コミュ障だのキョロ充だのリア充だのが生まれて久しいネット界隈ですが、必要以上に自分の性質を卑下し、自分を「コミュ障」だとか「ぼっち」と呼ぶ人が多く見受けられます。ところが、実際にはコミュニケーション能力がないわけではなく、単純に「面倒だから」「思ったほど会話が続かなくて凹むから」などといった理由で、積極的に会話することを諦めている場合が多いようです。
確かに、自分以外の他人とコミュニケーションをするのはとても骨が折れます。しかし、会話力を磨くことで他人との信頼関係が生まれ、会話をすることで豊かな時間を過ごせます。それは人生において大きな幸福感を得られることだと、『すごい「会話力」』の著者・齋藤孝さんは力説しています。
今回はその「会話力」の入り口をちょっとだけ覗いてみましょう。
声を出し、会話することで得られる“幸福感”
人はなぜ会話をするのでしょう? その答えを探すには、会話のない世界を想像してみるのがよさそうです。
例えば職場で、みな出社しているのに一言も会話がない。そんな状況にみなさんは耐えられるでしょうか。
例えば家庭で、家族全員が揃っているのに誰も言葉を発しない。現実にはそんな家庭もあるのかもしれませんが、それはあまり好ましい状況とは思えません。
会話がないと人は気づまりな感じになるのです。会話はその気づまりな感じを吹き飛ばしてくれます。つまり会話をすると気が晴れるのです。
アメリカの調査結果ですが、年収が75,000ドル(約750万円)を超えると、人はそれ以上年収が増えても幸福感は増さないそうです。つまり一定のレベルを超えると収入と幸福感は直結しなくなるのです。
では人の幸福感は、何によって増やすことができるのでしょうか。それは「会話」です。気持ちが通じ合う会話ができる相手、中身の濃い会話ができる相手。そういう人が周りにいる人が本当に幸福なのだと思います。
そのためには、まずは会話の相手を確保しておくことです。会話の相手には3色あります。
・毎日のように会話をする相手(赤)──大事
・仕事場に一人いると助かる、情報をたくさん持っている相手(青)──まあまあ大事
・たまにしか会わないけれど、心が通じ合っている相手(緑)──楽しみ
このように、いろいろなタイプの相手を日ごろから作っておくと、どんな時にも困りません。
そしておそらく、幸福感に一番直結するのは「毎日のように会話をする相手」です。
田中角栄や寅さんに見る「情を通わせる」テクニック
みなさんは、初対面の人と瞬時に打ち解けることが得意でしょうか?
世の中には、誰とでも瞬時に打ち解けられる人と、そうでない人がいます。欧米人と比べて控えめな日本人には、どちらかといえば後者が多いはずです。
しかし、3分とかからず初対面の人と打ち解けられる力を持っていれば、人付き合いをする上でも、ビジネスの上でも非常に大きなアドバンテージになります。
例えば、総理大臣を務めた田中角栄は、一瞬にして聴衆の心をつかむ演説の天才でした。
「これこれこうだから、こうなのであります!」と、その時々の政治的問題や中央と地方の格差問題について力説したかと思えば、ふと目と目が合った老婦人に対して「ねぇ、おばあちゃん。そうでしょう?」と人懐っこい声で話しかける。
角栄に声をかけられたおばあちゃんは、突然のことにきゅっと胸が熱くなり、「うんうん」と頷くはずです。こうして1人対1,000人の演説会場でも、1対1の関係に引きずり込み、瞬時に相手の心をつかんでしまうのです。
いや、心をつかまれたのはおばあちゃんだけではありません。角栄がおばあちゃんと一瞬にして通わせた情は、周りの聴衆をも共感させる力がありました。つまり一人のおばあちゃんと情を通わせることで、角栄はその会場中の聴衆の気持ちをわしづかみにしていきました。こういうスピーチが抜群に上手かったのです。
