「YKK」のひとり加藤紘一氏が今年9月、惜しまれながらなくなりました。宏池会のプリンスと呼ばれ自民党の要職、防衛庁長官をはじめさまざまな閣僚を歴任し、かつては総理に最も近い男と評されていました。しかしいわゆる「加藤の乱」の失敗以降求心力を失い、さらに元秘書の不祥事の責任をとり議員辞職。のちに復職しましたが影響力を取り戻すことはありませんでした。
この本は「YKK」と呼ばれた(自称した)山崎拓氏、加藤紘一氏、小泉純一郎氏の3人のひとり、山崎拓氏のメモを元にした、この3人を中心に追った自民党抗争史、政界裏面史というものです。
取り上げられているのは1989年のポスト竹下の宇野宗佑総理就任から小泉純一郎が総理となり、「小泉・安倍枢軸」が始まった時代までが取り上げられています。
読んでまず驚かされたのは実になまなましく詳細に描かれた政界の実態です。山崎さんのメモ魔に助けられて(?)政治家の生態、政治活動がどのようなものであるのかが浮かび上がってきます。山崎さんの衆議院手帳に記されたメモが中心ですから、山崎さんの立場で、その視点で描かれていますが、この時代の動きがあたう限り再現されています。誰と誰が、どこで会合し、なにを話したかが綴られ、その時の内政・外交上の政治的課題、政局的な動きが克明に記されています。
「1990年を境として、わが国の政治・経済は国際情勢の激変の波に飲み込まれていったといえる。冷戦構造もバブルも崩壊した」とあるようにこのメモの時代は日本に大きな地殻変動が起き、良くも悪しくも現在の日本に続く基となった時代です。
主だったことをあげると……、
・イラクのクウェート侵略
・政権交代で細川内閣成立
・阪神淡路大震災
・オウム事件
・村山談話
・バブル崩壊
・小選挙区比例代表並立制
・日米ガイドライン見直しの動き
・金融危機
・密室でつくられた森喜朗政権
・加藤の乱
・小泉純一郎政権の誕生
・PKO協力法
・イラク問題(ブッシュの戦争)
・拉致問題
・郵政民営化
・靖国問題
などがありました。どれも現在の日本が大きな影響・余波を受けている出来事が並んでいます。
YKKはこの時期に、時に中心として、時に主流派に対する対抗勢力として動いていました。といっても単純な派閥的なグループではなかったようです。確かに“同志的”な側面もありましたが、こんな小泉純一郎氏の発言が記されています。
失敗に終わった「加藤の乱」後の山崎さんの誕生日パーティに、小泉氏は突然あらわれて、こう発言したのです。
──「TKKは友情と打算の二重奏だ」
「皆さんは、私が友情でこの場に来たとお思いでしょうが、さに非(あら)ず打算できたんですよ」──
もともと小泉氏はパーティには呼ばれてなかったのです。突然の出現に加えてこの発言があった時、山崎さんはこう思ったそうです。
──参加者は呆気(あっけ)にとられたが、私だけは彼の言葉の意味を理解した。つまり“次は俺を頼むよ”ということだ。友であり、ライバルであり、時に政敵となりうる。「加藤の乱」を経たTKKの3人を的確に表した言葉だと、妙に納得してしまった。──
YKKが理念的な結合を失い、選挙(総裁選)運動体になったことを象徴する言葉です。YKKは始めから同志(友情)と打算(多数派工作)の2面性を持っていました。この後者の面が突出することになったのが「加藤の乱」でした。
この「加藤の乱」に対して小泉氏は森派の会長(当時)として事態の収拾を迫られたのでした。つまり政局・政争が前面に出てきたということです。そして山崎氏が記しているようにこの「加藤の乱」の失敗こそが小泉政権を誕生させるもとになったのです。
ところで、3人で旅をすると必ず2対1になるといわれますが、YKKでもそのような雰囲気がうかがえます。どちらかというと山崎・加藤の両氏の関係の方が強かったようです。といっても小泉政権誕生に山崎氏が大きな力となったのは確かですが。
小泉氏はといえば2人にくらべて政局をみるカンが際立っていたことがこの本のいたるところからうかがえます。小泉氏はきわめて早い段階から郵政民営化を主張し、自社連立政権を説き、小選挙区制に猛反対していました。ちなみに小選挙区制反対は3人ともに共通した主張でした。けれど、ひとたび選挙制度が変わるとその利点を最大限利用するあたりにも、小泉氏の“頑固なカン”と政局運営のしたたかさが感じられます。田中眞紀子氏の外相更迭劇にもそのタフさがあったことが記されています。
小泉純一郎政権はその誕生によって旧来の政治・政治家に引導を渡すことになりました。「自民党をぶっ壊す」といった小泉氏は自民党を壊しただけでなく(「本当に壊した」と自民党の某大物がいったそうです)政治、政界にも大変動をもたらしました。この変動が結果としてYKKをも無力化したのです。皮肉にも“身を切る”ように、旧来の政治家の面影を残す加藤・山崎両氏の退場をやがてもたらすことになったのです。
自民党の変革を求めた「加藤の乱」で加藤氏とともに歩み、小泉政権誕生には大きな支持・協力を寄せた山崎氏には現在の政界はどう映っているのでしょうか。この本の公刊が山崎氏の現在の自民党・日本の政界への“違和感”をしるしているように思えます。「自民党をぶっこわす」といった小泉氏は自民党だけに止まらず政治・政治家そのもののありようも変えて(壊して)しまったように思えるのですが。
政治史・政局史としても超1級の資料ですが、それとともに政治家の活動録・行動録・日常記録としても実に興味深く読めるものです。必読です。なるほど、政治家はこういうことを日常でやっているのか、と。
それにしてもこの本からうかがえる政治家の会合・会食スケジュールには驚かされます。詳細なメモからうかがえる政財界・メディア界のお歴々とのやりとりにはどれも真剣勝負の姿があります。(さて今の政治家たちの会合の内容は……どうなのでしょうか)
レビュアー
編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。
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