀では外様の中の外様。老練さが物を言う藩の外交官である江戸留守居役に抜擢され、苦労を続けている。
琴(ヒロイン)
婚家から出戻ったとはいえ、大名顔負けの五万石を誇る本多家の娘。数馬のことを気に入り許嫁となるが、数馬の江戸赴任で“遠距離恋愛”中。
佐奈
江戸赴任した数馬を助けるために、琴のつけた女中。瀬能家の家政を取り仕切り、役目上妾宅が必要になった数馬の(形だけの)妾となる。
本多政長
徳川家康の懐刀・本多正信の血を引く。加賀藩の筆頭宿老として、金沢にて隠然たる力を持つ。幕府とのつながりも噂される“堂々たる隠密”。
前田直作
加賀藩重臣である人持ち組頭の一人。金沢で襲撃されたところを数馬に救われ、数馬の江戸行きのきっかけとなった。身分を越えて親しい。
前田綱紀
外様第一の加賀藩主。利家の再来として呼び声も高い。江戸城の実権を握っていた大老酒井忠清の画策で、五代将軍候補にまつりあげられる。
石動庫之介
瀬能家の頼もしい家士。介者剣術の遣い手で、数馬の剣の稽古相手。
小沢兵衛
藩の金を横領し加賀藩を追放されるも、堀田家にかくまわれた留守居役。
堀田正俊
老中。家綱に替わる五代将軍に、館林藩主の綱吉を就けるため奔走する。