すぐに打ち解けるという意味では、映画『男はつらいよ』の寅さんも天才です。どこへ行ってもマイペースで、「お姉さん、なにやっているんだい? 悩みでもあるのかい?」という調子で話しかけた相手と一気に打ち解けていく。その“人たらし”のキャラクターが人気の理由の1つでもありました。
こうして知り合ったマドンナとの恋は結局成就することはなく、寅次郎はまた旅に出るというのが毎回のパターンです。ただし、恋愛関係にはならないけれど、寅さんとマドンナとの間には情が通い合っていました。
田中角栄にしても車寅次郎にしても、瞬時に打ち解けて、相手と情が通い合った関係に持っていくことができる優れた会話力の持ち主でした。この能力は現実の世界において極めて大きな力ですし、現代においてますます求められる力と言えます。
人間の意思決定というものは、実は感情に左右されています。例えばみなさんがある商品を買おうかどうか迷っている時、その商品をしきりに薦める営業マンのことを「嫌な人だな」と感じたら絶対に「買う」という判断はしないはずです。
つまり会話では、相手と情を通い合わせ打ち解けることが決定的に重要なのですが、なかなかうまくできていない人が多いのが実情です。
「今度、一杯飲みに行こうか」に隠されたサイン
『すごい「会話力」』の著者、齋藤孝さんは、大学でコミュニケーション技法を研究し、学生たちに教えています。そして、本書によれば以下のような授業を積極的に行っています。
学生に四人一組のグループを作ってもらい、英語でコミュニケーションしてもらいます。自分が「これはすごい」「これが大好き」と思っていることを、自己紹介代わりに話してもらうのです。犬が好きだったら「アイ・ラブ・ドッグス。ゼイ・アー・ラブリー・ラブリー! ベリー・ラブリー!」というような単純な英語でいいので、感情を前面に押し出したプレゼンをやってもらうのです。
その自己紹介が終わったら、犬なら犬の話題で相手と盛り上がる、という作業をしてもらいます。
これは英語の練習をしているのではなく、恥を捨てて、自分を出していく練習をしてもらっているのです。話し手が自分をさらけ出していくと、聞いている相手も「向こうが自分を出してきてくれると気持ちが通じやすい。だったら、こちらもそこに乗っかっていこう」と感じるようになります。相手がオープンな状態というのは、心の扉が開いている状態ですので、こちらも入っていきやすいのです。
社会人になると、取引先や会社の上司から「今度、一杯飲みに行こうか」と誘われることがよくあります。実はこれは「仕事の場では出していない自分を酒場で出して見せてくれ」というサインなのです。
ビジネスも煎じ詰めれば人と人とのつながりで成り立っています。大きな取引ほど、担当者同士の信頼関係が必要になってくるものです。逆に言えば、相手と「通い合っている」という感覚が出せる人は、どの分野の仕事を任されてもだいたい大丈夫と言えます。
本書『すごい「会話力」』の著者である齋藤孝さんは、この本のなかでさらに“「感じがいい」能力と「場を温める」感覚”が必要であるとも説いており、こうした会話を続ける前に、メンタルだけでなく、フィジカルな面でもオープンな状態を作っていくための実践的なトレーニングを、大学の授業に取り入れているそうです。
また、先に紹介している英語で好きなものの話をしたり、30秒で自己紹介をしたりといった課題を学生たちに与える授業を行っています。最初は足が震え、心臓がバクバクしていた学生たちも慣れてくるようで、こうした授業を受けた何人かの学生は「クセになる」とも話しているとか。
週1回の授業で2ヵ月くらいこういう経験をした学生なら、まず全員が瞬時に人と打ち解ける技術を身につけられるということです。
『すごい「会話力」』では、会話力を身につけるためのごく簡単な心構えやトレーニング方法を紹介しています。これから忘年会のシーズンです。仕事や趣味の会合に取り入れ、会話力のある魅力的な人間を目指してみませんか?